Deadline Delivers   作:銀匙

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第3話

 

 

それは、ある日の午後の事。

「あ、ファッゾさーん」

「舞ちゃんか、どうした?」

夕島整備工場で車を引き取った帰り、ファッゾは交差点に立つ舞から声をかけられた。

ついうっかり返事してしまったファッゾに、少しムッとした舞が答えた。

「あー!また舞ちゃんって言ったー!」

「あ、あー・・すまない」

この町に配属される前の経緯から、子ども扱いにトラウマを持つ舞。

一方で配属当時から知っているファッゾにとって舞の印象は早々変わるものではない。

ゆえにファッゾは全く悪気は無いのだが、とっさに「舞ちゃん」と言ってしまうのである。

「言わないって約束してくれたのにぃ・・んもぅ」

「ごめんごめん。で、何かあったのか?」

「この先の道路でね、水道管が割れちゃったんです」

「下水か?」

「水が綺麗だったから上水道だと思います」

「うーん・・」

水道管の破損は非常に厄介である。

下水管が破損するとその匂いに悩まされる。

上水道が破裂するとその付近の家は断水になってしまうし、破損の程度が酷ければ周囲は水浸しだ。

「この先って、どの辺りだ?」

舞は通りの奥を指差した。

「・・ほら、あの角の家の屋根のところ」

「うおっ」

ファッゾは屋根の上を越える「噴水」を見つけて眉をひそめた。

「ファッゾさん家とは離れてるけど・・」

「あの道は近道なんだよなぁ」

「でしょ?あの道は結構使ってる人多いからねぇ・・」

「水道屋はいつ来るんだ?」

「さぁ・・その辺は解らないんです」

「うーん・・」

この町には建設業、特に土木関係の業者が居ない。

近くの町にはあるので依頼すれば来てくれるだろうが・・

「舞、お前はどこから通報受けたんだ?」

「受けてませんよ。巡回中に見つけたんです」

「署には言ったか?」

「勿論」

「んー・・俺、ちょっと役場行ってくる。気づいて無いかもしれん」

「そっか・・ごめんなさい。お願い出来ますか?」

「舞のせいじゃないさ。じゃあな」

ファッゾはそういうと、車をUターンさせた。

 

「とすると、この辺りで水道管が破裂してるんですね」

「あぁ。気づいたのはそこだけだ」

「解りました。じゃあこちらで業者等手配します」

「なるべく早く頼むよ。結構な勢いで吹き上がってるしな」

「ええ、すぐに手配します。ご連絡ありがとうございました」

 

ファッゾが再び戻ると、舞は破損箇所により近い所で、簡易バリケードを背に立っていた。

「役場の連中に言ってきたぞ」

「連絡行ってなかったの?」

「みたいだな。これから対応するとさ」

「んー、じゃあ私は一旦戻ろうかなあ」

「まぁあの噴水とバリケードで解るだろ」

二人が見つめた先には道路から6m位の高さまで勢い良く噴き出す水の柱があった。

「ところで、ここじゃ濡れないか?」

「ちょっとね。でも勝手に離れる訳にも行かないですし」

「帰って良いか署に聞いたらどうだ?」

「・・そうですね」

ミニパトの中でひとしきり話した舞は、そのまま車を動かしとファッゾの車に並んだ。

「戻って良いそうです。ファッゾさん、ご協力ありがとうございました」

「服が濡れたのならちゃんと乾かせよ?」

「はい、そうします。それじゃあ」

ゆっくりと走り去るミニパトを見ながら、ファッゾはぽつりと口にした。

「舞ちゃんもいつの間にか、大人になったなあ」

着任当時は中学生位にしか見えなかったが、今はどうにか婦警さんと言っても信じてもらえるくらいにはなった。

「もうそろそろ、他の町に転勤ってこともあるかもしれんなぁ」

舞の礼儀正しさや性格の良さは始めからだし、この町にずっと居たのは幼く見えた容姿のせいだ。

それが取り除かれれば引く手あまただろう。

なにより「この町で生き残れた」という実績付きなのだから。

「そうなったら・・寂しくなるな」

ファッゾは車を発進させながら、寂しそうに微笑んだ。

ナタリア達と同じ時間軸を生きられるようになったのは嬉しいが、反面、人との別れは増える。

以前、司令官の教育課程で教官が、

「艦娘達は多くの別れを経験する事になり、それ自体がストレスになる」

と言っていたが、今ならその気持ちが良く解る。

別に舞が異動すると決まった訳じゃないのだが。

 

「帰ったぞ」

ファッゾの声に、ソファで雑誌を読んでいたミストレルがひょいと顔を上げた。

「よっ、お帰りぃ」

「うん」

「・・何かあったか?」

「大した事じゃないんだが・・よく解ったな」

「なんとなくな」

 

「あー、びっくりしたか?」

「びっくり・・うーん・・びっくり・・してるのか?俺」

「しっくりこねぇか?」

「何て言うか、寂しさを覚えるよ」

「どういう風に?」

「街角のどこかに舞ちゃんが居るってのは割と当たり前の光景だったからなぁ」

「うーん・・つるんでたダチが居なくなる寂しさ、って奴か」

「そうだなぁ。うん、そっちの方が近いな」

「あんまり良い話じゃねぇけどさ・・」

「あぁ」

「アタシ達は慣れ過ぎちまって麻痺してる部分があるんだよな、そういうの」

「仲良しとの別れに、って事か?」

「あぁ。鎮守府に居た頃はさ、同じ釜の飯を食ってた同僚や姉妹艦がある日突然帰ってこなくなるとかさ」

「・・・」

「出撃で僚艦が沈むのを目の当たりにするってのも、まぁ割と日常的に起きてたんだ」

「・・・」

「だから艤装の感情抑制装置云々じゃなく、慣れちまうんだよ。あまりにも長い間、あまりにも多く見てるとさ」

「・・そうか」

「逆を言えばいつそうなるかお互いに解らねぇから、一緒に居られる間は仲良くしようとするけどな」

「俺が司令官だった頃、艦娘の皆がやたらと親切だったり優しかったりしたのはそういう事か・・」

「ファッゾの場合は違うんじゃねーかな」

「あぁ、やっぱり上司部下の儀礼的な所なのか?」

「いや、アタシ達の生き死には司令官の差配次第だからさ、司令官の一挙一動を皆で見てるし、共有するんだよ」

「・・」

「だから、ちゃんと話を聞いてくれたり、気を使ってくれる司令官だとすげぇ安心するし、嬉しい」

「・・」

「ファッゾんとこは轟沈を出さなかったんだろ?」

「あぁ」

「それは他所の艦娘と少し話せば凄い事だって解るし、皆で感謝の気持ちを伝えてたんだと思うぜ」

「だが結局、俺の部下だった子達は全員記憶もLVも奪われて異動して行ったけどな」

「・・それさ」

「ん?」

「艦娘と妖精ってさ、割と腹を割った関係になる事が多いんだけどよ」

「ほう」

「たとえば作業命令上は記憶を消してLV1にしろってあっても、LVだけ1にするって事、割とあるんだぜ」

「え?だってすぐばれるだろ」

「着任時の頃の台詞思い出して、何を言われても覚えてませーんって答えれば良いんだから簡単さ」

「・・そうなのか?」

「妙にするするLV上がる奴とかいなかったか?」

「・・・えっ?あれ、そういう事なのか?」

「おう。LV判定やEXP稼ぐ要領覚えてりゃ、LV30位までなら取り戻しやすいからな」

「そういう事か」

「ただ、そうしてもらうのが良いかどうかは別だけどな」

「というと?」

「記憶を残したいって事は、自分が楽しかったやり方だったって事だろ?」

「あぁ」

「行った先がそれより悪かったら?」

「・・あ」

「やっぱり昔と比べちゃうし、それが重荷になったりするんだよなぁ・・誰にも言えないしよ」

「・・うちの子達は、どうだったんだろうなぁ」

「どこかで楽しく過ごしてると良いな」

「あぁ」

ファッゾ達はどちらから言うでもなく、窓の外を見た。

空は爽やかで、どこまでも遠い色をしていた。

 

 

 


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