Deadline Delivers   作:銀匙

183 / 258
第4話

それは、ある日の午後の事。

「ほいお待ちどうさん、山ブドウのジャムと蜂蜜、2瓶ずつだ」

ナタリアは溝山農園の主からずっしり重い紙袋を満面の笑みで受け取った。

「ありがと。えっと、幾らかしら?」

「変わらんよ。全部で2400コインじゃよ」

ナタリアは1000コイン札を3枚渡しながら言った。

「・・ねぇ、ほんと大丈夫なの?」

「なにがかね?」

ナタリアは袋からジャムを一瓶取り出した。

「これ1つで1kgも入ってるでしょ」

「計量が簡単だからの」

「味はとびきり美味しいし、たっぷり入ってるのに値段はどれもたった600コイン」

「そうだの」

「本当に商売になってるの?もっと払うわよ?」

溝山氏はニカッと笑った。

「ここまで足を運んでくれる客からふんだくる気は無いよ」

「えっ?どういうこと?」

「買いに来てくれれば、この年寄りと話をしてくれるだろ?それが嬉しいんだよ」

「そんなに話して無いわよ?せいぜい天気の話とかじゃない」

「元々わしが長話は好かんからの。軽く話せれば良いんだよ。儲けは他所で間に合っとる」

「あら、このジャム外販してるの?」

「たまに鶴美屋に卸ろしとるよ」

「えっ」

ナタリアの表情が固まった。

 

鶴美屋。

 

高級食材専門の商社であり、顧客には一流ホテルや旅館、料亭、リストランテがずらりと並ぶ。

鶴美屋から仕入れていると誇らしげに宣伝する店すらある。

国内のみならず海外とも手広く取引しており、Deadline Deliversの仕事としてオファーがくる事もある。

もっとも、輸送条件から届け先での立ち居振る舞いまで事細かに指定する為、「うるさい客」として有名なのだが。

「・・ふうん」

「おや、その顔は鶴美屋を知っとるみたいだの」

「うちの取引先よ。彼らの荷を中東とかに何度か運んだ事があるから」

「そりゃまたご苦労さんな事じゃの」

「温度は何度から何度の範囲でとか、先方に会う時はアイロンの当たった黒のスーツを着用しろとか、まぁ色々言われたわね」

「届け方が鶴美屋の真骨頂だからの」

「届け方?」

「わしらが鶴美屋に納品するだろ?」

「ええ」

「すると連中は、まず検品した後、丁寧に洗って磨き布で磨き上げる」

「・・容器をってこと?」

「うむ。そうしてガラスが輝くくらいピカピカにした後」

「ええ」

「軽く焦がしたふわふわのおがくずを詰めた桐箱を用意しての」

「・・ええ」

「その上に紫で鶴美屋の文字を染め抜いた絹の布を置き、布の上からジャムをゆっくりとおがくずの中に沈める」

「・・へぇ」

「その上に半透明の和紙を載せ、食べ方などを記した小冊子を置き、桐箱の蓋をする」

「・・」

「更に桐箱の外から白と紫の手ぬぐいで丁寧に包んで結わえ、それを緩衝材入りの段ボール箱に詰める」

「・・」

「そして客の元に送り届ける。うやうやしくな」

「だから中で偏ったりしないよう、あれこれ言うわけね。納得したわ」

「まぁ相手が王室とかもあるからの。仕方ないといえば仕方ないがの」

「私はここで溝山さんから紙袋で手渡してもらう方が嬉しいわね」

「人それぞれだ。ああそれから、もう耳にタコが出来とると思うがの」

「ここで買える事は山甲町以外の人には言わない、よね。解ってるわよ」

「うむ。大勢押しかけられるのは迷惑なんでな。ほれ、釣りの600コインだ」

「良いわよ取っておいて」

溝山氏は首を振った。

「変な借りは作らんのが主義だ。金が必要なら卸せば良いからの」

ナタリアはハーレーのエンジンをかけると釣りを受け取った。

「・・解ったわ。じゃ、またね」

「毎度あり」

 

事務所に戻ったナタリアは、自室でノートPCを立ち上げた。

買ってきたばかりのジャムを傍らに置き、ブラウザを開く。

「んー・・」

タカタカとWebサイトを辿っていき、

「あった鶴美屋の通販ページ。ええっと・・」

ジャンルはジャムで・・

「キーワードは山ブドウかしら?」

 

カチリ。

 

「あっ、あった・・溝山農園の100%国産山ブドウジャム1kg・・えっ?」

ナタリアは目を数回パチパチと瞬いた後、ごしごしと手で擦った。

「・・うそでしょ」

そこにはナタリアの傍らにあるジャムと寸分たがわぬ画像が示されていたが、価格は

 

 16200コイン(税込・送料別)

 

と、記されていたのである。

そしてなにより驚いたのが

「し、品切れ・・次回入荷未定・・えっ、購入希望者は整理券を500コインで買うの?」

その時、ふと

 

 「金が必要なら卸せば良いからの」

 

という一言を思い出し、ナタリアはごくりと唾を飲み込んだ。

この有様なら卸しただけ右から左へと売れていくに違いない。

文字通り溝山氏にとってはATMで金を下ろすようなものなのだ。

実際の販売価格から溝山氏に幾ら支払われるかは解らないが、600コインという事はなさそうだ。

しかし一方で、鶴美屋もたんまりマージンを取ってる気がする。

ナタリアはジト目になった。

「鶴美屋・・エグい商売してるわねぇ・・」

これなら今度から鶴美屋のオファーにはたんまり吹っかけよう。あれこれうるさいし。

テッドにも言っとくか。

無意識ではあったが、いつもより丁寧に戸棚へと瓶を仕舞ったナタリアは、ハーレーのキーを手に玄関を出た。

 

テッド仲介所の扉を開けたナタリアは一気に目を細めてにやりと笑った。

「テッド、居るでしょ・・・あらあら、へぇー」

「うおっ・・よ、よぉナタリア、どうしたこんな時間に?」

「こんな時間って、まだ1500時過ぎだけど・・へぇー、随分仲良いわねぇ」

「えっ、あっ、いや」

「折角のお楽しみを邪魔しちゃ悪いわね。出直しましょうか?」

「い、いやいやいやいやいや、さぁかけてくれ、さぁ」

ナタリアはニッと笑いながら、勧められた席に腰を下ろした。

「あー、えっと、は、葉巻吸うか?」

「吸わないわよ・・これで充分」

「そっ、そうか」

そう言うとナタリアは懐から出した細巻き煙草を見せると、そっと仕舞った。

「で?」

テッドはちらちらと入り口を見ながら答えた。

「で、で、でって何だよ?」

「その子といつからそんな仲だったのって聞いてるの」

テッドは諦めたように深い溜息をつくと、

「あーその、い、1ヶ月くらい・・前かな」

「なれそめは?」

「雨の日にうちの軒先に居たんだが、その時仲良くなってな」

「へぇ」

「そ、それでその、一緒にメシ食ったりしてるうちによ・・すっかり居着いちまって」

「美人さんじゃない。良かったわね」

「う、ま、まぁそうだな」

「一緒に寝てるの?」

「いや、こいつが嫌がるからさ」

「その割には、今は気持ち良さそうに腕に頭乗せてるじゃない」

「その辺はよく解らねぇんだよ・・気まぐれな所があるし」

「まぁそれはそれとして、ちょっと耳に入れときたい事があるのよ、テッド」

「おう、なんだ?」

 

それから二人が話し込んでいると、しばらくしてテッドの事務所のドアが勢いよく開いた。

 

 

 




二箇所、誤字を訂正しました。ご指摘感謝です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。