Deadline Delivers   作:銀匙

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第14話

 

 

それは、ある日の午後の事。

テッドは鳴り出した事務所の電話を取った。

「はいテッド仲介所」

「こんにちは~、大山さ~ん」

その一声を聞いたテッドは一気にジト目になった。

「・・ご無沙汰だな、ソロル鎮守府の龍田会長殿」

「あらぁ、よく解りましたねぇ」

「他の鎮守府の龍田さんは俺の本名を知らないんでね」

「そういえばそうですね~、では早速なんですけど、明日の午後、お時間は取れますか?」

「ええと・・大丈夫だが、何だよ」

「では1500時、旧コンテナ埠頭でお会いしましょうか~」

テッドは眉をひそめた。

「旧コンテナ埠頭?役場なり商工会議所なり料亭なり用意するぜ?」

「町長さんにお話しする前のご相談なので~」

テッドはますます眉をひそめた。とても嫌な予感がする。とびきり面倒臭いニオイがする。

「・・トラブルは御免被りたいんだが」

「あらぁ、そうですか~」

「誰だってそうだよ」

「そういえばそろそろ、人事異動のシーズンですよねぇ・・」

テッドは受話器を当てたまま、怪訝な顔をしてカレンダーを見た。

「・・まだ早くねぇか?」

「最終的に公示されるピークは3ヶ月くらい先ですけど、実質的な異動草案の決定は今頃なんですよ~」

「だから・・なんだ?」

「今頃雷名誉会長もヴェールヌイ相談役も、頭を抱えてらっしゃる頃だと思うんですよねぇ。あの件で」

テッドのこめかみを嫌な汗が流れた。

 

 

それは自分がまだ大山事務官として海軍の117研に所属し、提督の配下で動いていた頃の事。

 

「本当に毎年毎年、同じ話題でもめるねぇ・・」

提督は117研に戻ってくるなり、首をゴキゴキと鳴らしながらそう言った。

大山事務官はひょいと顔を上げた。

「上層部会への説明で、なんか問題が起きましたか?」

「大山さんのシナリオは毎回完璧で、今回も引っかかる事無く承認されたよ。いつもありがとう」

「では?」

「いや、なに・・春の陣の戦後処理だよ」

「あぁ・・なるほど」

 

春の陣の戦後処理。

様々な理由でなり手の居ないポストへの着任者を決める人事会議の隠語である。

正確には人事会議自体は人気のあるポストも審議する場ではあるが、そちらは既に話がまとまっている。

もっとも、それは献金合戦やロビー活動、果ては派閥同士の争いなど、非公式な黒い蠢きによる。

それが「月水金戦争、春の陣」である。

ゆえに人事会議の席で残っているのは不人気なポストの割当だけであり、これを戦後処理と呼んでいる。

ただ、この会議もかなりエグいやりとりとなるので、ここまで含めて春の陣だと言う人もいる。

「今年は遠方の司令官ポスト関連はなくなったけどね」

「へぇ。本土から遠く離れた鎮守府への片道切符に誰が手を上げるって言うんです?」

「新規採用者、だよ」

「あぁ。民間から採用した連中ですか」

「だから戦後処理は大本営の中で、数が減ったからますます険悪な押し付け合いの雰囲気になったよ」

「バーターですか」

「それもあるね」

ある派閥が良いポストを得る見返りとして、不人気のポストもセットで引き受ける事をバーターという。

「なら何を引き受けるか決まってるんじゃ?」

「そんな不利な言質を取られるような事を派閥のボスが言う訳無いでしょ」

「あー・・」

つまり人事会議で不人気の中でもまだマシなポストから取られていくが、その取り合いが醜いという訳である。

「そんな場に5分と居たくないですね」

「でもまぁ、最後には雷様がぶち切れて強引に阿弥陀クジでケリを付けたけどね」

「いい大人が阿弥陀クジって・・」

「しかも青筋立てて真剣に線を書き加えてるんだからねぇ・・」

「それでも、さすがに大本営のポストを民間採用者に晒すほど阿呆ではなかったって事ですね」

「大本営の敷地内で過ごせば伏魔殿ぶりはすぐ解るし、それが世間にバレたら大スキャンダルだからね」

「権力と現金と欲望が飛び交ってますからね」

「実弾と盗聴電波もね。ま、利権等の旨みがないポストは不人気ってのは解りやすいよね」

「後はハイリスクまで揃えば完璧ですね」

「ん?そこまで酷いポストがあるのかい?」

「ご存知ないんですか所長?」

「何を?」

「ここですよ、ここ」

「・・・君の机がどうかしたのかい?」

「違います。117研がそのワーストポストだって言われてるんです」

「なんで?」

「・・俺達のあだ名を知らない訳じゃないでしょ?」

「私がヤマタノオロチってやつ?」

「です」

「単に関係者とお話してリポートにまとめるだけの簡単なお仕事じゃないか」

「ならどうして深山の家が火星まで吹っ飛んだのかって事ですよ」

 

つい先日の事だが、出入り業者との癒着事件を憲兵隊に告発する直前、深山担当官の自宅で大爆発が起きた。

深山担当官は独身で書類作成の為に事務所に泊まりこんでいたので無事だったが、その後も明らかに不審な経過を辿った。

家が跡形もなく吹き飛んだにも関わらず、警察はガス爆発で事件性無しとして異様に早く引き上げたのである。

 

「後ろ暗い事をしてる証拠が憲兵隊の手に渡って欲しくなかったからでしょ?」

「他に考えようが無いですし、事実そうだった訳です」

「でも、それが却って深山君を本気にさせたんだけどね」

「警察との大規模な癒着まで洗い出しましたからね」

「余計窮地に追いやられるって結末をどうして予測出来ないんだろうねぇ」

「その程度の知能しかないから目先の金や権力に飛びつくんでしょうよ」

「はっはっは。そりゃそうだ。大山さん相変わらず上手いね」

「ただ、今回も結局は単独犯の小者という扱いでした」

「連携の証拠は出なかったね。嘘くさい点は幾つかあるけど」

「このままだと巨悪に辿り着くのは難しい。末端の実行犯だけしか捕まえられない」

「・・」

「俺はどうも、もっと深い所になんか居そうな気がするんですよ」

「居ると思うよ。深いというか上の方というかは表現の問題だけど」

「俺達はそういう所まで手を伸ばせるっていうか、届くんですかね?」

「うーん・・まぁ本来そういうのは憲兵隊の領分って事もあるんだけど・・」

提督はカリカリと頭を掻いていたが、一瞬、暗い目をすると、

「それこそ「闇の力」への対抗手段を充分持ってなければ届かないだろうね」

といって肩をすくめたのである。

そして提督が所長を外れて鎮守府に異動して以来、117研は目に見えて弱体化した。

それは報復を恐れるあまり、2代目以降の所長が日和見主義路線を貫いているからである。

原因を追究し、問題を指摘し、必要なら告発するという本分を遂行出来ない以上、ポストでの加点はありえない。

誰にも喧嘩を売らず所長職をつつがなくこなしたという、減点を食らわない最低ラインが満点となる。

ゆえに誰もが最短任期でさっさと別のポストに逃げていくので、長期戦略もへったくれもない。

 

「マムシどころかトカゲ並みに馬鹿にされてますよ」

 

総合戦略部に異動した後、テッドと仲の良かった117研のメンバーからはそう聞いていた。

その状況を中将や雷、ヴェールヌイ相談役といった面々が快く思っていない事も、である。

そしてそれらは容易には変化も解決もしないだろう。

黒い勢力は牙の抜けた117研であり続けることを強く望んでいるのだから。

提督は中将と太いパイプがある事が知られていた為、直接手を出す愚か者は居なかった。

その代わりを誰が担えるか。

正確には、やればやるほど派閥を敵に回し、ロクな見返りの無いポストに対して誰が力を尽くすというのか。

当然、誰も居ない。

ゆえに「戦後処理」の中でも最悪のポストと久しく言われ続けている。

一方で雷達は本気で取り組んでくれる人をずっと待ちわびている。

それこそが龍田の言う「あの件」なのである。

 

テッドは深い溜息をつきつつ、回想を中断した。

「あの件、ね」

「そうですよ~」

「俺は何一つ後ろ盾がねぇから対象外だな。着任したら翌朝には千の風になってるだろうよ」

「そうでもないですよ~?」

「・・えっ?」

「龍田会の名前はそれなりに、暗い穴の中にも届いてますし~」

「・・・」

「私はいつでも大山さんの為なら護衛部隊を差し向けますよ~?」

「龍田会のメンバーはそれぞれ別の鎮守府に所属してるんだろ?常時護衛出来ねぇだろ」

「そうなんですけど・・とりあえず、続きは明日お話しましょうね~」

「えっ、本気でその話かよ?!こっ断る!俺は絶・・」

ツーッ・・ツーッ・・ツーッ・・

「くそっ!」

テッドは受話器を電話機に叩きつけた。

これは本当にビッグトラブルだ。

もし117研所長に任命されたら24時間365日死亡リスクが100%だ。

「あー・・もう勘弁してくれよ・・」

テッドはへちゃりと机に突っ伏した。

 

 

 


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