Deadline Delivers   作:銀匙

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第20話

 

 

トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・カチャッ

 

「誰ダ」

「大本営、大将である」

「私ハ、海底国軍元首ダ」

「先日頂戴した手紙に対する回答を用意した」

「ウム」

大将は深呼吸をした後に、静かに告げた。

「お前達の要求には、一切応じない」

数秒の沈黙があった。

「・・根性論ハ結構ダガ、自然治癒スルモノデハナイゾ?」

大将はニッと笑って答えた。

「我々は、銀の弾丸を手にしたんでな」

「・・ソウカ。ナラ、セイゼイ運命ニ抗ウガ良イ。最後ニ勝ツノハ我々ダ」

そういうと、電話は切れた。

 

ガチャリ。

 

受話器をぎゅむっと置くと、大将は中将を見上げた。

「よし、後残っているのはドブ鼠の始末だけか」

「各機関には根回し済です。彼は既に国籍も戸籍もありません」

「うむ。早く終わらせたいものだ」

そう。

提督からの暗号通信を解読した中将は直ちに憲兵隊に命じ、人間だけで構成した部隊で突入した。

防火壁をあけると火の気配は一切なく、こじ開けた研究室の中も焦げ跡すらなかった。

ただし主任の姿はなく、地表に通じる換気ダクトの蓋が外されていたという。

その後の捜査で監視カメラ、温度センサー、火災報知機にそれぞれ細工が見つかった。

蛇又達が見た炎に包まれる研究室は録画された映像であり、温度センサーと火災報知機を偽り火災を演出していたのである。

中将は結果を提督に伝え、提督の提案を大将に持ち帰り、大将は即座に提案を承認したのである。

「それにしても大将殿、銀の弾丸とは?」

「うん?英語でSilver bulletといえば特効薬だし・・」

「ええ」

「連中の手紙に悪魔とあっただろう?悪魔を倒すのは銀の弾丸と昔から相場が決まってる」

「ははぁ」

雷は微笑んだ。

主人は格好良いわ!

今日だけはソロル鎮守府から届いた天文学的な請求書の事は忘れよう。

でも・・・

この件を特別機密事項扱いで一切秘匿するという決定をソロルにどう伝えるかを考えねばならない。

提督や長門はともかく、龍田への伝え方を一歩でも間違えれば今回どころの騒ぎでは無くなる。

やはり請求書までとぼけるのは難しいか・・かといって12桁となると機密費では到底・・

いやいや、今日は。今日だけは忘れる!主人には明日相談する!

 

一方、ヴェールヌイ相談役は小さく頷いていた。

ずっと引っかかっていた事の1つがスッキリして良かった。

特別機密事項である「艦娘と深海棲艦の類似点」の中に、

 

「艦娘や深海棲艦が罹患する疾病は人間には感染せず、その逆も然り」

 

という事が記されている。

それが、主任の件でその原則がついに破られたのかと心配していたのだ。

艦娘にしろ深海棲艦にしろ、その身体は船魂を艤装が具現化した物であり、人間とは根本的に異なる。

また、時間の経過という概念が無いので成長しないし、加齢による病気にもかからない。

だが、自然界に存在する一部のウイルスや細菌は、その身体に感染し増殖する。

それらに罹患した場合、艦娘は人間の病気によく似た症状が出る。

感染経路が風邪と似ている為、防疫方法は手洗いやうがいなど、人間のそれと共通点が多い。

ゆえに咳を発する疾病を風邪と、高熱等の重篤な症状を発する物をインフルエンザと便宜上呼んでいる。

ただ、原因が異なる為に人間向けの治療薬は効かず、専属要員である医療妖精に診てもらうよう指導している。

(だから医療妖精は人間の司令官は治療出来ないのである)

この事は大将にも知らせていない。

ヴェールヌイ相談役や雷など、初期から生き残ってきた艦娘だけが知る事の1つである。

ただ、その事を今なおしっかりと記憶しているのはもはやヴェールヌイ相談役一人である。

それはヴェールヌイ相談役がその事について口を固く閉ざしてきたからである。

今度の件でも上層部会で近い事を問われたが、ヴェールヌイ相談役は知らないと言い切った。

なぜここまで機密扱いにするか。

もし知られれば「やっぱり化け物同士の戦いじゃないか」という声が息を吹き返す為である。

ずっと昔、艦娘達は海軍の中でも公然と化け物呼ばわりされてきた。

それを体験し、記憶し続けるヴェールヌイ相談役にとって、その再来は耐え難い苦痛以外の何物でもない。

そして解体と称して外見そっくりな人間と同じ身体に置き換える仕組みが出来た今、両者の区別はますますつきにくくなった。

いや、意図的に曖昧にしてきたのである。

否定され、恐れられるのはとても辛い事だから。

ゆえに今となっては艦娘でさえその事を知らない子も多い。

ヴェールヌイ相談役はそっと窓の外の空を見た。

空は冬特有の、どこまでも青く高い空だった。

ヴェールヌイ相談役は悲しげに目を細めた。

どうか、皆が一刻も早く、この事件を忘れてくれますように・・

 

 

その頃、ソロル鎮守府では。

「いやぁ、うちから罹患者が出る前に対策が打てて良かったなぁ」

「そうですね」

「・・ところでどうしてもやらなきゃダメでしょうか、東雲先生」

「提督も不老長寿化措置を受けてますから対象です」

「ほ、他に方法とか無いかな。例えば錠剤とか、飲み薬とか」

「開発に莫大なお金がかかりますから、龍田さんの了解が取れません」

「ほ、ほらあれだよ、私は金属アレルギーで」

「対応済の注射針ですから心配ありません。さ、腕を出してください」

「い、いや万が一と言う事もあるかもしれないし、あぁそうだ打ち合わせが」

東雲の額に青筋が2本立ったのを見て、長門が頷いた。

 

ガシッ!

 

「あ!こら!背後からは反則だぞ長門!止めろ!うわ!やめろぉおお!」

「東雲!早く!こら提督暴れるな!」

「そのまま押さえててください。1本辺り37万コインもするんですから」

「うわぁぁぁ嫌だぁぁぁあ!!」

 

プスッ!

 

「・・・」

「ほら、もう終わりましたよ」

「・・・」

「提督?」

「・・・」

長門が提督の目の前でひらひらと手を振り、溜息をついた。

「注射を打たれて気絶した事は機密事項にすべきだろうか・・」

注射器を医療器具用ダストボックスに捨てながら東雲は首を振った。

「提督がヘタレなのは周知の事実です」

長門は頷き、提督をひょいと肩に担いだ。

「それもそうだな。このまま部屋まで運んでおく」

東雲は次の注射器とアンプルを袋から取り出しながら言った。

「よろしくお願いします。では次の方・・あぁ」

そこには真っ青な顔で柱を握り締めている加古と、扉を開けつつにこやかに微笑む古鷹の姿があった。

「ほら、私が先に受けますから。ぜんぜん怖くないですよ~」

「嘘だ!さっき提督が絶叫してた!痛いに決まってる!」

東雲は溜息をついた。

艦娘がワクチン接種を嫌がるなんて聞いた事ありません。感情が豊か過ぎます。

この鎮守府はユニークというより癖がありすぎます・・まったくもう。

 

 

 


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