Deadline Delivers   作:銀匙

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第21話

 

 

通信機を引っつかんだ姫は機関室に繋いだ。

「機関長!機関長ォォオオ!」

もはや半狂乱の姫の声に応答した機関長の声は珍しく緊張していた。

「姫様、通ジテ良カッタ。指揮官室ノ外ニ出テハナリマセンゾ!」

「モウ出チャッタワヨ!コノ凄マジイ臭イハ何?!」

「警備班長ガ意識ヲ失ウ前ニ伝エタ限リデハ、海面一体ニ魚ノ切リ身ガ浮遊シテオリ、ソレガコノ匂イヲ放ッテイルト」

「!?」

「コチラデモ進路上ノ海域ニ、大量ニ浮カンデイル事ヲ確認シマシタ」

「・・・」

姫は震え上がって声が出せなかった。

「姫様ノ計画ニ進言スルノハ大変心苦シイノデスガ・・」

「・・エエ」

「船体ニ、コノ匂イガ付着スルノハ大変好マシクアリマセン」

姫はぞっとした。

我々の生活の場であり、我々の最高傑作である船体にこんな匂いが染み付いたら冗談ではない!

「ソ、ソウ・・ネ」

「セフィ島ニ重要ナ目的ガ無ケレバ、別ノ海域ニ向カッテハ如何カト・・」

姫は大慌てで海図を引っ掴むと一番最初に目に付いた島の名前を言った。

「目的地ヲ「スノフマレイ島」ニ変更シマス!速ヤカニコノ海域ヲ離脱シナサイ!」

「カシコマリマシタ。直チニ。臭イガ消エタラ連絡致シマスノデ、ソレマデ指揮官室カラ出ナイデクダサイ」

「ア、アリガトウ。ソウサセテモラウワ」

指揮官室は空気清浄機を通じて空気を取り入れている。

今ほどその事に感謝した事は無かった・・・が。

「・・何カ・・臭イ気ガスルワネ」

くんくんと腕に鼻を近づけ、すぐに離した。

「クサッ!モウ嫌ァ!」

そういうとシャワールームに飛び込んだのである。

 

 シュールストレミング。

 

その正体は塩漬けされたニシンの缶詰だが、封入後も発酵が進み、それがもたらす強烈な臭いが特徴である。

屋内での開缶は厳禁とされており、屋外でも数十メートル先から判別出来るという。

その匂いは飛沫が僅かでも衣服に付着すると取れない為、開缶時に身に着けていた物は全て廃棄する事になる。

また、発酵が進むと内圧が高まり缶が膨張する。

ゆえに低圧下では破裂の危険があり、ハイリスクなので空輸禁止とされている。

製造からの経過年数によっては爆発物処理班が対処する事態になったこともある。

一般市民が合法的に入手可能なバイオ兵器という異名を持つゆえんである。

 

ナタリアは出航前、港湾倉庫に保管されていたシュールストレミングを見て覚えていた。

他の地で販売する為に一時保管されていたものだったが、無理矢理買い付けてミストレル達に運ばせた。

それをガスマスクを被らせた航空部隊に託し、上空でわざと低圧状態にして缶を破裂させながら航路上に投下したのである。

 

効果は絶大だった。

 

帰還したパイロット達は、投下する僅かな時間だけでも死ぬかと思ったと口々に訴えた。

そしてそれまで一直線にセフィ島に向かっていたモンスターはぴたりと止まった後、急速に海域を離れていった。

以後、Deadline Deliversの間でモンスター除けとしてシュールストレミングの缶詰が飛ぶように売れたという。

 

 

夕刻。

 

「定期輸送分ノ燃料、弾薬、修理材、ソレトコレハ・・クー達カラノ手紙ヨ」

深海棲艦向けの荷という事で、実際の受け渡しの場はナタリアが仕切り、深海棲艦だけの部隊で固めた。

指定刻限に受け取りに現れたのは深海棲艦のル級だった。

いつもと違う面々に戸惑いながらも、手渡された手紙を読み始めた。

次第に顔色を失い、ガタガタと震えだしつつも、

「ス、スグニコノ海域カラ脱出シマス。避難先ヲ見ツケタラ連絡スルト、クーチャンニ伝エテクダサイ」

と言った。

ナタリアは頷きながら答えた。

「解ッタワ」

「ソ、ソレカラ」

「ナニ?」

「コ、コンナ危ナイ所ニ運ンデ頂イテ、アリガトウゴザイマシタ」

「礼ナラ・・クーチャンニ言ッテアゲナサイナ」

「・・ソウデスネ。落チ着イタラ直接伺イマス」

にっこりと微笑むナタリアにル級はピシリと一礼すると、部下と共に慌しく去っていった。

 

「ヨーシ、任務半分完了。サ、皆、帰ルワヨ!」

ナタリアの掛け声に皆が力強く頷いた。

 

なお、この時、警備部隊が破裂せずに原形を留めていた1缶を見つけ、機関長に報告した。

「フム、ワシガ預カロウ。何カニ・・使エルカモシレン」

そういうと自室に持ち帰り、後に姫の食卓へと供される事になる。

 

 

「よーし!今回も1人の轟沈者もナシで帰って来たな!」

「おー!」

「モンスターなんて俺達にかかればチョロいもんだぜ!」

「おー!」

テッドが珍しく帰港した皆を集めて盛り上がっていた。

それはそうだろう。

海運上最悪のリスクであるモンスターを退け、依頼通りに輸送を達成したのである。

それもただモンスターを回避したのではなく、撃退してのけた。

これは大いにDeadline Delivers達の自信に繋がった。

 

テッドが続ける。

「今回の立役者は勿論ナタリアだ!いち早くモンスターを押さえ、撃退手段も考案した!」

「さすが姉御ぉ!」

「ついで護衛隊長だ!皆を統率し、前線で速やかに部隊を再編成したおかげで作戦が上手くいった!」

「良い差配だったぜー!」

「そしてミストレル達だ!缶詰を速やかにナタリア達の所に届けたのは彼女達だぜ!」

「あれを運ぶなんて勇者だぜー!」

「ようし!まずはギャラの支払い、ついでトトカルチョの結果発表と当選金支給だぜ!さぁ並ぶんだー!」

「待ってましたー!」

こうして町全体を揺るがしたモンスター前輸送作戦は、Deadline Delivers側の大勝利となった。

モンスターが提督達ソロル鎮守府の面々と全面戦争に突入するのはもう少し先の話である。

 

その夜。

 

「まだだったのかファッゾ。チケット見せな」

ファッゾはあらかたDeadline Deliversが帰った後、最後にテッドにチケットを差し出したのである。

「声が枯れてるよテッド。大丈夫かい?」

「疲れ切ってるが久しぶりに良い気分なんでな。これが終わったらぐっすり寝るさ」

「まあ、皆そうだろうなあ」

「ほおー、2つ当てたか。だがオッズはどっちも1.01倍だ」

「鉄板過ぎたか。3つ目の外れ分はカバー出来なかったな」

「ほらよ、101万コイン。後こっちが緊急輸送のギャラだ」

「・・確かに。ところでテッド」

「あん?」

「やたらオッズが低いが、掛け金はギャラに使ったのか?」

テッドはニッと笑った。

「クーが幾ら渋ちんでも今回のギャラを全額賄える筈がねぇからな」

「総額どれくらいだったんだい?」

「まだざっくりだが、およそ1億3千万だ」

「掛け金で賄う分は?」

「9千万位だな」

「おいおい、クーは4千万も払えるのか?」

「さっきルフィアが小切手で持ってきた。眉一つ動かさずにな」

「恐ろしいな」

「ま、これでC&Lは当分コキ使える」

「確かに巨大な貸しだな」

「上手く行ったのは偶然の要素もあるが、お前達が迅速だったのが決め手だと俺は思うぜ」

「・・そうかな。俺は臆病なだけだ」

「司令官時代の罵詈雑言なんて忘れちまえ。いつも通りの出航なら半日はかかっただろ?」

「なら燃料代をちょっとでも負担してくれると嬉しいんだが」

「それはギャラからやりくりしろよ」

「だろうな」

テッドはニッと笑うと手を差し出した。

「ありがとうよファッゾ」

ファッゾも笑いながら握り返した。

「頑張ったのはミストレルとベレーだ」

 

ファッゾはBMWに乗り込むと、ギャラの封筒を開けた。

挟まれている明細を見てひゅうと口笛を吹いた。

「大盤振る舞いだなテッド。これで多少黒字か。だが・・」

ファッゾは少し俯いた。

「しばらくはチャーター便メインを続けるとしよう。やっぱり・・戦域への配達は心臓に悪い」

キーを捻ると、待ちくたびれたとばかりにBMWのエンジンが唸りをあげた。

 

 

 

 


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