Deadline Delivers   作:銀匙

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第25話

 

そんなある日の事。

 

「へ?何か買い物を頼んで欲しいってどういうこった?」

 

神通がテッドの事務所に現れてそう言ったので、テッドはきょとんとして首をかしげた。

神通はにこりと笑った。

「訓練は全般的に行ってますが、実践に勝る教科書はありませんから」

「って事は、神通的に任務をこなしても良いって判断したって事か」

「いいえ」

「えっ?」

「彼女達はそろそろ基本というか、私が一方的に教えられる段階は終わりを迎えます」

「うん」

「その次、つまり自らの欠点を知り、それを鍛える応用段階の手順をそろそろ学んで頂きたいのです」

テッドは腕を組んで唸った。

「意図は解った。けどよぅ、仕事失敗したら客との信用問題になるんだよなぁ・・」

神通は手を軽く振った。

「あ、いえ、すみません。そうではないんです」

「あん?」

「この町の方が必要な物を代わりに買ってくる。買い物専門の便利屋さんですね」

「町内の買い物って事か?」

「いえ、頼む方が町内の方というだけで、買う物が隣町や海を隔てた所にあれば行ってもらいます」

「・・」

「怪我をする事、危ない目に遭う事、時に轟沈を覚悟する事もあるでしょう」

「・・」

「そういう瞬間こそ、自分の欠点に気づくのです。他人から言われても実感がなければ反発するだけです」

「いつまでも訓練じゃダメって事か」

「ええ。たとえお相手がフル装備したワルキューレの皆さんでも、訓練は時間が来れば終わるという油断があります」

「・・」

「切り抜けなければ本当に死ぬという極限の状態は、最高の教育の場なんです」

「なぁ・・海軍のお仕事なら強制離脱の支援があるんだろうけどよ・・うちらはねぇんだしさ・・」

「いえ、軍もありませんよ」

「無いのか!?」

「あったら轟沈なんてする筈無いですし、司令官の指示以外の戦闘は厳禁です。それが規則です」

「まぁそうだよな・・じゃあ中破までなら帰ってこられるってのは単なる運なのか・・」

「ただ・・」

「あん?」

「たまたま航行中に他所の艦娘の撤退場面を見ていたら、うっかり魚雷を海に取り落としてしまうって事はあります」

「うっかり?」

「はい、うっかりです。発射装置の誤作動で弾幕張ってしまう事もあります。兵装ってデリケートなんですよ」

テッドはジト目で神通を見上げたが、神通は澄ました顔でにこりと微笑んだ。

「落とし前はどうやってつけるんだよ」

「あぁ、故障や不良弾薬等の廃棄分は出撃による消費量とは別の申告書式で出しますよ?標準手順じゃないですか」

「けどよぅ、毎回毎回誤作動ってのも疑われるだろ・・・」

「んー・・話は変わりますけど、定期船って自動航行ですし、航路が決まってますよね」

「へ?あ、あぁ、そうだな」

「長距離遠征や激しい戦闘の後、ちょっと乗船して休息を取る事は認められてますよね」

「あぁ・・ええと、そう・・だったな。うん」

「定期船はばら積みなので、波が荒いと荷物がこぼれたり、海水を被ってダメになったりするんです」

「だろうな」

「ですから休憩時に、ダメになってる積荷を選別して投棄するのは艦娘の仕事なんですけど」

「・・おいまさか」

「これはアウトかな、セーフかなって微妙なら、少し勿体無いって思っても捨てるんですよ。不良品は怖いですからね」

「・・どこに捨てるんだ?」

「当然海の方に向かって放り投げますよ」

「そこでお前達の仲間がキャッチしてるんじゃねぇのか?」

「とんでもない。仲間に向かって投げて怪我でもしたらどうするんですか。魚雷とかもあるんですよ?」

「・・・でもよぅ」

「ただ、船で休憩中に、紛失したと思ってた弾や魚雷が足元に落ちてて、見つかって良かった~って事はよくあります」

テッドはますますジト目になったが、神通は「解るでしょ?」という目で小首を傾げるだけだった。

「そうして帳尻合わせて、何食わぬ顔で帰還するわけだな?」

「人聞きの悪い。認められた手段で休息し、課せられた仕事を果たして帰ってくるだけじゃないですか」

「海軍所属ならそうだが、それは俺達は使えない手だろ?」

「そうでもないですよ」

「えっ?」

「先程も申し上げましたよ、定期船は自動航行だって」

「・・・おい」

「たとえ船の上で遭遇しても、どの鎮守府の艦娘か探るなんてのは野暮ですから」

テッドは手で額を押さえた。

命令外の撤退支援をやってパクった弾薬で誤魔化すなんて限りなく黒に近い黒ってか真っ黒じゃねぇか。

だから定期船の積荷ロス率がやたら高かったのか。長年の疑問が解けたぜ。

ただ・・・と、テッドは思った。

 

それで艦娘が帰還する確率が上がってるならそれで良いじゃねぇか。

目の前で死にそうな仲間が居て、それを庇う為なら敵にありったけ撃ちまくるのが情けってもんだ。

 

神通はテッドの様子を伺い、納得したように目を細めて続けた。

「そういう事も、肌で知らなければ理解出来ませんからね」

テッドは黙って頷いた。

確かにこんな事を大本営勤めだった俺が聞いたら目を三角にして是正しようとしただろう。

だが今は、やれたとしてもそんな気はさらさら無い。

今の海がどれだけ危ない物か、Deadline Deliversと毎日付き合ってれば痛いほど解る。

ルールギリギリ、いや、摘発されない限界まで黒にはみ出ても手を差し伸べたいのだろう。

定期船の仕組みを作った奴も、実はそういう意図があったのかもしれねぇな。

テッドは肩をすくめた。

「話を戻すとよ、頼み事の方は最初のうち、陸上の方が良いのか?それとも海上か?」

神通はいつも通りのにこやかな表情に戻ると続けた。

「個人的な意見を言わせて頂ければ、私達にとっては陸上の方が気を遣うんですけどね」

「深海棲艦の方がマシか?兵力比べ物にならねぇだろ」

神通は苦笑しながら答えた。

「でも・・痴漢に驚いて主砲なんて撃ってしまったら20m四方消し飛ばしてしまいますし」

「・・なるほど」

「地上戦に備えて、一応こういう物は持ってますけど・・」

そう言いつつ神通はホルスターから銃を抜いて見せた。

「スチェッキンかよ!マニアックだなおい」

「弾が安くて、多少は命中率があって、いざとなればフルオートでばら撒けるハンドガンってあまり選択肢がなくて」

「ハンドガンに求めすぎだ・・」

「でも、これを見つけましたから。結構気に入ってるんですよ」

神通は肩をすくめつつホルスターに銃を戻した。

「はぁー・・あれ?そういや香取達は何か持ってんのか?」

テッドが呟くと、途端に神通が渋い表情になった。

「私はあれだけは止めた方が良いと思うんですけど・・聞き入れてくださらなくて」

「あん?」

「聞いてください!よりにもよってブローニング1910ですよ?骨董品にも程があると思いませんか!」

ダンダンと両手を拳にして机を叩く神通をテッドはなだめた。

「ま、まぁまぁ待てよ。何か理由があるんじゃねぇか?」

「ソロル鎮守府の提督さんと御揃いなんだそうです。でも命がかかってる時に32口径なんて・・」

「あー・・」

テッドはぽりぽりと頬を掻いた。

所長は拳銃に関しては飛び切りマニアックで変態だ。

どうせ奇怪な理由でブローニング1910に辿り着き、それを香取達に力説したんだろう。

それですっかり洗脳された香取達は揃ってそれにした。そんなとこだろうな。

 

 

 


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