Deadline Delivers   作:銀匙

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第23話

 

 

数日後。

 

「先日は本当にありがとうございました。メンバーも揃いましたので、ぜひ夕食会にお越しください」

テッドの事務所を訪ねて来た香取は、そう言って深々と頭を下げた。

テッドは咥えた葉巻の紫煙を吐き出し、苦笑しながら答えた。

「礼なら神武海運の連中に頼むぜ」

「勿論です。テッド様のご都合が本日でよろしければ、この後伺うつもりです」

「俺は構わねぇよ。あ、そうだ、これ渡しとくぜ」

「何でしょう?」

「Deadline Deliversのルールブックと許可証だ、話合わせる為にも読んどいてくれ」

「なるほど、仰る通りですね。チームメンバーにも徹底させます」

「後、一応これな」

「こちらは?」

「急ごしらえだがこの町の歩き方だ。危ないエリアや生活に必要な物を売ってる店なんかを書いといた」

「まぁ・・これはとても助かります。ありがとうございます」

「本当は俺が一通り回りながら説明出来れば良いんだが、ちいと時間が取れそうにない。皆で見といてくれ」

「いえいえ、そこまでお手間を取らせるわけには参りません。ありがたく頂戴いたします」

「で、まずはアンタの所で俺との窓口役を誰か一人決めてくれ」

「はい」

「それと、それに書ききれない事も沢山ある。知りたければ俺に電話するか窓口役が尋ねて来い」

「はい」

「それなら他のDeadline Deliversと同じ行動になるから目立たねぇよ」

香取は受け取った書類をぎゅっと胸元に抱きかかえると、目を瞑って答えた。

「何から何までありがとうございます。最初の着任時、貴方が司令官であれば良かったのですが」

テッドは首を傾げた。

「あん?所・・いや、ソロル鎮守府の提督になんかされたのか?」

香取はふるふると首を振った。

「いえいえ、ソロル鎮守府の提督は私達にとても良くしてくださいました」

「ってーと・・」

「私は最初の司令官に他所の鎮守府へと売られ、そこで出撃中に沈み、深海棲艦になりました」

「・・」

「最初の鎮守府に残された妹が心配でずっと探していたのですが、やはり深海棲艦になっておりました」

「・・」

「インド洋沖で私達は再会し、たまたま通りがかったソロル鎮守府の勧誘船に乗り、この姿へと戻りました」

「・・」

「提督の御恩に報いる為にもお手伝いさせて頂きたいですし、腐敗の一部始終も目にしております」

「・・」

「1つでも多く、1日でも早く、悪に染まった鎮守府を潰し、仲間を助けたい」

「・・」

「ですからこの仕事に志願したのです」

テッドは静かに葉巻の煙を吐くと、眉をひそめて舌打ちした。

「ちっ、俺が居た頃と大して変わんねーな」

「えっ?」

「・・俺はさ、一時期117研に居たんだよ」

「確か、ソロル鎮守府の提督も・・」

「あぁ。俺の上司だった。117研が何をする所かは知ってるか?」

「基本的には事故調査委員会ですが、鎮守府内の不正を発見した場合は憲兵隊に告発する所であると」

「正解だ。だから薄汚い鎮守府を嫌というほど見てきたんだ」

「・・」

「香取が言ったようなケースも見てきたし、随分地獄に送ったつもりだったんだがな」

「・・」

「ま、俺もそのせいでこの町に辿り着いた訳だし、まだまだ悪は健在、か」

「私の知る限りでも、艦娘の献上や売却は幾つも耳にしておりますので・・」

「龍田から聞いてるだろうが、俺は分析の仕事なら引き受ける。今尚命を狙われる身だからそれしか出来なくて悪いがな」

「いいえ。テッド様の分析力は天下一品だと龍田さんも仰ってました」

「・・」

「我々は意気込みはありますが若輩者。これから鍛えていきますが、ご支援頂ければ心強いです」

「んー・・どうやって鍛えるつもりだ?」

「まずは皆で書物を読んだり、走り込みなどのトレーニングを予定しておりますが・・」

「・・・んー」

テッドは窓の外を見ながら頬杖をついていたが、ぱっと香取の方を向いて言った。

「ま、話を戻すと俺は今夜で問題無いから、後は神武海運に聞いてくれ。OKなら一緒に伺うぜ」

「かしこまりました。では神武海運様のご意向を伺ってまいります。結果は後ほど改めて伺います」

「あぁいや、これから外に出るし、後で俺も神武海運に行くから連中に伝えておいてくれ」

「ありがとうございます。ではそのようにいたします」

香取は一礼すると、テッドの事務所を出て行った。

 

テッドは香取を見送った後、ワルキューレの事務所を訪ねた。

「よぅ、この前はすまなかったな。今度何か奢るよ」

デスクに座っていたナタリアは肩をすくめた。

「その件ならとっくに神通達が挨拶に来たわよ。知らなかったの?」

テッドはきょとんとした後頭を掻いた。

「や、それはすまん。今の今まで知らなかった」

「菓子折持って、ちゃんと揃って御礼に来たわよ。だからもう過ぎた話」

「そうか・・・」

「あ、そうだ。あの時テッドはどうしたのって聞いたら、私達が独断で頼んだ事だからって言ってたっけ」

「・・あいつら」

「テッド、あなた聞いてないのにどうして私達が動いたって知ってるの?」

「お前な・・俺の目が節穴だとでも思ってんのか?あの兵の配置が素人に出来る訳無ぇだろ」

「そう?」

「恐ろしいくらい隙の無ぇ配置だったじゃねぇか。MADF仕込みか?」

「まぁMADFベースだけど、私達の独学がほとんどよ」

「SWSPの訓練も、以下同文か」

「ええ」

「なぁ、あの時の龍田の話聞いてたか?」

「もちろん。相変わらず食えない奴ね。ご愁傷様」

「今度来た香取達の事なんだがよ・・」

「どうかしたの?」

「ありゃあ頭でっかちだ。理屈はともかく実力が追いついてねぇ」

「そうね。香取さん、4丁目の信号で待ってる時、後ろに強盗が忍び寄ってたのにぼーっとしてたもの」

テッドはうんざりしたように目を瞑りながら片手で額を押さえた。

「おいおい嘘だろ」

ナタリアは細巻き煙草に火をつけた。

「本当よ。ついでに言えばうちの子がそいつに1発撃ち込んで吹っ飛ばしたのも気づいてなかったわ」

「・・なぁナタリア」

「ちょっと、変な事言い出さないわよね?」

テッドは首の後ろに手をやりながらバツが悪そうに続けた。

「あいつらさぁ・・これから本とか読んで訓練するとか言ってんだよ・・」

ナタリアは小さく鼻で笑った後に続けた。

「ふふっ・・まぁ20年も訓練すれば何とかなるかもしれないわね」

「龍田がそんな悠長な奴だと思うか?」

ナタリアは目を細め、眉間に皺を寄せた。

「だからといって何もかも龍田に手の内さらけ出す気は無いわよ」

テッドは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに目を見開いた。

「・・まさか」

ナタリアはテッドから視線を外し、灰皿に煙草の灰を落とした。

「ちょっとテッド、しっかりしなさいよ。龍田が何の計算も無くヒヨッ子を送り込んできたとでも思ってるの?」

「・・俺が話聞いてここに来る事も」

「当然計算してるわよ」

「お前らのノウハウを盗む為にか?」

「盗むって言うか、実力を把握する為でしょうね」

テッドは葉巻に火をつけながら唸った。

「あー・・そう言う事かよ。くそ、龍田の依頼にしちゃ妙に簡単だから、まだ何かあるとは思ってたんだが」

「だから私達は手を貸さない。手の内を知られたくないから。ファッゾ達も近過ぎるからNG」

「かといって放り出すのもなぁ・・」

眉をひそめるテッドにナタリアは肩をすくめながら続けた。

「教育なら適任者が居るでしょ」

「誰だよ」

「神武海運の社長」

「・・神通か」

「あの子は基本的に面倒見が良いし、秘書艦も経験してる」

「改二だし、鎮守府じゃ最高錬度艦娘だったって言ってたな」

「対軍隊の正規戦闘手法という意味では相当上級まで教えられるでしょ」

「それで間に合うかなぁ」

「そんな基本も身についてなきゃ任務以前の話だし、応用は自分で頑張って、よ」

「卑怯な手を喰らって沈んじまうかもしれねぇぞ」

「テッド。貴方言ってたじゃない。お釈迦様が手招きしたら自分の都合関係なく死ぬんでしょ?運命って事よ」

「・・だな」

俯き加減になるテッドをナタリアはしばらく見ていたが、やがて溜息を吐くと

「・・もし応用段階になって誰も居なければSWSPの誰かを回してあげるわよ」

「本当か!?」

「そこまで行くかどうかは神通と、その子達次第だけどね」

「まぁそれは俺にも解らんし保証も出来ん」

嬉しそうにするテッドにナタリアは怪訝な顔で訊ねた。

「それにしても香取に情が移ったのテッド?武蔵に殺されるわよ?」

テッドはきょとんとした顔で答えた。

「は?なんでそうなるんだ?」

「ダンナが浮気してるからに決まってるでしょ」

テッドはナタリアにそっと近づき、真顔で声を潜めた。

「お、おい・・これ、浮気っていうのか?」

「他に言いようが無いわよ。もしお礼にキスでもされたら完璧よね」

テッドは一層声を潜めた。

「ど、どうすりゃ良い?俺はそんなつもりねぇんだよ」

ナタリアは呆れたように紫煙を吐き出した。

「一人で動かず神武海運全員と相談してから動く。出来るだけ武蔵に最初に相談する」

「・・そんなんで良いのか?」

「それが大事なの」

「解った。あー、今の話も悪ぃけどよ」

「当然神武海運の皆には言って良いわよ」

「サンキューナタリア。恩に着るぜ」

「とっとと説明してきなさいな。神通が承知するかも解らないけどね」

「そ、そうだな。色々ありがとう!じゃあな!」

 

バタン。

 

「あーあ・・私もお人好しになったわね・・」

ナタリアは肩をすくめると、次の細巻き煙草に火をつけた。

 

 

 


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