Deadline Delivers   作:銀匙

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第8話

それは、ある日の午後の事。

 

 

部屋に入ってきた雷は、後ろ手にドアを閉めるなり溜息をついた。

「ほんとにもー、毎回毎回やんなっちゃうわよねぇ・・あ、お邪魔するわね」

「その部分は全くもって同意だけど、恐らく主語は違うのだろうね」

「どういう意味かしら。あ、最後の1切れいっただき~♪」

「あへっ!?・・し、信じられない・・端っこ・・私が楽しみに残していた・・ガリガリした端っこ・・」

「むぐむぐ・・うるさいわね。どうせ何本も備蓄してるんでしょ。次出しなさいよ」

傍に来た雷に電光石火の速さで羊羹を取られ、涙目になって震えているのはヴェールヌイ相談役である。

 

ここは大本営資料室、つまりヴェールヌイ相談役の仕事部屋である。

広大な敷地を誇る大本営図書館の地下、図書館の倉庫に囲まれる形で存在している。

通路が完全に分離している為、図書館職員でもこの部屋の存在を知らない者は多い。

元々、ヴェールヌイ相談役の執務室は別にあり、ここは空襲等に備えたシェルターとして作られた部屋だった。

しかし何回言っても

 

「・・パス1」

「仕事が立て込んでてね。ほら今朝来た分だよ」

「いや、私が居ない事に誰がいつ気づくかという検証をね」

 

などとあれこれ理由をつけて毎年避難訓練をサボるヴェールヌイ相談役に、

「ふーん、それなら最初からシェルターに居たら良いじゃない」

と、雷が皮肉たっぷりに言ったところ、

「ハラショー。シェルターは静かで涼しいし、ついでに非常食の管理も引き受けるよ」

と、二つ返事で本当に引っ越してしまったので、雷は実に渋い顔をしたものである。

ただ、今から思えば増え続ける資料が元の執務室に入る筈も無かったので、結果オーライの面はあった。

(本当にシェルターが必要になった時にどうするんだという件は完全にタブーの話題である)

 

余談だが、シェルターに備蓄される非常食は大本営の上層部向けという事もあり、大変リッチである。

普通は非常食といえばカンパンに缶詰が関の山だが、ここにはレトルトの惣菜や缶入りの柔らかいパン、そして甘味も届く。

(先日、新型ウィルスに罹患した大和が郵送室に隔離された際、届けられた非常食もここの在庫である)

また、食料は永続的に食せる筈も無いので、賞味期限が切れる前に次のセットを発注せねばならない。

そこでヴェールヌイ相談役は在庫の期限をチェックし、入替が必要な物と数を給糧部第2課に伝えている。

ただ、発注してから物が届くまでの時間は世間の食糧事情に左右されるので少なからぬブレがある。

その為、賞味期限から余裕を持って発注せねばならず、その加減はヴェールヌイ相談役に一任されている。

一方、置ける場所は限られているので、代わりが来た食料は差し替えて廃棄する事になる。

とはいえ単に廃棄するとまだ食べられるのにケシカランと、うるさい団体が怒鳴り込んでくる。

なのでヴェールヌイ相談役は「仕方なく」差し替えた食品を消費する役目も引き受けている。

また、極端に入手困難な時期に備蓄している食品が一気に期限を迎える事は避けねばならない。

加えて特定の食品ばかり発注すると異物混入問題等が出れば致命傷となるので適度にブレンドせねばならない。

ゆえにこの仕事は非常に複雑な内容になっており、頻繁かつ様々な食品を少しずつ入れ替える事になる。

以上によりヴェールヌイ相談役は1年中廃棄品を消費する為、「結果的に」引きこもり生活を送っている。

かつて審査会で問われた時、これらをゆっくりと説明したうえで、

 

「いや、私も運用負荷は高いけど仕方なくやってるんだよ・・皆にとって一番丸く収まる方法だろう?」

 

やけに神妙に答弁するヴェールヌイ相談役を見て、雷は本当かなあと眉をひそめたものである。

ヴェールヌイ相談役が神妙な態度で語る時は大抵ロクでもない事をやっているからだ。

ただ、それぞれの理由はもっともであり、胡散臭いとは思いつつも質しきれなかった。

雷の読み通り、ヴェールヌイ相談役は答弁において幾つか言ってない事があった。

例えば、1年中3食全て期限間近の非常食を食べている訳ではないし、仮にそうした所で食べきれる量ではない。

それらをヴェールヌイ相談役は別の方面で活用している。

例えば大本営情報部の斥候艦隊旗艦である伊8はオフになると必ず書店街へと繰り出すが、

「もしOOの新書が出ていたら買ってきてくれないかな?」

そう言って真空パック入りのシュトーレンを幾つか握らせる。

また、工廠の夕張にちょっとした艤装の改良や兵装の手入れを頼んだ後、

「助かったよ。これ、夜食の差し入れだよ。皆で食べてくれないかな」

そういってレトルトのおかずとごはんを段ボール箱単位で渡したりする。

伊8にしてみれば呆れるほど長い斥候任務のお供として欠かせないアイテムである。

夕張も自身の夜食のほか、夕張会に供する食事としても重宝している。

(これは夕張会のメンバーに調理させると必ず火事になるので雷から禁止されている為である)

このような形で色々な方面に物を流し、代わりにヴェールヌイ相談役の手元には様々な情報や品物が還元される。

部屋に居ながらにして手に入らない物は無い状況は、一見快適な引きこもり生活といえる。

だがそれは身辺警護上の理由で休日でさえ外出も自由に出来ない厳しい制限に耐える為の術なのである。

ちなみに。

かつて、鳳翔が総料理長に着任した直後の事。

新しく届いた羊羹の箱と引き換えに、差し替えた羊羹の箱を廃棄すべく持って行こうとした時、

 

「あっ!その羊羹は来週のおやつ・・あ、いや、なんでも・・ない」

 

言いかけて慌てて口をつぐんだヴェールヌイ相談役を少し見た後、鳳翔は言った。

 

「実は上に持って行っても置き場所がないのです。今後もこちらで処分頂ければ助かるのですが、如何ですか?」

 

それを聞いて目を輝かせて何度も頷くヴェールヌイ相談役に、鳳翔は箱をそっと置くと、

 

「それでは処分の件を皆に伝えます。勿論、先程仰りかけた事は内緒にしておきますね?特に雷様には」

 

そう言って鳳翔は柔和に微笑み、ヴェールヌイ相談役は真っ青な顔で硬直した。

こんな一件があったので、ヴェールヌイ相談役はいまだに鳳翔総料理長に頭が上がらない。

鳳翔総料理長の口の固さに感謝しつつ、週に1度、ニコニコしながら次に発注する保存食をカタログで物色する。

これがヴェールヌイ相談役の数少ない楽しみの1つなのである。

 

 

 




さて、お知らせです。

私は今月一杯で筆を置く事に致します。

理由は4月から一気に環境が変わり、帰宅後や休日に毎日少しずつ書き溜めていく現在のスタイルが維持出来なくなります。
加えて私は前作「艦娘の思い、艦娘の願い」にて、およそ半月ほど筆を止めただけで自分でも解るくらいテイストが変わってしまい、長い事かかって戻すハメになりました。
時間を置いて書いても同じテイストを保てる方がとてもうらやましく思うのですが、私にはその才はありません。
従いまして毎日コツコツ書くというスタイルを取れない以上、現在執筆中のDeadlineDelivers7章をもって、皆様とお別れせざるをえなくなりました。

私も感想を拝見し、アクセス数を確認するのが毎朝の楽しみでしたので、今は正直呆然としている状態です。

書き溜めた分と残日数を考えますと、4月上旬までは公開出来るかと思います。
今章の完結はお約束しますが、とてもショックを受けておりますので、シナリオの質の低下や誤字脱字の増加等、目に見える影響があるかもしれません。
申し訳ありませんが、なにとぞご容赦願います。

本来こういう事は活動報告に記す内容である事は解っておりますが、あちらですとお気づきにならない方も居られますのでこちらに記す事と致しました。

それでは残り1ヶ月少々となりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。















別れのシーズンではありますが・・とても、寂しいですね。

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