Deadline Delivers   作:銀匙

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第27話

 

 

数週間後。

 

「待たせたの。ケチャップにベーコン、マッシュルームに牛乳じゃ」

「や、ありがとう。助かった」

「うむ。用があればいつでも連絡するが良いぞ。あ、ええと、間違いや抜けはないかの?」

「・・ん、大丈夫だ。ありがとう。コーヒーでも飲むか?」

「いや、気遣いは無用じゃ。ではな!」

 

カロン♪

 

あっという間に去っていく利根達を見送ると、ライネスは厨房に戻った。

階段を下りる足音がした後、ルフィアがひょいと厨房に顔を覗かせた。

「えっと、お客様かしら?」

「あぁいや、買い物屋だ。頼んでた物を届けてくれたんだよ」

ルフィアはジト目で答えた。

「・・もうそろそろマトモになったの?」

ライネスは頷いた。

「瓶も割れてないし、銘柄は指定通りだし・・まぁパックが少し潰れてるくらいは大目に見るさ」

ルフィアは肩をすくめた。

「無くして解るファッゾの優秀さ、よね」

ライネスは遠い目をした。

「鞍替えされた直後はどうしようかと頭を抱えたっけなぁ・・まぁ何とかなったが」

 

香取達が買い物屋を開いた事はあまり大々的には知らされなかった。

親しい人にだけテッドが直接説明し、テッドが依頼内容から金額を交渉した。

支払いを確認してからテッドは香取達に依頼を伝え、香取達が動く。

香取達は品物を届け、テッドに報告すると引き換えに経費込みの報酬を受け取る。

もちろんトラブルを起こした場合はペナルティが報酬から差し引かれる。

Deadline Deliversと仕事の仕方を同じにする事でDeadline Deliversの動きを知ってもらう。

それがテッドの意図だった。

 

その、テッドの事務所では。

テッドは自分の席についたまま苦笑しており、武蔵と一緒に来た神通は何度も頭を下げていた。

「本当に申し訳ありません。ここまで酷いとは予想以上でした・・」

「まぁ鎮守府の遠征司令で物運ぶのとは勝手が違うだろうしな。もう慣れたぜ」

武蔵が首を振った。

「助手席に卵を入れた買い物袋をただ置くなど、結果は火を見るより明らかだろうにな・・・」

「まぁ最近はトラブルも少しずつ減っては来てるしな」

「トラブルの後始末では何度もご迷惑をおかけしてしまいました。なんとお詫びしたら良いのか・・」

「いや、別に神通が謝る必要はねぇよ。差配は俺の仕事だしな」

「でも、元々提案したのは私ですから・・」

 

そう。

 

テッドは香取達が受けられそうな依頼しか受けなかったし、依頼内容は皆にきちんと説明した。

どこに売ってるのかも、そこまでの地図も渡していた。

ただ、例えばAという商品が割れ物だから注意しろ、といった所までは言わなかった。

ゆえに客が届いた袋を開けると中身が飛び出ている、卵が割れているなどのトラブルが続出。

最初はファッゾの再来かと期待して多くの依頼が入ったのだが、たとえばビットなどは

「えーっと・・袋の中がぐちゃぐちゃで何がなんだか解んないんだけど・・受け取らなきゃダメかなあ?」

と、呆れた声でテッドに電話してきたし、ナタリアに至っては

「オリーブオイルまみれのタバコなんて頼んでないわ。頼んだものを買ってきてくれるかしら?」

そういって受け取りを拒否したそうである。

最近はようやく壊さずに運ぶ割合が増えてきた為、最悪期よりは依頼も持ち直してきた、という状況である。

武蔵がポツリと呟いた。

「それにしても、なぜライネスは最初からずっと頼み続けてくれるのだろうな」

テッドが頷いた。

「俺もそう思ってな。先週菓子折りを手に詫びてきた時に訳を聞いたんだよ」

「あぁ」

「そしたらファッゾも取引開始直後はひでぇもんだったそうだ」

「あのファッゾがか?」

「そう。それでも1ヶ月、3ヶ月、半年と頼んでるうちに良くなっていったって言ってよ」

「・・」

「誰でも最初は素人なんだから一人前になるまで付き合ってやるよって笑ってた」

「・・そのうち我々も礼を言いに行かねばならんな」

「まぁ、あれだ。メシ食うとか飲みに行くならトラファルガー使おうぜ」

「で、少し多目に頼む、か」

「だな。それでも足向けて寝られねぇけどよ」

神通はしょぼんとうなだれた。

「理由は一応あるのですが、お客様には関係の無い話ですからね」

テッドは苦笑した。

「皆知ってるだろうが、それぞれ工夫して対処する事だからな」

 

香取達は何も行儀作法がなってない訳でも、ぞんざいに荷を扱いたかった訳でもない。

ただ、ここは不便な土地柄で、治安が悪い所が点在するのである。

 

例えば先程のライネスの依頼を受けるとする。

ライネスが指定するブランドのケチャップとマッシュルームは隣町の雑貨屋に行けば買える。

ベーコンは町内の肉屋で買えるし、牛乳は牛乳屋で買える。

ただ、山甲町と隣町の間には見通しの悪い峠道があり、当然近代兵器で武装した山賊が出る。

そこを通れば現金や食料、車そのものやガソリンなど、様々なものが狙われる。

一口に山賊といえど複数のグループが居るし、どれがどんな意図で出てくるか解らない。

町内を走っていても偶発的に起こる犯罪組織同士の銃撃戦や強盗は避けようが無い。

それは肉屋の前とて例外ではない。

さらに牛乳屋に至っては店を持たず、リヤカーを引きつつ歩き回ってるので町中を探さねばならない。

車の操作が荒ければ買い物袋は転げ回り、銃撃戦の流れ弾でも命中すれば牛乳瓶など木っ端微塵である。

また、弾を無制限に持てるわけでもないので、戦闘毎に配分を考えねばならない。

さらに、買った物を持ち歩き続ければ痛んでしまうから時間も限られる。

たかが買い物、されど買い物、なのである。

ちなみに牛乳屋とベレーは仲良しであり、牛乳屋は毎朝ファッゾの家の前でベレーが来るのを待っている。

ベレーはその代わりに毎日決まった量を買うようにしているし、それを知る近所の人も集まってくる。

こういう互助関係を結ぶのも工夫の1つである。

 

ただ、襲われる苦労は香取達が顔を知られていないから、という証拠でもある。

山賊にしろ強盗にしろ、誰も好き好んで強い相手の餌食になるつもりはない。

ナタリアがハーレーで峠道を走っても山賊が出てこないのは、躊躇なく銃や主砲をぶっ放すと恐れられているからである。

牛乳屋がリヤカーを引いて街を歩いても銃撃戦に巻き込まれないのは、牛乳屋を必要とする人々の報復が怖いからである。

テッドに迂闊に銃口を向ければ、どこからともなくSWSPの放ったライフル弾が頭に命中する事は常識である。

 

この町に迷い込んできた阿呆か?ちょろそうだ、勝てるかもしれねぇ。

 

そう思うからこそ、山賊や強盗が目の前に躍り出てくるのである。

なお、山甲町信用金庫に勤める人は知られる方が狙われるという可哀相な傾向がある。

それは日常的に現金を扱っているのに非武装と、犯罪者から見ればカモが葱を背負ってるに等しいからである。

ゆえに変装したり自家用車で営業に行ったり、なかには会社に内緒で武装する者も居る。

何でもない毎日を生きるのにも頭を使わねばならないのが、ここ山甲町なのである。

 

 

 


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