・・トン。
「はーぁ」
武蔵とテッドがヒートアップする中、廊下に避難したナタリア達7人は引き戸を閉めると重い溜息をついた。
疲れきった表情でナタリアは口を開いた。
「まぁ、武蔵の言う事も解らなくはないけどね」
大和が静かに首を振った。
「いいえ。あの子は自分で気持ちを伝えてもいないのですから甘え過ぎです」
神通が首をすくめた。
「私が変に伝えてしまったから、こんな事になってしまったのでしょうか・・」
時雨が首を振った。
「神通が言わなかったら、あと5年経っても進展しなかったよ。もう頃合だったと思うよ」
龍驤は頷いた。
「まぁ場所はともかく、テッドのプロポーズの中身は及第点とちゃうか?」
扶桑が頷いた。
「ええ。テッドさんらしく、飾らないけれど武蔵さんを大事にしたいという気持ちが篭ってました」
山城は肩をすくめた。
「でも武蔵ってムッツリだから、きっと少女マンガのようなプロポーズの場面を想像してたんでしょうね」
ナタリア達全員が山城を見た。
「・・それだ」
「あー、せやから武蔵はあんなにぶち切れとるんやな」
「納得したよ」
「さすが山城さんですね」
大和はジト目になった。
「・・ちょっと武蔵を説教してくるわ」
ドアに歩み寄ろうとする大和を龍驤が引き止めた。
「い、いや止めとき。今出てったら完全にドタバタコントの出来上がりやで!?」
「幾らなんでもテッドさんに甘え過ぎです」
「まぁテッドのお裁き拝見と行こうやないか。雲行きが怪しくなったらうちらが出ればええ」
「んー・・仕方ないですね・・」
大和は今一つ納得していない感じだったが、不承不承頷いた。
ナタリアが言った。
「そういえば静かね・・」
全員の視線が引き戸に集まった。
ナタリア達が出て行った少し後。
なおも腕をぶんぶん振り回してあれこれ言う武蔵に対し、テッドはその手を両手で掴んだ。
「離せ!一体なんだ!」
「武蔵」
「なんだ!」
「場所や場面が気に入らなかったのなら詫びる。だが俺の気持ちをちゃんと伝えたかったんだ」
「・・・」
「俺が、お前に感謝してて、俺がお前を必要だって思ってるって事をな」
「・・」
「伝え方が問題で、俺がやり直すのは構わねぇ」
「・・」
「だが、俺の誤解なら、皆の勘違いなら今ここで言え。俺から皆に上手く説明しといてやる」
「・・えっ?」
「お前が俺の事を好きでも何でもないなら今言え。気持ちって奴は何より大事だが、誰からも見えねぇんだ」
「・・・」
「なぁ武蔵。本当は、お前はどう思ってるんだ?皆の誤解なのか?本当に好きなのか?教えてくれよ」
武蔵は押し黙った。
黙ったまま次第に頬を高潮させ、ぷるぷると震えていた。
だがテッドの手を振り払う事はせず、じっとその手を見つめていた。
テッドはしばらく黙って武蔵の様子を見ていた。
大和達が気づいたのは、まさにこの時だった。
再びテッドが口を開いた。
「周りが違う事言ってても、訂正し辛い時はある。良く解るぜ」
「・・」
「でも、雰囲気に飲まれて流されたらいつか苦しくなる」
「・・」
「武蔵。俺はさっき言ったとおり、お前の事は大事だと思ってる」
「・・」
「別に俺のかみさんになってくれなくても突き放したりしねぇ。だから・・」
「・・ない」
「あん?」
「ま、まま、間違って、なんか、ない」
「・・」
「や、山城の言う通りだ・・好きでもない奴に誰がお節介など焼くものか」
「・・」
「どうでもいい奴のおせちなぞ気にしない。その通りだ。そんな奴、勝手にフォークで食えばいい」
「・・」
「だから、その、皆は、ま、間違ってないし・・」
「・・」
「テッ、テッドが、その、言ってくれて、う、嬉しかった・・」
「・・となると、やっぱ場面と場所か?どこでやり直せば良い?条件を言えよ」
「・・いや」
「ん?」
「い、言い直す必要はない。どこで言われたかより、だ、誰から何を言われたかが大事だからな」
「・・でもよ、さっきあれだけ」
武蔵は再びぶんぶんと腕を振ってテッドの手を振り払った。
「あぁもう!頼むからこのくらいで勘弁してくれ!顔から火が出そうなんだ!」
「だから、それだけ言われても良く解らねぇんだって・・俺はどうすりゃいいんだよ・・」
ガラッ!
「じゃーん!龍驤様の解説コーナーやでー!」
開いた引き戸に振り向いたテッドは地獄に仏とばかりに龍驤を見た。
「おお龍驤!頼む教えてくれ!一体全体どういうことなんだ?」
テッドの背後で必死に黙れとアピールする武蔵を無視しつつ、龍驤はテッドに向かって続けた。
「簡単に言うとな、解りやすい所にケチつけて照れ隠ししとったって事や!」
呆然とするテッド、愕然とする武蔵。
時が止まったかのような瞬間を崩したのは、ようやく出たテッドの一声だった。
「・・は?」
「嬉しゅうて嬉しゅうてたまらんのを素直に出せへんから、とりあえず適当に文句言っただけや!」
「マジかよ」
「せやから別に・・なんや山城、これからええとこなんやから」
振り向いた龍驤に、ジト目の山城は囁いた。
「・・急いで退避した方が良いと思うわよ?」
「なんでや?」
「あれを見なさい」
ふと龍驤が顔を向けると、武蔵は目が据わり、どす黒い般若のような笑みを浮かべながら艤装を展開しつつあった。
「・・・辞世の句は読んだか?龍驤」
武蔵のほうに振り向いたテッドは余りの迫力に椅子から転げ落ちた。
だが、この程度で尻尾を巻く程に付き合いの浅い龍驤ではなく、武蔵をまっすぐ見ながらにやりと返した。
「ほほう。ほんならテッドに誤解されたままでええんか?」
「・・・なに?」
龍驤と武蔵を交互に見るテッドや龍驤を止めようとする山城達を無視したまま二人の話は進んでいく。
「武蔵が素直に気持ちを出せへんと解ったら、テッドの事や、ちゃぁんと配慮してくれるんやないか?」
「ぐっ・・だっ、騙されない!そんな手に引っかからないぞ私は!お前は面白がってるだけだ!」
「ほうかー?ほな今後一切、テッドとの交際を進める上でうちらの支援は要らんねやな?」
「む!?」
「微妙なオンナゴコロをよぅ解らん言うテッドに自分で全部説明出来るんやな?」
「そ、その、それは・・」
「当事者が自分で説明するのはごっつ恥ずかしいでぇ~?」
「う・・うう・・」
「そもそも告白さえヘタレて今なおハッキリ言えへん武蔵がそんな大技出来るんかなー?」
「うぐ・・そっ、それくらい・・」
「ホンマかぁ?ほんまに出来るんかぁ?」
「ぐ・・で、でき・・る・・」
「ほな、うちらが見届たるさかい、今はっきりとコクってみ?ほれ?ほぅれ?テッドは真ん前におるでー?」
目を細めてニヤリと笑う龍驤、真っ赤になって歯を食いしばり、艤装を展開したままぶるぶる震える武蔵。
傍目にも明らかな勝敗は、ついに武蔵ががくりとひざをついた事で確定した。
「て、手伝って・・ください」
龍驤はフンと鼻息を吐きながら腕を組んだ。
「しゃーないなぁ、こんな真似して許すんは今回だけやで?」
「はい。すいません」
大和は何度も頷いていた。
龍驤は相変わらず武蔵に甘いが、まぁ自分が説教しなくても意図する所は伝わっただろう。
俯いて床に座り込んだままの武蔵に、テッドはそっと手を差し出した。
「・・・なんだ?」
「俺もさ、人との付き合いは器用じゃねぇから、何となく解るぜ、武蔵の気持ち」
「・・そうか?」
「お互い不器用同士ってんなら、人より時間かけて、ちゃんと気持ちを示していこうぜ」
「・・」
「その、俺は、武蔵と仲良くしたいから、さ」
武蔵はテッドの手を取りながら言った。
「不器用同士、か」
「あぁ」
「・・それなら私だけ引け目を感じる事は無いか」
「そうさ」
「色々取り乱してすまなかった、テッド・・その、これから、よろしく、頼む」
「ゆっくり、ゆっくり始めような」
「あぁ」
ナタリアは肩をすくめた。
「まー収まる所に収まったんじゃない?良かったじゃない」
神通がほっと息をしつつ応じた。
「本当に、良かったです・・」
時雨が笑った。
「じゃあこれから、式とか、色々決めていかないといけないね」
山城がニヤリと笑った。
「愛の巣も要るわね」
テッドと武蔵がぎゅいんと山城の方を向いた。
「「や、やややや山城何言ってる!」」
扶桑がころころと笑った。
「あらあら、息ピッタリですねぇ、うふふふふ~」
こうして、武蔵とテッドは結ばれたわけであるが、その話は当日の夜には町中に知れ渡っていた。
当然、翌日から二人は冷やかされまくった。
武蔵はしばらくの間龍驤を疑っていたが、
「うちとちゃうがな!そういう事で嘘つかへんわ!」
と、真っ赤になって怒るので、大和達はシロだなと早々に理解していたのである。
では実際誰の仕業だったかという点はご想像にお任せする。
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