Deadline Delivers   作:銀匙

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第10話

それは、ある日の午後の事。

「はい、確かに。それではお預かりします」

南城は丁寧に溝山農園の玄関扉を閉め、駐車場に停めた「山甲信用金庫」と書かれたセダンのドアを開けた。

車に乗り込むとすぐにドアロックし、膝の上でスーツケースを開ける。

「・・ええと、これで全部・・だな。よし」

エンジンをかける前に運転席で再確認。

客の目の前でも確認は取っているが、少し時間を置くと忘れ物に気づくこともあるからである。

発進させてから思い出すと気になって仕方ない。

市内を運転中によそ見をすれば警察がにこやかに切符を切ってくる。

そもそも、溝山農園内の私道はガードレールすらない崖っぷちの細い道。

少しでも目を離せば谷底まっしぐらなのである。

「くわばらくわばら」

小さく首を振るとスーツケースを閉じ、施錠して助手席の足元に置く。

エンジンをかけ、周囲を見回してからそろりと車を発進させる。

 

「ふー」

 

私道から県道に出て赤信号を待つ段になり、南城は安堵の息を吐いた。

あの私道は心臓に悪い。ここまでくれば・・ん?

 

タタタタッ・・ドン!ドン!ドン!ドン!・・・タタタッ・・・

「・・!!」

「!!・・・!!!」

 

「あー」

南城はジト目になり、ハンドルに隠れるよう頭を低くしながら外を窺った。

交差点の青信号側を2台の車が走り抜けながら互いに怒鳴りながら銃で撃ち合っている。

流れ弾に当たって死ぬなんて真っ平御免である。

「ここまで山賊が追ってくるなんて珍しいなぁ・・よほど挑発でもしたのかな?」

南城が乗る車にも何箇所か弾痕があるように、ここでは銃撃戦など日常茶飯事である。

ディーラーオプションでも普通に防弾セットが用意されている位である。

つくづくここは、日本であって日本じゃないと思う。

「昔の日本なら、発砲音みたいな音がしただけでパトカーが来た気がするんだけど・・」

正確にはそれは昔ではなく、今も、特に都市部であれば常識である。

だが、ここは都会から遠く離れた山甲町である。

警察署もあるれっきとした日本の街だが、ほんの少し常識が違う。

そう、南城は自分に言い聞かせた。

 

パッ

 

「青信号か・・」

南城はそろりと発車しつつ左右を確認したが、急ブレーキを踏んづけた。

交差点の赤信号側から、急停車した南城の車の前を数台のバイクが横切って行く。

そのうちの1台のライダーが南城に向かって軽く手を振った。

 

ドドドドドドド・・・

 

危ない危ない。

あれはワルキューレとSWSPの面々じゃないか。手を振ったのはミレーナさんか。

バイクに小傷でもつけたら命は無いと言われてるのに、まん前を遮ればホラー映画も真っ青の展開になる。

早く気づいて良かった。今度からは発進前に確認しよう。

「右よし、左よし、と・・」

南城は通りを窺いつつ、慎重に車を発進させた。

 

「あー・・ややっこしい事になったなぁ・・」

南城はそろそろと車を進めながら溜息をついた。

ここ、器下地区は県道沿いの表通りさえも廃屋が立ち並ぶスラム街であり、治安が悪い。

特に信号待ちの車のガラスを叩き割ってカバン等を盗むスマッシュアンドグラブという強盗が多発している。

別にここだけではないので、荷物は足元に置くのである。

そして目の前の信号は妙に長い間「赤信号」が続いている。

制御盤を弄って赤信号にし、車を停めて強盗を働く輩も居るから、この辺りの信号なんて信用出来ない。

ゆえに無視してしまいたいのだが、通りの向こうにはパトカーが停まっている。

強盗をする連中はパトカーが停まっていようと銀行の名が入った車を見逃したりはしない。

なぜなら警官が降りてくる前に蜘蛛の子を散らすように逃げてしまうし、警官が捕まえようとしないからだ。

幾ら銃を持った警官といえど、器下地区のスラム街に一人で突入すれば生きては帰れないからである。

さりとてパトカーの目の前で信号無視をすれば警察のメンツを潰す事になるから必ず停められる。

どちらを優先するかといえば、命の危険よりは警官が切符を切る前に鼻薬を嗅がせる方がマシだ。

それを解っていてあえてこういう場所に陣を張る警官も少なからず居るので溜息が出る。

「・・信号無視、幾らで見逃してくれるかなぁ」

南城はスーツの内ポケットの財布を確かめつつ、交差点を走り抜けた。

 

ファンファン!

 

その途端、パトカーの赤色灯が点き、スピーカーから怒鳴り声がした。

「そ~この白のセッダァン、停まってクさりヤがってぇーい!」

交渉の為に減速体勢に入っていた南城だったが、その声を聞いて一気にアクセルを踏みつけた。

南城はジト目になった。警官なら少なくともナンバーや車の特徴を言って停める筈だ。

そもそも警察どうこう言う前に言葉が変なんて怪しすぎる。

おいおい、まさか噂の偽検挙ってやつか?

停まったが最後、外人系の連中が車を取り囲んで身ぐるみ剥がされ、車まで強奪されるって言う・・

南城の命令通り、ターボ過給されたエンジンは蹴飛ばすように車体を前へと押し出した。

すれ違いざまにパトカーに目を向ければ、服装も様々な黒人4人組がこっちを指差して何か叫んでいる。

あんなの絶対警官じゃない。

それに、よく見るとパトカーも薄汚れて錆びてるなど、全体的にどこかおかしい気がする。

 

「停まりヤガれって言ってますデショ~!」

 

バックミラー越しにパトカーが追いすがってくるのを確認しつつ、南城はアクセルから足を外さなかった。

後輪が煙を吹くほどテールスライドしながら交差点を辛うじて曲がりきる。

右、左、左。

曲がり切るのが精一杯で車線など守っていられない。

すんでの所で南城の車をかわした対向車がクラクションとハイビームで抗議するが知った事ではない。

なおもパトカーは追いすがってくる。

ただ、南城は単にジグザグに走っているわけではなかった。

 

「見えた!」

 

キキキキーーーーッ!

 

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・どうだ・・」

南城が飛び込んだのは警察署の敷地である。

立番していた警官が銃を抜きながら駆け寄ってきた。

「おい!ここは警察署だぞ!クスリでハイになってんのなら他所行きやがれ!パクられてぇか!」

「違います!変なパトカーに追われてるんです!ほら!あれ!」

南城が元来た方を指差すと、警官は少し離れた所で急停止したパトカーを一目見るなり眉をひそめた。

「・・俺らのテリトリにあの車で入ってくるってか?良い度胸してんじゃねぇか」

警官は一切躊躇せず、パトカーに向かって3発発射した。

赤色灯が砕け、ビシビシとウィンドガラスにヒビが入る。

 

ギャギャギャギャ・・・ウォオオオオーン!

 

慌てて回れ右して走り去る車を見ながら、警官は銃を仕舞いつつ訊ねた。

「ありゃ旧パトだな。お払い箱にした奴でも盗んだか・・おい、あいつらとどこで出会った?」

「器下地区5丁目交差点の辺りです」

「はぁ?あんなとこ銀行の名前が入った車で通る方が悪いだろ。バイパスか反対側から迂回しろよ」

「迂回は遠すぎますし、バイパスは上駒トンネルが使えないじゃないですか」

「あー、まだ崩落したままか」

「ええ」

「車高上げてグリルガード追加したクロカンならいけるだろ」

「銀行の社有車はセダンしかありませんよ」

「なら中古のランクルでも用意してもらえよ。命に比べりゃ安いだろ?」

「私は全く異議はありませんが、そう簡単に通らないんですよ・・」

「それに、あの道使って行かにゃならん所なんてあったか?」

「溝山農園ですよ」

「あぁ・・それは重要だな。まぁトンネルの修理に関しては町役場に言え。俺達は知らん」

「じゃあ器下地区のパトロールを強化してくださいよ」

「密入国者どもは廃屋を勝手に使ってるからな、パトロールしても別の地区に逃げるだけだ」

「溝山さんが襲われたらどうするんですか」

「そんな阿呆居るわけないだろ。自殺したきゃ他にマシな手が幾らでもあるだろうが?」

南城は溜息をついた。

溝山農園のジャムをワルキューレのボスであるナタリアが溺愛してるのは周知の事実である。

以前、溝山氏を街角で殴り、その鞄を奪った奴は翌朝には20発以上撃たれて用水路に浮かんでいた。

一方、鞄は中身もそのまま傷一つ増えず、溝山農園の玄関先にそっと置いてあったという。

ワルキューレの実働部隊であるSWSPの犯行だと皆解ってるが、警察は「自殺」として片付けた。

溝山氏に手を出すなど自殺行為には違いないと同僚と話した事を覚えている。

山甲町には治安が悪く、誰もが安心しては歩けないという場所がある。

だが、たとえ器下地区のど真ん中だろうがワルキューレやファッゾ、神武海運等が一緒なら問題は無い。

そういう町なのである。

 

 

 




今日は私が「艦娘の思い、艦娘の願い」を初めて投稿してから2周年だったりします。
途中ブランクはありましたけど、まさか2年も小説に関わるというか、こんなに読み手の方から支え続けて頂けるとは思わなかったです。

本当に、ありがとう。
皆様のおかげで、私は今日も筆をとる事が出来ます。
ありがとう、ございます。

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