Deadline Delivers   作:銀匙

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第38話

 

 

そして、翌日。

「・・そういう風に計算するのかぁ」

「大体これで不足が発生した事はありませんし、あってると思いますよ」

「なるほどなぁ」

 

ここは神武海運社長室、つまり神通の執務室である。

テッドは昨晩話していた、武蔵が必要とする食材量を計画する為の計算方法を神通から教わっていたのである。

「要するに艤装、特に航行機能を使わなければ食う量は普通の人間並なんだな」

「ええ。司令官も以前そのように仰ってました」

「・・例の深海棲艦が化けてた司令官がか?」

「その前の、人間の司令官です」

「だよな」

「ですからトラックを使った陸送とか、待機している分には普通の食生活と思って頂いて構いません」

「逆を言えば帰港後はこれくらい手配しておけって事だな・・何でこんなに差が出るんだ?」

「ちょっと違うんですけど、簡単に言えば妖精さん達のご飯なんですよ」

「だったら日常も要るんじゃねぇの?」

「そこが不思議な所で、艤装を動かしてない時、妖精さん達ってどこかに居なくなってしまうんです」

「そうなのか?」

「はい。で、出航しようとしたり艤装を展開するといつのまにかいらっしゃるんです」

「で、艤装を動かしてる間は飯を食わせる必要がある、か。それ以外の時妖精達はどこに居るんだろうな?」

「大まかに言えばそうなりますね。鎮守府ではたまぁに工廠でお見かけしましたけど」

「妖精達の賄い食材をうちでどうやって手配するかって事か・・いつもじゃないしなぁ・・うーん」

「そちらだけで当てはまるケースが無いのなら私の方でハンドリングしておきましょうか?」

「うちで艤装を使うケースは起きねぇけど、それじゃ神通に負担かけちまうなぁ・・」

「どうせ私達も手配するんですし、手配量がまとまるほど割引率が大きくなりますし、平気ですよ?」

「そっか・・で、そんな量の食料をどうやって食うんだ?」

「季節にもよりますけど、年を通じてならカレーですね。冬なら煮物とか鍋、シチューとかで」

「なんで?」

「煮た方が体積が減るので食べる負担が減るんですよ。カレーは食べやすくて飽きませんし」

「・・・寸胴鍋とか買った方が良いかな」

「でしたら艤装を使った後は武蔵さんも一緒に召し上がってからお帰り頂くようにしましょうか?」

「そこまでしてもらうのは気が引けるなぁ」

「別に今まで通りですし、武蔵さんが減った所で手間はほとんど変わりませんし」

「あ、そっちでかかる食材とかの金はどう計算すりゃいい?」

「今までは寮の食費としてかかった費用を按分して給料から天引きしてたんですけど・・」

「そのまま続けるか?」

「仕事が無い日の食費も入っちゃいますから取り過ぎです。武蔵さんが可哀相かと」

「・・そういや神通よぅ」

「はい?」

「仕事が無い日ってどう過ごしてるんだ?」

「それぞれバラバラですよ。自主トレしたり、艤装を整備したり、お出かけしたり」

「そっか・・」

「どうかしましたか?」

「いや、武蔵がこっちで住むのは良いんだけどよ、あんまりそっちと距離を置く形にしない方が良いかと思ってさ」

「んー・・」

「いわゆる就業時間中はこっちで過ごしたらどうかなって思ってよ。それなら昼も含まれるからあまり変わらないだろ?」

「まぁそうですけど・・休業日と夜だけそちらって事ですか?」

「あとは仕事上打ち合わせる時な」

「それでテッドさん寂しくないですか?」

「逆にさ、俺が他のDeadlineDeliversと仕事してる時、武蔵が手持ち無沙汰になっちまうんだよ」

「あー・・」

「神通達に振る仕事量はそれなりにあるけどよ、それでも3割にはならねぇ」

「・・」

「だから武蔵は7割以上の時間、どうして良いか解らねぇって事になる」

「なるほど」

「たとえ自主トレでもさ、仲間と同じ敷地内に居た方が楽しくねぇかなってさ」

「・・・」

神通はしばらく考え込んでいたが、

「そうですね。まずはそこから始めてみましょうか。ただ、私達は覚悟していますよ?」

「何を?」

「武蔵さんがテッドさんの相棒として神武海運を抜ける事を、です」

「まぁ別に敵味方に別れるわけじゃねぇからなぁ・・ここは実家みたいなもんだし」

「ええ」

「ただ、武蔵は今の所そういう気配はねぇし、一気に変わる事を周りが決めちまうのも、な」

「ふふっ」

「な、なんだよ」

「テッドさんは優しいですね」

「まぁその・・あれだ」

テッドはふいと視線を逸らすと

「かみさんの幸せを考えるのは基本だろ?」

と呟き、神通はますますニコニコしたのである。

 

「ふむ。要するに私の寮の部屋をテッドの家に移すんだな?」

「簡単に言えばな」

「そうか・・うむ、解った。案外変化はなさそうだな」

テッドから説明を聞いた武蔵が納得したように頷いた時、事務所に山城が入ってきた。

「あ、居た。ねぇ武蔵、調整工具類は悪いけどこっちで使ってくれるかしら?皆との共有品が多いのよ」

「勿論それで構わないが・・」

「じゃあそろそろ整うからそっちも支度しなさいよ?」

「えっ?」

「何?」

「な、なにが・・整うんだ?」

「引越しの支度よ。他に何かあるの?」

「えっ!?ちょっと待て!私の部屋に何をした!」

武蔵は寮に通じる階段を駆け上がっていき、テッドは山城にたずねた。

「部屋の物全部トラックに積んだのか?」

「そうよ。6畳間1つだから皆で運べばあっという間よ。ところでそっちは何畳の部屋かしら?」

「1階なら8畳間、2階なら6畳間が空いてるぜ」

「リビングってあるの?」

「・・今は事務所をリビング代わりに使ってるなぁ」

「じゃあ8畳をプライベートのリビングにしなさいよ」

「一人暮らしとは勝手が違うもんな」

「そこに何を置くかは二人で決めれば良いと思うけど、ダイニングの機能は持たせなさいよ?」

「二人で食う部屋か」

「そう言う事」

「キッチンの隣だし、まぁそれで良いか」

テッドが頷いた時、上の方から

 

 「うわああ!かっ!空っぽだぁぁあああ!」

 

という武蔵の悲鳴が聞こえてきたのである。

 

 

 


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