そんなある日の事。
「いかがですか~、山甲町の住み心地は~?」
「刺激的ですね。生活も訓練も何もかもが」
「じゃあ鎮守府より楽しいのかしら~?」
「・・良い刺激ばかりとは決して申しておりません。決して」
「あらー」
見渡す限りの海という外洋の只中で、ソロル鎮守府の龍田と向き合っているのは朝潮だった。
龍田は続けた。
「ええと、まず香取さん達の実力はどれくらいになったと思いますか~?」
「艤装取扱いLVとしては50前後かと思います。ただし」
「ただ~?」
「教育者としての実力は80ないし90台かと」
龍田は首を傾げた。
「・・先生としての教育でも受けてるの~?」
「いいえ。我々に今指導してくださってるのは神通社長ですが」
「・・神武海運の~?」
「ええ。神通社長は教え方が上手く、香取さんも鹿島さんもああなりたいと独学を続けておられます」
「ん~そっかぁ、ワルキューレは出てこなかったのねぇ・・残念」
「えっ?」
「なんでもないわよ。今は毎日神通さんと訓練の日々なの~?」
「いいえ、アルバイトをしています」
「・・お金足りなかったの~?」
「いえ、神通社長が実地訓練の一環だと仰って、町内の皆様の買い物役を仰せつかっています」
「・・何か身についた事があった~?」
「はい」
「具体的には~?」
「私は銃をベレッタのM93Rに変えたのですが、とても扱いやすくて気に入ってます」
「どうして変えたの?」
「3点バースト射撃が出来、9mmの弾は武器屋で手に入れやすいんです。神通社長の推薦もありましたし」
「・・現金輸送車でも襲撃するの~?」
「違います!山道を通ると装甲を追加したジープで山賊に体当たりされるんです!」
「・・は?」
「片手でハンドル操作しながらジープのタイヤを打ち抜くには9発では足りませんし」
「・・・」
「もたもたしてると車載の50calで狙われますし」
「・・・」
「かといってフルオートでは1回で数十発も撃ってしまうので、コストが高く赤字になってしまうんです」
「えっとー」
「はい」
「どこまでお買い物に行ってるの~?」
「隣町です」
「どうしてそんなコロンビア・カルテル同士の武力抗争みたいな事になってるの~?」
「私が聞きたいです!買い物1つで車が蜂の巣にされるような銃撃戦になるなんて聞いてないです!」
涙目で拳を振る朝潮を前に龍田は首を傾げた。
確かに国内の治安の悪化は耳にした事がある。
だが、大本営や鎮守府の周りはもちろん、出かけた事がある都市部でもそんな酷い事にはなっていない。
場所によって多少異邦人を多く見かける程度だ。
更に龍田は町長やテッド、ワルキューレ等と移動していた為、山甲町の本来の姿を知らなかったのである。
「そうよねぇ・・ところで朝潮ちゃんは元々LV60だったでしょ~」
「・・はい」
「ここに来てから強くなったと思う~?」
「艤装取扱いLV的には変わらないと思います。神通社長の訓練内容は過去にやったものですし・・」
そう言いつつ朝潮は腕組みしつつ思案顔のまま、そちらを見向きもせず真横へと主砲を突然撃った。
龍田はチラリと着弾した方角を見た。
朝潮が放った弾がクリティカルポイントに直撃した後期型イ級が今まさに轟沈する所であった。
「さぁ、どうでしょうか・・陸戦なら幾つかコツを教えて頂きましたが・・実感はあまり無いですね」
「お見事~」
朝潮は一瞬龍田を見て何の事かと首を傾げたが、すぐに攻撃の事と気づいて小さく肩をすくめた。
「あれくらいの殺気は感じられないとスラム街での銃撃戦で後れを取りますから・・海原は遮蔽物がないから楽ですね」
龍田は朝潮の変化をどう判断したら良いか迷っていた。
イ級とはいえ意外と厄介な後期型である。
そんな敵の方を見向きもせず正確にクリティカルポイントを撃ち抜くのはLV60の技ではない。
ケッコンカッコカリをしてLV100を突破した艦娘でもそうは居ない。
ただ、ソロル鎮守府の球磨や多摩もそういう事をやってのけるがLVはそう高くない。
龍田は気がついた。
そうだ。共通項があるじゃないか。
「朝潮さん」
「はい」
「今度、うちの球磨さん達とお話してみませんか~?」
「お話・・ですか?」
「はいー」
「構いませんが、事前に日程を教えて頂けますか?」
「というと~?」
「出来ればテッドさんと神通社長には話を通しておきたいので」
龍田はくすっと笑った。
「なるほどね。ええ、解ったわ~。じゃあ、そろそろ戻った方が良いわね。またね~」
「はい。龍田様もお気をつけて!」
朝潮は龍田が見えなくなるまで敬礼したまま見送っていた。
その夜。
「はい・・はい・・かしこまりました。ではお待ちしております」
通話を終えた香取が首をかしげていたので、鹿島はちょこちょこと近寄ってきた。
「香取姉ぇ、どうしたんですか?」
「今の電話は龍田様からだったのですが」
「はい」
「明後日、ソロル鎮守府から球磨さんの艦隊がこちらにいらっしゃるそうです」
「いよいよミッションなんですか?」
「いいえ。それが・・今の生活について話を聞きたいんだそうです」
鹿島はきょとんとした。
「お話・・ですか?」
「ええ。ですから何故かしらと思って」
「そうですよねぇ・・」
二人が腕組みをしていると、廊下の角から朝潮が歩いてきた。
「香取さん、鹿島さん、お風呂空きましたからどうぞ・・どうかなさいましたか?」
鹿島が苦笑しながら答えた。
「ううん、ただ、明後日ソロル鎮守府から球磨さん達が来るって連絡があったんだけど」
「・・依頼ですか?」
「話をしたいんですって。変わってるよねぇ」
「明後日ですか。それでは神通社長やテッド様にも言わねばなりませんね」
「あー、まぁ、全員でずっと居る必要も無いと思うし、交代で対応しても良いんじゃないかしら?」
「それでも、普段よりは対応が遅くなるかもしれませんから」
「それはそうね・・じゃあ香取姉ぇ、明日朝イチでテッドさんに電話しておこうよ」
「そうですね。今夜はもう遅いですからね」
「ありがとね朝潮ちゃん。じゃあお風呂入っちゃうね!行こっ香取姉ぇ!」
「ええ。では朝潮さん、おやすみなさい」
「はい、お休みなさいませ」
朝潮は二人を見送ると小さく頷いた。
チーム内の士気は下がってないし、雰囲気も良い。町での生活もやっと慣れてきた。
神通社長の訓練は楽しいし、テッドさんは面倒見も良くて良い方です。
メンバーを観察し、分裂の危機に陥らぬよう適宜対処せよ
赴任前に龍田様から受けた命令は、どうやら果たせているようです。