Deadline Delivers   作:銀匙

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第22話

3月10日1430時、某海底。

 

「所詮ハ研究室ノ失敗作ダ。ツマラヌ搦メ手ヲ使オウトスルカラコウナル」

受話器を置いた副将軍に、元首は苦笑混じりに話しかけた。

「大量生産方法マデ判明シテイタノデ信用シタノデスガ、申シ訳アリマセン。元首閣下」

「殺傷能力ノ無イB兵器ナド無意味ダ。奴等ハドコマデ生温インダロウナ」

ワクチンを投与した斥候部隊を散布地域に派遣した結果、艦娘も深海棲艦も死者は居ない事が解った。

資料を詳細に調べた所、どうやら艦娘にも感染すると判明した時点で毒性を弱めた痕跡が見つかった。

この為、当初は黙って皆殺しにする作戦だったのを、やむを得ず大本営を脅迫する作戦に切り替えたのである。

「今ノ様子ダト、主任ハDNAノ再変更ヲ把握シテイナカッタヨウデスナ」

「ドウデモ良イ事ダ。始メカラ雇ウ気モ無イ奴ノ事ナド」

「寝返ル者ハマタ寝返ルダケデスカラナ」

「「長官」モ結局ハ役立タズダッタ。今回ハソノ時ノ教訓ガ生キタ事ダケハ評価出来ル」

「今後ハ情報収集ノミデ、買収工作ハ控エマショウ」

「ソレデ良イ。サテ、時間ヲ無駄ニシタ。艦娘ドモガ気ヅク前ニ通常体制ニ戻シテオコウ」

「ハッ」

「次ノ侵攻作戦ハ1ヶ月以内ニ行ウ。セメテ一部デモ海軍ガ弱体化シテル間ニナ」

 

 

同じ頃、国内某所。

 

「もしもし!?もしもし!・・・クソッ、冗談じゃねぇぞ!」

主任は乱暴にスマホをベッドに叩きつけると、ボストンバッグを引き寄せた。

海底国軍の副将軍は艦娘達が回復した事を告げ、主任に治療法を大本営側に漏らしたのではないかと問うた。

主任は必死に弁明したが、作戦失敗の責任を問わない代わりに海底国軍で雇う件は反故にすると告げられた。

「研究所も俺も無しで、こんな短時間で治療薬を生成出来る訳が無い。一体何をしやがった・・」

そう。

今回使用されたウイルスは、元々は深海棲艦にだけ感染する生物化学兵器として881研で開発された。

ところが実験の結果、ヒトには感染しないが艦娘には感染してしまう事が解った。

また、治療薬等を一通りサンプルで作った時点の試算で高コストになる事が判明し、お蔵入りとなったのである。

この最後の資料一式を主任が海底国軍に引き渡し、本気で移籍を希望している事を信用してもらう証としたのである。

効果が証明されるまで待機するよう言われたので、主任はホテルを転々としつつ部屋に閉じこもっていた。

だが、移籍計画も夢と消えた。

足早にフロントでチェックアウトの手続きをし、地下駐車場へと向かうエレベータの中で考えを巡らせた。

まずは身の隠し場所を変えよう。裏ルートでロシアに渡り、向こうの研究所に雇ってもらうか。

なにせ日本の艦娘関連技術は世界中が欲してるからな。

俺は一通り知ってる。海底国軍がダメでもまだまだ大丈夫だ。

出来るだけ優遇してくれる国を慎重に選ばねば。やはり先渡しはダメだ。

車路の先に自分の車を見つけた時、ふと背後に人の気配を感じた。

ぞくりとして振り向くと、薄暗い車路にナタリアと4課長が立っていた。

「こんにちは、主任さん」

「だ、誰だ?」

「さようならっぽい」

ナタリアのFN Five-seveNと4課長のコルト ディフェンダーが同時に火を噴いた。

主任は一瞬で絶命し、糸の切れた操り人形のようにがくりと倒れ伏した。

ナタリアは主任の首の脈と瞳孔で死亡を確認した後、背中にもう1発撃ち込みながらスマホを取り出した。

「・・私よ、提督。きっちり済ませたわ。ええ、後はお願いね」

通話を終え、2個の薬莢を拾いつつ歩き出すナタリアを4課長がキラキラした目で追った。

「すごい手際が良いっぽい!」

ナタリアは道すがら、監視カメラに被せていた布袋を次々と外しながら、ちらりと4課長を見返した。

「貴方こそ私の挙動を見てから同時に撃ったわね。この仕事、貴方一人でも出来たんじゃない?」

4課長は肩をすくめながらついていった。

「そうなんだけど、ちょっと手違いがあったっぽい」

「良くある事よ、仕方ないわ。ほら、そこに貴方の薬莢落ちてるわよ」

「あ、ありがとっぽい。ところで、転職する気無いっぽい?」

「無いわね」

大股でスタスタと歩き去るナタリアに、通路の隅に落ちていた薬莢を拾った4課長は駆け寄った。

「あ、えっと、3食お昼寝つきだし、仕事は簡単なお掃除だし、長期休暇も各種保険もあるっぽい!」

表に出たナタリアは路地に停めていた自分のハーレーにまたがると、エンジンをかけながらくすっと笑った。

「犬はお断りよ」

「ぽーいー!」

去っていくハーレーを見送ると、4課長は携帯を取り出し、こうメールを打った。

 

 「Devil father give up the ghost.so damn?」

 

だが、すぐに電話がかかってきた。

「ぽい?・・あっええと、完了っぽい・・ごめんなさいっぽい・・解りましたっぽい・・えっ?ほんとっぽい?」

電話を切ると何とも言えない表情をしながら溜息をついた。

今のは最高のジョークだと思ったのに、全然意味が通じてないなんて格好悪い。

スラング禁止令は出るし、リクルートにも失敗したし、今日はツイてない。

でも、火事の夜から延々と主任を追尾監視するミッションもやっと終わった。

 

火事の夜、人々の目を避けるように別方向へと走っていく主任を見た4課長は何か怪しいと睨んだ。

以来普通の業務に加え、4課総出で24時間体制で監視を続けていた。

地上組にはその事をメールで報告していたが、昨日になってその件を電話で問われたので、

「えっ?今ずっと追ってるっぽい・・何日も前にメールしたっぽい・・そういう意味っぽいー!」

と、思わず叫んでしまった。

そして今日、提督の依頼を受けたナタリアと合流したのである。

本来の任務は手引きだけだったが、経緯を聞いてムカムカしていたらナタリアが発砲を許可してくれた。

主任に鉛玉をブチ込めてせいせいした。

 

「んーっ!・・・ぷはっ!」

4課長はぐぐっと背伸びをした。

見上げた空は鉛色の雲が覆っていたが、その隙間からきらきらと薄日が降り注いでいた。

そんな空を見て4課長はにこりと笑った。

今日までしんどかったけど皆で頑張って乗り越えた。

ご当主からも褒めてもらえたし、皆で慰労会を開いて良いと言われた。

ここは食事より、景気付けに無茶苦茶高いケーキを沢山買っていって皆で祝うとしよう。

仕事が終わったら控え室で待機してくれるように頼んでおいたし。

景気付けにケーキ・・うん、皆に言ったら絶対白い目で見られるから言わないでおこう。

でも、あの人本当にただの海運業者なのかなあ・・到底そうは思えないけど。

それにしても、現場の片付けを蛇又さん達がやってくれるのは助かる。証拠隠滅工作は面倒だし。

あ、まずい。

こんな所で蛇又さんと出くわせば疑われるから早く帰らないと。

大本営の中で動きにくくなっては本末転倒だ。

どこのケーキ屋にするかと思案しながら、4課長は車を停めたコインパーキングに向かって歩き始めた。

 

同じ頃、ホテルの裏口に黒のミニバン以下数台の車両が停まった。

「先発隊、行動開始。状況をモニタリングします」

「ん」

蛇又は機嫌の悪さを隠そうともせず、短く唸った。

思い返せば普段と違う所はあったが、まさか全人類を裏切って敵に寝返ろうとしていたとは思わなかった。

だから881研は信用出来んとかうさんくさいと言われるのだ。自業自得じゃないか。

あぁ、それにしても今度の件は気分が悪い。

図らずも奴の手助けをしてしまったからな。

輪泉所長も大将室に居た面々も奴に対して怒り狂っていたが当然だ。

奴の死体はどうせコンクリ詰めで海に捨てるんだし、俺も一発撃ちこんでやりたいところだが・・

「官給品を指示も無く発砲すれば始末書だ・・ファッゾに1丁融通してくれと頼んでみるか・・」

無線から耳を離した部下が蛇又に向いた。

「すみません。何か仰いましたか?」

「いや。で、どうだ。ホテル側は説得できたか?」

「はい。国際手配犯の緊急検挙を行うので地下駐車場を封鎖すると言い、協力をとりつけました」

「監視カメラは潰したか?」

「中央監視室を別働隊が押さえました。記録媒体は全て押収中で、この後粉砕機にかけます」

「消毒エリア内の第三者立ち入りは?」

「駐車中の車を含め、居ませんでした」

蛇又はサングラスをかけながら言った。

「上出来だ。最後までぬかるなよ。じゃ、ホテルの連中に顔を覚えられる前に済ませるぞ」

部下がミニバンを発進させると、後に続く車両と共に地下駐車場へと消えていった。

 

 

 




おしまい、です。
ちょっと成分の少ない方も居るんですけど、各方面を総動員したシナリオとして書ききれたかなと思います。

この話の元ネタは過去に米国で実際に起きた炭素菌テロです。
貧者の核兵器といわれる生物化学兵器。
ゆえに人間の間では禁じられた存在ですが、それでも開発する人々、使う人々が居る。
もしそれを最も人間を恨む深海棲艦が手にしたらどうだろうかと考えたわけです。

生物化学兵器と言うとそれこそ有名なゲームのように、ゾンビといった明らかな症例と結びつける方向が多いような気がします。
しかし、現実の生物化学兵器テロは風邪といったありふれた病と区別が付かないようにすることで、誰が感染しているんだという疑心暗鬼から恐怖を呼び覚まし、パニックに陥れる事を目指します。

本章はとにかく加筆修正をギリギリまで繰り返した章でした。
書き足したいけれどくどくなってしまうのではないか、逆に足りな過ぎて解りにくくなってないか、悩み続けた章でした。
仕掛けも書き順もこれ以上は無理。限界です。
私にしてはシリアス成分が多く、1章で(ほぼ)オールキャストというシナリオは初めて書いたわけですが、皆様如何でしたでしょうか。
コメントお待ちしております。


さて、手持ちのネタがついに切れてしまいました。
ゆえに明日から投稿は止まります。
次章を書くか否かは皆様から高い評価またはコメントを頂けたら…ですかね。
こういうのを自滅フラグというのかしら?

さて、まずはとにかくご挨拶を。

毎日読みに来てくださった皆様、
高い評価を付けてくださった皆様、
素敵な推薦文を考えてくださった皆様、
そして、温かいコメントをくださった皆様に、
厚く御礼申し上げます。

反応を頂ける事が書き続ける唯一の楽しみです。
ですから、本当にありがとうございます。
読み手の皆様が思う以上に、書き手は反応を楽しみにしています。
書き手になって初めて解った事です。

それでは、もし評価頂けたなら、またお会いしましょう。

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