Deadline Delivers   作:銀匙

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第21話

 

 

3月10日1200時、テッドの事務所。

 

「邪魔するぞ」

「ん?」

顔を上げたテッドの前に居たのは紙袋を手にした武蔵だった。

「テッド、そら、お前の分だ」

「何の?」

「薬だ。例の合成ウイルスとやらの」

「ん?・・あ、あぁ、そうかそうか」

テッドは怪訝な顔をした後、気づいたように深く頷いた。

「どうした?」

「そういや俺は艦娘だったな」

「おいおい、忘れてたのか?」

「普段意識する事なんて無いからな。別に海に浮けるわけでもねぇし」

「お前は感染する危険性は少ないだろうが、治療薬を持っていて損は無いだろう」

「そうだな。まぁ貰っとくよ」

「これが切れるまで何度もかかりたいものでは無いがな」

「ええっと、使い方は?」

「症状が出たら1錠飲む。それだけだ」

「・・なんで50錠もあるんだ?」

「我々は時が止まっているだろう?」

「ああ」

「つまり免疫システムは進化しない。同じ病気に何度でもかかるんだ」

「じゃあワクチンって何なんだ?普通は免疫系に学習させて抗体を作る為のものだろ?」

「人間のように弱めた菌を入れて学習させるのではなく、免疫システムを直接書き換えるんだ」

「プログラムのアップデートみたいなもんか」

「そういうことだ」

「んじゃあワクチン寄越せってんだよなぁ」

「ワクチンは大抵高価だし、副作用が出た時に医療妖精でなければ対処出来ないからな」

「ビットんとこなら医療妖精も住んでるだろ?」

「・・・そうだな。だとするとあとはコスト面だろうな」

「ちぇ。じゃあ俺達はウイルスがこの世から滅亡するまで油断出来ねぇってわけか」

「そういう事だな」

「あー、だから不足したら言って来いって龍田の奴は言ったのか」

「ほう。海軍もたまには良い事を言うな。少し心細い量だ、早速頼んでおいたらどうだ?」

「バカ言え。1錠200コインだぞ?今くれた一袋ぽっちで1万コインだぞ?」

「金を取るのか!?」

「製造原価だとさ。だからまぁ、せいぜいうがいと手洗いでもして、この50錠を大事にしようぜ」

「ワクチンを渡さないのはそれが理由かもしれんな」

「・・・あの龍田だからなぁ」

二人は顔を見合わせて苦笑した。

「まったく・・こんなもんをばら撒いた海底国軍とやらに請求書を回したいものだな」

「ウイルスの付いた札で良ければって言いそうだぜ?」

「止めてくれ。洒落にならん」

柱時計が12時の鐘を打った時、テッドは武蔵の手元をちらと見た。

「薬の配達は終わりか?」

「ああ、お前が最後だ」

「なら、昼飯でも一緒にどうだ?これから食いに行こうと思ってたんだが」

武蔵はにこりと頷いた。

「そうだな。今日の山下食堂は・・日替わりランチがステーキ丼だったかな」

「決まったな。なら、とっとと行こう」

テッドはがたりと席を立った。

 

 

3月10日1300時、柿岩家会議室。

 

「従いまして現在、受領した錠剤を各地の資材基地に向けて1次分配している状況です。以上です」

「北極圏軍閥に回す分も鎮守府から受領していますか?」

「はい。そちらは既に北極圏軍閥の輸送チームへ引き渡しました」

「今後、不足分が出た場合の対応の方は?」

「基地の北方棲姫殿と継続的な供給契約を締結しましたので問題ありません」

防空棲姫は安堵の息をついた。

これでようやく、会員に対して治療の手段を提示する事が出来る。

改めて情報を集めると、このウイルスの感染者が多数発生していた。

皆、普通の風邪かインフルエンザかと思っており、動けないほど重症化しても報告していなかったのである。

このウイルスによる直接の死亡者は居なかったが、凍死した北海道地域部長はこのウイルスによる犠牲者ともいえる。

レ級組長がニッと笑った。

「これで我々はもう1枚カードを手にしましたな」

防空棲姫は怪訝な顔をして問い返した。

「・・どういう事ですか?」

「メジャー軍閥しか治療薬を持っていませんからな。この病を治したければ鞍替えしろと誘える」

「そこまでして会員を増やす事はありません。望まれれば薬を売りましょう」

「恩を売るというわけですな」

「恨みを買わない事も大事です」

「ま、それも良しですか」

浮砲台組長が防空棲姫に向かって言った。

「ところで、提督からの追加依頼の方はどうなってますかな?」

「間もなく4課がワルキューレの方と合流し、処置を始めるそうです」

「・・しかし、今回4課はお手柄でしたな」

「昨日、念の為と確認し、捕捉済と聞いた時には驚きました。数日ロスしましたが提督に貸しも作れました」

「まさに大金星と言えるでしょう。あの子達を大いに褒めてあげてください」

防空棲姫は懐から取り出したスマホを見ながらつぶやいた。

「それは良いのですが・・先日のメールの件も・・大目に見ないといけないでしょうか・・」

「まぁ、あれの意味が解っていればロスする事も無かったですからなぁ・・」

「失点とまでは言いませんが、次回も変わらなければやはり問題と言わざるをえないかと・・」

「せめて、読んで意味が解る程度にはして欲しいですからなぁ・・」

浮砲台組長の一言を聞き、面々は溜息をついて頷いた。

4課長の報告メールは最近スラングが多用され過ぎて、何を言ってるのか良く解らなくなっていた。

もし、あのメールの意味を最初から解っていたら、それこそもっと大きな貸しを提督に作れたのだが・・

 

同時刻、山甲町POB倉庫。

 

フローラとミレーナが事務作業をしている部屋に、バイトの子が1人入ってきた。

「うっす、フローラさんお疲れっす」

「はーい。今日は何番だっけ。番号札くれる?」

「これっす」

「えっとNO211だから・・今日は3万5000コインね。はい!」

「ひいふう・・確かに。あぁこれで今月の電気代払って灯油も買える。助かるっす!」

「良かったわね。じゃ、ここにサイン頂戴」

「・・これでいいっすかね?」

「おっけ。お疲れ様ぁ」

「またよろしくっすー」

ナタリアの「アルバイト」は最初に町長と警察署長に話をつけたので順調に進んだ。

「食い詰めたら強盗に鞍替えする奴が出る。それよかマシでしょ・・過去の苦い教訓ってやつよ」

そう言ってナタリアは肩をすくめ、それなら良いじゃないかと町長が渋る署長をなだめたそうである。

実際、ナタリアは痛手の大きい会社から優先的に雇った為、取引先の回復を待てる空気が町内を支配していった。

オークションでの取引は順調で、「プラケース」を50個、100個単位で注文する者も居る。

初日こそ雇ったバイトが手持ち無沙汰になる事があったが、今では猫の手も借りたいほど忙しい。

国外に逃げていたDeadline Delivers達も噂を聞きつけて少しずつ町に戻ってきた。

ただ、一人だけ貧乏くじを引いた者が居た。

準備が整った時、ナタリアはスタートをより早く切る為、1つの工作をする事にした。

それはネット上で

「この風邪には特効薬がある、私はこれでけろりと治った!」

という口コミを沢山書き込ませる工作である。

「深海棲艦の集まる匿名掲示板とかに商品の写真つきで沢山書き込めば良いんでしょ?良いわよやっても」

訪ねてきたナタリアにビットは頷きつつも、

「ただ、あのね、出来ればバイト料は今、現金でくれないかなぁ・・お小遣い使い果たしちゃって・・」

と、台所に居るアイウィをちらちらと見ながら声を潜めたので、ナタリアはくすくす笑いながら

「良いわよ。これでどう?」

と、5万コイン手渡したという。

ビットが目をキラキラさせながら懐に仕舞ったのは言うまでもない。

「今日は何の相談なの?」

その直後、そう言いつつお茶の入った湯飲みを持って台所から姿を現したアイウィに対し、

「ちょっとね。オークションで信憑性を上げるための掲載方法を教えて欲しいのよ」

と、にこりと笑いながらアイウィに「表の用件」を伝え、計画の全容も説明した。

3人でしばらく話し、メモに納得したように頷いたナタリアは、アイウィに言った。

「ありがと。今のアドバイス料はこれぐらいで良いかしら?」

2万コインを受け取ったアイウィはにこりと笑った。

「うん充分。ありがとっ」

「じゃ、ちょっと準備で忙しいから失礼するわね」

「はーい・・」

そう言ってナタリアが工場を後にするのを見送ったアイウィは、

「で、ナタリアさんから裏のバイトとして何を引き受けて幾ら貰ったの?ばりっち」

と、黒い笑顔で振り向いたという。

つまり貧乏くじを引いたのは、タダで裏工作するハメになったビットという訳である。

 

 

 


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