Deadline Delivers   作:銀匙

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第12話

 

強盗をひと睨みで黙らせた女性職員は、溜息混じりに続けた。

「アンタはその金を掴んでも、外に出られないと思うわよ?」

「じ、自動ドアの電源切ったのか!セキュリティか!」

「普通に開くわよ。ほら」

その時、ウィィイインと音がして、背の高い女性が一人入ってきた。

ヘルメットを被り、ゴルフクラブを振りかぶっている男を一目見ると、

「・・ぷっ」

笑いをこらえつつATMへと歩いていったのである。

男は職員に振り向いた。

「一体全体どういう事だよ!」

「強盗を襲う強盗がいるのよ。どうせ犯罪やって稼いだ金だろってね。割と容赦ないわよ」

「えっ」

「そもそも、アタシ達だって武装くらい持ってるし」

そういうと女性職員はカウンターの影からUZIピストルを取り出した。

「ええええっ!?」

UZIを男にまっすぐ構えつつ、女性職員は言った。

「これはアンタの為よ。死にたくなければここで止めて引き返せ。真面目に働きな」

男はゴルフクラブを力なく下ろした。

「・・・・はい」

その時、背後で舌打ちをする音がした。

「面白くないねぇまったく・・」

男が恐る恐る声のほうを振り向くと、待合所のベンチに腰掛けていた老婆がバッグに銃を仕舞う所だった。

それもショートバレルとはいえ、マグナム弾を用いるコルト・キングコブラである。

顔を上げた老婆と目があった時、男は理解した。

職員が言っていた「強盗の強盗」はこいつだと。

「イカれてる・・おっ、おまえら全員イカれてる!・・・うわぁあああぁん!」

男はゴルフクラブを放り投げると一目散に逃げて行った。

老婆が溜息をつきながら言った。

「あんなに取り乱して表に出たら強盗成功したかと思って撃たれちまうんじゃないかねぇ」

女性職員はUZIのセーフティをかけながら言った。

「それならそれがアイツの寿命よ。148番でお待ちの方どうぞー」

老婆が立ち上がった。

「アタシだね。やっと来たか」

「アンポンタンのせいでお待たせしましたー」

「気にしてないさ。定期預金したいんだけどね」

一方、その頃には南城は上司への報告を終えていた。

あんなのをいちいち気にしていたらこの町で生活出来ない。

上司が言った。

「まぁ理由はちゃんとあるし、4輪駆動車の申請出してみたらどうだ?」

「通りますかねぇ?」

「良い事を教えてあげよう」

「ええ」

「支店長は今朝、インスタントくじで3万コイン当たったって小躍りしてた」

「ビッグチャンスじゃないですか」

「そういうことだ。早く行けよ」

 

翌朝。

 

「あれ?」

 

自宅から銀行へとマイカーで向かっていた南城は、空に幾つか立ち上る煙に気がついた。

少し遠いようだが、下の方に火柱が見える。

車を路肩に停め、ナビで確認する。

「あー、器下地区の方角か・・・やな感じだなぁ。朝から火事なんて」

南城は首を振ると、後ろを確認しつつ車を発進させた。

 

南城は事務所に着くと、新聞を読んでいた同僚に声をかけた。

「おはよう」

「よぅ。あれ?南条は器下の辺りは通勤ルートに入ってないんだっけ?」

「あんな物騒な所通りたくないよ。そういえば今朝、そっちのほうで火事が見えたなぁ」

「消防の奴に聞いたら瓦礫が道路塞いでるってよ。だからあの道通る人は今日はお休みだ。残念だったな」

「えっ、じゃあ結構大きい火事だったの?」

「新聞見てないのか?」

「あー、今朝は寝坊したからTVしか見てない」

「TVではこんな地方ローカルな話題はやらないだろうな。ほら」

同僚が指差した地方欄の小さな記事を、南城は読み始めた。

 

 山甲町で火事

 O月X日未明、山甲町器下地区から出火した。

 消防車2台が出動し、他地区への延焼は押さえられた。

 当該地区は元々廃屋が立ち並ぶ所で怪我人は居ない模様。

 器下地区を横切る県道267号線は瓦礫が散乱して通行止めとなっており、完全復旧には数日かかる見込み。

 警察は老朽化した電柱が倒れた事が出火原因であると発表した。

 

南城は眉をひそめながら同僚に向き直った。

「色々引っかかるんだけどさぁ」

「そうだな」

「まず、他地区への延焼が抑えられたって事は、器下地区は・・」

「全焼っていうか焼け野原だって消防の奴が言ってたな」

「地区全焼する勢いの火事なのにたった2台しか消防車が出てないって事はさ・・」

「たまたま出払ってたか、始めから延焼を止める気しか無かったか、だな」

「あとさ、確かに器下地区って廃屋が立ち並んでるけど、住人一杯居るよな?」

「密入国者ばかりだけどな」

「そんな大火事で誰も怪我一つしてないって本当かなあ」

「よく読めよ。怪我人「は」居ないんだよ」

「え?」

「全員死んでたら怪我人じゃないからな」

「・・・警察だって動いてんだよな?」

「南城、よく思い出せ」

「あぁ」

「今朝、まだ、火の手があっただろ?」

「そうだな。地区のあちこちから・・」

「なのに何で火事の火元の原因が発表されてんだろうな。現場検証って鎮火後にやる筈なのにさ」

「あれ?そういえばこれ・・今朝の朝刊、だよな・・」

「ああ。今日の未明に起きた火事が、今日の午前4時には俺の家のポストに入ってる朝刊に、書かれてるんだぜ?」

「えっ・・・まさか」

「記事の行間には色々書かれてるって事だよ。おっと、課長が来たぜ。おはようございます!」

南城も新聞から顔を上げ、課長に頭を下げた。

「おはようございます!」

 

1ヶ月後。

 

「ほいお待ちどうさん、山ブドウのジャムと蜂蜜、2瓶ずつだ」

ナタリアは溝山農園の主からずっしり重い紙袋を満面の笑みで受け取った。

「ありがと。えっと、幾らかしら?」

「変わらんよ。全部で2400コインじゃよ」

ナタリアは1000コイン札を3枚渡し、つり銭を受け取った。

だが、ハーレーの物入れに紙袋を入れようとして怪訝な顔になった。

「どうしたね」

「いつもの場所に入らないのよ・・おかしいわねぇ」

「1瓶ずつ余計に入れといたからの。後、今朝焼いたスコーンと自家製バターもな」

「どうして?」

「皆へのお礼だよ。仲良く食べてくれ」

「お礼?」

「ふもとの方を掃除してくれただろ?」

ナタリアは少し考えていたが、思い出したように何度か頷くと肩をすくめた。

「通行の邪魔だったからね」

「諸々出費もあったじゃろ?」

「毎日やってる合同演習を場所を変えてやっただけだし、後始末は警察と消防がやってくれたから何とも無いわよ」

「上駒トンネルも来月から復旧工事に入るらしい。先週、業者が挨拶に来おった」

「ええ。そっちも終わるまで気にかけておくわ」

「ありがとう。食べる時で良いから皆によろしく言っておいてくれないかね?」

「もちろんよ。あの子達も喜ぶわ」

その時、長い坂道を見慣れない四輪駆動車が登ってきた。

やたらと大きなタイヤを履き、車高も随分上げている。

 

ガチャ。

 

「あ、溝山さんこんにちは。山甲信用金庫の南城です」

ナタリアが首を傾げて車を指差した。

「それ社用車なの?」

「ええ・・これなら上駒トンネルを走破出来ると思って手配したんですけど・・」

「修復工事が始まるらしいわね。今聞いてたとこよ」

「今度は邪魔されないと良いですね。そういえば例の火事で焼失した器下地区も再開発される事になりましたね」

「バイパスから離れてるから利便性は悪い場所よね。再開発して誰か来るのかしら?」

「何でも運動公園と公民館を移転させるらしいですよ。津波が来た時の避難所にするとかで」

「・・地区全体を?幾らなんでも広すぎない?」

「いや、他にまだあった筈ですよ・・確か警察の寮・・だったかな?」

「チッ・・やっぱりあいつ横取りしたわね」

「何の事です?」

「こっちの話よ。ま、私はここに来易くなれば良いわ」

「そうですね。上駒バイパスが通じれば、後はその、この私道さえ頑張れば・・」

ナタリアが車を見ながら言った。

「そんな幅の広い車で来るからでしょ。バイクで来れば良いじゃない。広々通れるわよ?」

「私が現金入れたカバン抱えて、原付バイクで街の中を1周走って生きてたら奇跡ですよ」

「・・まぁ否定しないわ。ならそれで頑張りなさい」

「そうします。あ、えっと、ご用事が済むまで車の中でお待ちしてますから、ごゆっくりどうぞ」

「あ、良いわよ。もう済んでるから。用件はこれだし」

ナタリアはそういうと、物入れからジャムの瓶を取り出した。

「わぁ、美味しそうですねぇ。溝山さん、私にも1つ譲って頂けませんか?」

溝山氏は顎に手をやりながら訊ねた。

「・・ふむ。南城さんは山甲町の住人だったな」

「え?ええ、そうです」

「ならばよかろう。ただし、町の外の者にはここでこれが買える事は他言無用だよ?」

「はい、解りました」

「うむ。1つで良いか?」

「ええ」

「では600コイン用意して待っとれ。いつものハンコと書類も持ってくるわい」

「お願いします」

嬉しそうに財布を取り出す南城を横目に、ナタリアはハーレーのエンジンに火を入れた。

「じゃあね南城さん」

「はい、お気をつけて」

南城は笑顔で、走り去るナタリアを見送った。

 

 

 






今章はゆるい日常編です。
言った通りでしょ?

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