Deadline Delivers   作:銀匙

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第20話

 

 

「なんでしょうか~?」

ゆるりと振り向いた龍田に、テッドは眉をひそめながら訊ねた。

「香取への「依頼」や、それに必要な装備の調達方法はお前達で取り決めてあるんだろうな?」

「その辺は大丈夫です~」

「なら俺はその領分は一切知らんぞ。良いな?」

「良いですよ~」

「あと、香取さんの生活費はどうするんだ?」

「香取さんには近々、山甲信用金庫に口座を作って頂きますんで~」

「ふーん」

「・・・で~?」

「俺が信金まで連れて行けと?」

「他にも~、山甲信用金庫さんとの付き合い方とか~、町の注意事項とか~、色々ありますよね~?」

「・・諸々説明しろと?」

「そういう事で~」

「そこまで言うなら支度料寄越しやがれ」

「じゃあ文月ちゃ~ん、帰りましょうね~」

「おい・・くそ、まったく毎度毎度無茶言いやがって」

テッドは力なく助手席のドアを開けた。

「じゃ、乗ってくれ」

香取は右側に案内されたので慌てて手を振った。

「え、あの、私、車の運転はした事が無くて」

「この車は左ハンドルなんでな」

「あ、ああ!すみません!」

テッドはカリカリと頭を掻いた。しっかりしてそうで意外とドジっ子かもしれない。

龍田が少し離れた所でくすくす笑いながら振り向いた。

「香取さ~ん、テッドさんの言う事よく聞いてくださいね、残りのメンバーは今週中には来させますんで~」

その一言に、運転席に乗りこんでいたテッドは慌てて首だけ外に出した。

「龍田待て!香取一人じゃないのかよ!聞いてねぇぞおい!」

龍田は海に向かう歩みを止めず、半分振り向いて答えた。

「一人でチームなんて聞いたこと無いですよ~、それじゃ~」

テッドは額に手を当てた。

くっそ、またハメられた。

この町で多人数の支度を整えるのに車無しでは無理だ。

力仕事までロハで全部押し付けやがって、やっぱり龍田は信用ならねぇ!

シートベルトを締めながらギギギと歯軋りするテッドに、助手席から香取が心配そうに声をかけた。

「早速ご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありません」

「あ、いや、別にアンタが悪いわけじゃねぇ」

「出来るだけお手間を取らせぬように頑張りますので、よろしくお願いいたします」

テッドは溜息を吐いた。こう言われてはどうしようもない。

「一通りルールを覚えるまでは俺をあてにしろよ。治安の悪い所もあるから変に踏み込むなよ」

「ありがとうございます。どこかで必ず、この御恩をお返しします」

「それなら後から来る連中の指導、しっかり頼むぜ」

「かしこまりました」

テッドはエンジンをかけつつ、内心で溜息を吐いた。

どうにもこういう礼儀正しさは苦手だ。

溜息一つ吐いてもあれこれ気を遣わせちまいそうだからな。

武蔵みたいに遠慮なくズケズケ言い合える方が俺には合ってる。

そういや武蔵はどこに居たんだろう?早く会いてぇな。

パーキングブレーキを解除したテッドは、前を向いたまま言った。

「じゃ、行くぜ。町長のとこも寄らねぇとな・・全く、何て言や良いんだよ・・」

 

「・・ははーん、なるほど、ね」

ナタリアがそう呟いたとき、傍らにいたビットは首を傾げた。

「何がなるほどなんですか、ナタリアさん」

「龍田がこの騒動を起こした理由よ。本当に食えないわね」

「えっと・・」

ナタリアは旧コンテナ埠頭を後にするテッドの車を写したモニターから、ビットへと向き直った。

ここは旧コンテナ埠頭の端に「放置されたように見せかけたコンテナ」の1つの内部である。

埠頭の随所に仕掛けた小型カメラと集音マイクを使ってテッド達の会話を見聞きしていたのである。

ナタリアは続けた。

「1つは町の人間への経緯説明、テッドが承認する姿、そして着任者の披露目を同時にやってのけた」

「・・あ」

「もう1つはテッドを悩ませてロクに眠らせず、集中力を欠かせて承認を取り付けやすくした」

「そっか・・テッドさんいつになく悩んでましたからねぇ」

ビットの隣に居たアイウィは首を振った。

「わざと悩ませるなんて、酷いね」

ナタリアは肩をすくめた。

「まぁ立場を有利にする為の根回しはタフネゴシエーターの常套手段だし、テッドをハメる位には超一級の連中よ」

ビットが目を丸くした。

「ナタリアさんがそこまで評価するの初めて聞いたな~」

「敵に回したら厄介な事この上無いわよ、あの龍田は。だから最後まで気を抜けないわ」

ナタリアはデジタル無線機を握った。

「アインは二人の護衛を継続、ツヴァイ以降は現刻をもって緊急体制を解除してよし」

「了解ボス」

「大和、武蔵。そっちも体制を解除して良いわよ。残りの皆は域外まで現態勢を維持。もう少し頑張って」

 

「了解した・・ふぅ」

龍田達が防波堤の外に出た事を確認し、ナタリアの無線を聞いた武蔵はバレットM82のスコープから目を離した。

林の中に急遽作り上げた丸太小屋の中で、武蔵は湾内に入ってきた龍田をじっと狙い続けていたのである。

龍田の艤装は一見ノーマルだが、極めて高度なフェイクやカムフラージュが幾重にも施されていた。

その上で武蔵がクリティカルポイントと見当をつけた場所はとても小さく、そして狭かった。

バレットM82は超遠距離から航空機や兵員輸送車の中に居る敵を狙撃する為に設計された対物ライフルである。

風に強い為選ばれたが弾頭も大きく、龍田のクリティカルポイントに命中させるのは武蔵でも厳しかった。

だが、艤装から考えられるLVは150前後。隙の無い挙動と左手の指輪が何よりの証拠だ。

1度でも外せばクリティカルポイントを狙えるチャンスはなくなり、こちらの正確な位置を悟られてしまう。

ごり押しが通じる相手ではない。

「あの艤装はもはや天龍型とは呼べないだろう・・なんて奴だ」

その時、デジタル無線機から大和の声がした。

「砲兵隊の体制解除完了したわ。そっちはどう?武蔵」

「まだだ。これから確認する」

武蔵はじとりとかいた汗を拭うとインカムをつまんだ。

「狙撃班は狙撃体勢を解除しその旨を報告せよ。繰り返す、全班、狙撃体勢を解除し報告せよ」

 

その頃、海原を行く二人は。

「龍田会長、契約金額の節約につなげられず、申し訳ありませんでした・・」

外洋に出てしばらくした後、文月はそっと前を行く龍田に頭を下げた。

龍田は振り向くと、小さく首を振った。

「いいえ。テッドさんと提督が個人的にどんな会話をしていたか知らなかったのはどうしようも無かったし・・」

「・・」

「情報を集めて渡すのは私の役割だったから、むしろ謝るのは私の方。ごめんなさいね~」

「いっ、いえいえそんな。でも、あの、いずれお父さんには言わないといけないですよね」

「んー・・分析が終わった時点が報告の頃合かもねぇ」

「そうですか?」

「少なくとも今までよりは海軍との関わりが強くなったわけだし・・」

龍田はにやりと笑って続けた。

「この件を理由に、提督がテッドさんに会いに行く事もできるでしょー?」

「それはそうですけど・・」

「提督は海軍云々を省いてもテッドさんと仲良しだし、たまに会うのも気分転換になると思うの~」

「・・そっか。お父さんの楽しみになるんですね!」

龍田はちらりと後方の空を見た後に頷いた。

「あの町はほとんど中規模鎮守府並の戦力を持ってる事もこれでハッキリしたしね~」

「データは取れたでしょうか・・」

「最上さんと夕張さんのチームだから心配ないと思うわ~」

そう。

ナタリア達が言い当てた事に加え、龍田には3つ目の目的があったのである。

 

 

 


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