Deadline Delivers   作:銀匙

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第19話

 

 

3月10日明け方、山甲町湾岸倉庫前。

 

傍目にも解る位にふらふらの足取りで除染機から出てきたミストレルとベレーは、目の前のファッゾに問いかけた。

「な、なぁファッゾ・・もうねぇよな・・勘弁してくれるよな・・」

「あぁ、もう追加が無い事はテッドに徹底的に念を押した。任務完了だ」

ミストレルは力なく頷くと、手を引いていたベレーを前に押し出した。

ベレーが返事をしなくなってから既に30分以上経っていたからである。

「こいつの装備を早く外してやってくれ、ビット」

「はいはーい」

ベレーはビット達に手伝ってもらったものの、防護服を外すのに悪戦苦闘していた。

やがてがぱりと防護服が外れるとベレーが顔を覗かせた。全身汗だくで顔色は真っ青だ。

「ふぁ・・や、やっと脱げました・・外が涼しいです・・」

ファッゾはスポーツドリンクのボトルを手に取り、封を切って手渡した。

「さぁ、これを飲みなさい。任務完了だ」

ベレーが一息で飲み干す間にミストレルも防護服を脱いだ。

「これさ、ほんとーにクソ暑いったらねぇよ。二度と着たくねぇな」

ファッゾは次のスポーツドリンクの封を切りながら頷いた。

「まぁ快適な防護服なんて聞いた事無いな。ほら、ミストレルも飲んどけ」

「サンキュー・・」

ミストレルが手渡されたドリンクを飲み干す間、ベレーは地面にぺたりと座り込んで海を見ていた。

 

7日の昼過ぎ、ソロル鎮守府から届いたコンテナ数本と依頼書が届いた。

コンテナの中身は様々な形の防護服、除染用の機器セット、そして配布物の山だった。

依頼書に記された配布先は北海道にある、再建中を含めた全ての鎮守府だった。

ただ、指示内容を見たDeadlineDelivers達は顔をしかめた。

艦娘達は少量の遠征を何度も繰り返す事は出来るが、1度に大量の物資を運ぶ事は不可能である。

そしてここから北海道までは物理的に遠い。

 

「輸送用ドラム缶に突っ込んでもこのサイズじゃ5箇所分くらいが良い所だぜ?」

「こんな防護服着て何度も往復なんて体力がもたねぇぞ、テッド・・」

 

そう訴える皆に頷いたテッドが考案したのはハイブリッド方式だった。

まず、鎮守府の沖合いまでは防護服を着た深海棲艦のワ級勢にまとめて持っていってもらう。

そこから各鎮守府まで防護服を着たミストレル達艦娘勢がピストン輸送する、という訳である。

契約違反を心配する声もあったが、素早くソロルの龍田とまとめ直したテッドはさすがだと評価された。

一方、艦娘達が動けない為、桟橋に出てきた鎮守府側の受取人はいずれも司令官だったが、

「ご、ご苦労だった・・それにしても物凄い装備だな・・まぁ君達にとってはそうだよな・・」

と、防護服姿のミストレルやベレーから恐る恐る治療薬の包みを受け取っていた。

ミストレルは誰か覗き込むんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、心配は杞憂に終わった。

テッドの機転のおかげで実質1日足らずで配り終えたのだが、それをすぐに報告した事が仇となった。

 

「さすがはテッドさ~ん、じゃあ次お願いしますね~」

 

そういって間髪を入れず東北から関東全域分の配布物がコンテナで運ばれてきたのである。

テッドは電話口で猛抗議したが、時間が経つにつれてどんどん勢いがなくなっていった。

その背中を見ていたファッゾ達は途中で溜息を吐きつつメンバーの給油作業に戻ったのである。

結局、

 

「り、臨時ボーナス出すっていうしよ、乗りかかった船じゃねぇか、な?な?な?」

「そもそも依頼料は2回分それぞれ出るんだろうな?」

「当然じゃねぇか。そこはちゃんと確認したぜ!満額、倍額だ。な?な?」

「俺達の取り分にもボーナスとやらはしっかり回ってくんだろうな?」

「もちろんだよファッゾ!いやーさすがファッゾ!ありがたいなぁ」

「で、テッド。お前龍田に何握られてるんだ?」

「さぁー配布先エリア表を俺は割り振るから最終確認よろしくー!さぁがんばろー!」

 

そういって引き攣った笑顔で脱兎のごとく立ち去るテッドを、ミストレル達はじと目で見送った。

そんな経緯があったので3回目の出航がない事をミストレルは念押ししたのである。

 

ファッゾはポケットから車のキーを取り出しながら言った。

「こっちに車を回すからもうちょっと頑張れ。家に帰れば風呂もメシの支度も出来てるぞ」

ベレーがゆっくりとファッゾの方に顔を向けた。

「・・ごはん?」

「あぁ。二人が好きなチキングラタンとライ麦パンだぞ」

「チキングラタン・・ライ麦パン・・食べたい・・お腹空きました」

「よし、ちょっと待ってろ。もうちょっとだからな!」

ミストレルは車に走って行くファッゾの背中を見ながらニッと笑った。

鎮守府でも大きな目標を達成した時は慰労会なんてものがあった。

それに比べれば人数も少ないし派手でもないが、アタシ達に注がれてる気持ちは絶対今の方が多い。

ミストレルはビットの方を振り向いた。

「ビット、防護服の片付けは頼んで良いか?」

「ええ大丈夫よ。これから続々帰ってくるでしょうし、返却前のチェックもするから私に任せて」

「サンキューな。よっしベレー、もう立てるな?」

ミストレルが差し伸べた手を掴んだベレーは、ぐぐっと立ち上がった。

「ごはんの為に・・頑張ります」

「後もう少しだからな~」

「はい」

二人は向かってくるファッゾのBMWを見つけると、微笑みながら見つめていた。

 

 

3月10日1145時、大本営大将執務室。

 

「・・・ぎりぎり、ですな」

「本当に皆、良く頑張ってくれた」

薬は急ピッチで増産され、各鎮守府へと届けられた。

発症している艦娘達に直ちに服用させた所、目覚しい治療効果が見られた。

全ての鎮守府に配達が済み、発症者が全員回復に向かっているという報告が、たった今揃ったのである。

「薬が出来、1人でも重篤な艦娘の回復が確認されるだけでも充分だとは思っていたが・・」

「発症者全員が回復に向かっていると解るのは、やはり安心出来ますな」

「まったくだ。それに・・」

大将は報告書から目を上げ、目の前の二人を見た。

「特に君達の冷静な対処が海軍を救ったよ。お手柄だった」

中将と大将、そして五十鈴の満面の笑みに囲まれ、大和と郵送室の担当者は頬を染めた。

「あ、ありがとうございます。もう治らないかなと、正直覚悟しました」

「結局私は最後まで感染しなかったですし、お役にも立てなくて」

「いえ、貴方が励ましてくれたおかげで持ちこたえられました。どうもありがとうございました」

「と、とんでもないです」

五十鈴が言った。

「後日、所属部署を通じて改めて表彰の場を設けますから、楽しみにしててくださいね。では・・」

五十鈴の視線から意味を理解した郵送室の担当者は、ぺこりと頭を下げた。

「はい。私は職場に戻ります。失礼いたします!」

「ゆっくり休んでくださいね」

 

パタン。

 

郵送室の担当者が去ると、部屋に残された面々の顔から一気に笑みが消えうせた。

中将が受話器を取り、大将に渡した。

「まもなく1200時です。私がダイヤルします」

大将は受話器を受け取り、黙って頷いた。

 

 

 


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