Deadline Delivers   作:銀匙

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第18話

3月7日0720時、ソロル鎮守府提督室

 

提督は席につき、顔の前で両手を組みつつ、ナタリアに話しかけた。

「・・さっき、大・・あぁ、テッドさんから連絡があったんだ」

「あら、町で何かあったのかしら?」

「いや。彼は世間が静か過ぎると言ったんだよ」

「静か過ぎる?」

「未だに北海道や東北の新聞では一言も、インフルエンザなり風邪なりの大流行といった記事が無いそうだ」

ナタリアが眉をひそめた。

「さらに北海道内の保健所に問い合わせても、人間で風邪を引いた患者の急増は確認されていない」

「私達の取引先は東北辺りまで連絡がつかなくなっているのに・・」

「そう。罹患した艦娘の居る鎮守府はもう北関東まで達してるから、そちらと流行状況はほぼ同じと見て良いだろう」

「ええ」

「その裏づけとして、深海棲艦や艦娘向けの病院は東日本全域でパンク状態だとテッドさんは言っていた」

「・・」

「ダメ押しすれば、最初に罹患報告のあった鎮守府でも司令官は最後の瞬間までまともな受け答えをしていた」

「・・つまり」

「人間には感染しない可能性が濃厚だ。そしてもう1つ、テッドさんは言ったんだよ」

ナタリアは提督が深く怒る矛先を理解したので、黙っていた。

「だとすると、881研の主任がこのウイルスによって倒れた部分だけ説明がつかない、とね」

「血を吐いて咳き込んでいた・・・それそのものが嘘」

「そうだ。研究施設と主任を失い、人間に感染すると誤解した事で、大本営の対応は非常に後手に回った」

「もし偽装工作ならそれで誰が得するかって事だけど、プラントにあった書類から考えれば当然よね」

「あぁ。なにせあのウイルスのデザイナーとして」

 

「「881研の主任のサインがあったんだからな」」

 

提督がハッとしてインカムをつまんだ。

「文月!まだ通信中か!」

「えっ!?あ、もう切る所ですけど」

「待て!中将殿にこれも伝えてくれ!」

「はっはい・・どうぞ。暗号化します」

「881研地下研究室の火災は偽装の可能性あり、至急人間のみの部隊で突入して調べられたしと!」

「ええええっ!?ほ、本当ですかお父さん!」

「良いから、早くするんだ!」

「はい!」

インカムから手を離し、ふうと溜息を吐いた提督はナタリアを上目遣いに見た。

その瞳には全く光が無く、底知れぬ暗さを感じた。

ナタリアは小首を傾げつつ、提督を見返した。

これじゃまるで我々の側の目のようだ・・

意味を探るように目を細め、1つの結論に達したナタリアは訝しげに口を開いた。

「間違ってるかもしれないけど・・提督、貴方・・非合法な事を私達に頼もうとしてないかしら?」

「邪魔が入らないよう段取りは踏む。ただ、そこまで頼んで大丈夫かな?嫌なら他所に頼むよ?」

「慣れてるし構わないわよ。ただ、奴が海底国軍の領海に既に逃げ込んでたら無理ね」

「それはしょうがないね。まだそうじゃないとして、依頼料の相場は幾らかな?」

「全部こちらでやるのなら経費込みで5千万って所だけど・・」

「そうか。小切手で良いかな?」

「いえ、今回はロハで良いわ。ただ・・」

「勿論現在の居場所や必要な物は提供するし、各機関への手回しといった支援は行うよ」

「そこまでしてくれるの?」

「無理を聞いてもらうのだから支援は当たり前だ。それを踏まえて、他に何が欲しいかな?」

「うちの町に治療薬を分けてくれないかしら。艦娘用、深海棲艦用、両方よ」

「元々関係者全員に配るつもりだよ。どれくらい必要なんだい?」

「ざっくりだけど・・人数考えるとそれぞれ5000回分位。あと、今後も不足したら提供して欲しいの」

提督は引き出しから小切手帳を取り出した。

「そりゃそうだ。あと、遂行中には色々物入りだろ?ギャラは今渡しとくよ」

ナタリアは両手を軽く上げた。

「薬をくれる約束をしてくれればロハで良いわよ」

「薬は渡す。今約束したし、初回分はすぐに持って帰れるよう手配しよう。それはそれ、これはこれだよ」

「んー・・」

ナタリアは一旦言葉を切った後、提督を見て目を細めると、

「本音を言えば、大手を振ってこの騒動にケリをつけられて嬉しいのよ」

と言った。

提督は数秒の間ナタリアを見返した後、深く頷いた。

「・・うん、そうだね。私も出来るなら自分で対物ライフルの引き金を引きたい所だ」

「でしょ。貴方の部下だってそう思う子は多い筈よ」

「仲間の敵討ち、だからね」

「ただ相手は人間で軍の裏切り者。貴方達が動けばコトが大きくなりすぎる。だからこその依頼でしょ」

「そこまで理解してくれているなら助かるよ。ならせめてこれくらいは受け取ってくれ。私達の気持ちとして」

そういうと提督はさらさらと書き込んだ小切手を手渡した。

ナタリアは軽く頷くと小切手を懐にしまった。

「オーケー、じゃあ分担を決めましょ」

提督は頷きながらインカムをつまんだ。

「龍田、提督室に来てくれないか」

 

龍田は微笑みながら提督の部屋に入ってきた。

「お待たせ~、ナタリアさんの読み通りって東雲組が太鼓判を押したわ~」

「よくこの短時間で解ったね」

「最上ちゃんと夕張ちゃんが反応促進機とか電子顕微鏡とかオーダーされるままバンバン作ってるわ~」

「え、ええと・・・大本営に費用請求出来るのかな、それ」

「当然飲んでもらうわよ~。あと、基地でそれぞれの治療薬を製造する事にしたから~」

「ん、よろしく頼むよ。ウイルスへの罹患リスクが消えるまで、長期かつ大量に作れる体制で頼む」

龍田はちらりとナタリアを見てから提督に答えた。

「ええ。あと、テッドさんとさっきお話して供給契約を結んだから、初回分を持って帰ってもらえないかなぁ?」

ナタリアは頷いた。

「願ったり叶ったりよ。艦娘分、深海棲艦分、それぞれ5000回分くらいあるかしら?」

「じゃあ余裕見て6000回分ずつ入れとくわね~」

「ありがと」

提督は龍田に頷きながら口を開いた。

「鎮守府への治療薬配布準備も並行してるのかな?」

「ええ。大本営から司令官に受取指示を出してもらったから、後は出来た薬から輸送するだけよ~」

「うちの子達だけで間に合うのかい?」

龍田はにこりと笑った。

「山甲町の方にも応援を頼むわよ~、チャーターしてるし~」

ナタリアが渋い顔をした。

「深海棲艦達は当然使えないし、艦娘達だってあれこれ詮索されたらマズい事にならない?」

「その辺はクリアしてるから安心して~」

「どうやって?」

「深海棲艦の方々は山甲町内での支援作業をお願いするし~」

「ええ」

「艦娘の子達は感染防止策として全身タイプの防護服を被ってもらうの~」

「えっ・・あの黄色い宇宙服みたいなモコモコの奴?」

「ええ。それと、正規の運び人としての認証は大本営公認の腕章で代行するから喋る必要は無いし~」

「・・暑そうね」

「そこは冬って事で~」

提督は小さく頷いた。

「ところで、ワルキューレの皆さんにお願いをしたんだけど、支援総括を龍田さん頼めるかな?」

龍田は一通り説明を聞くと、目を細めてニタリと笑った。

「悪い子にはお仕置きってコトね~?任せて~」

 

 

3月7日正午、日本近海。

 

ソロル鎮守府が用意した山甲町へと戻る船の上で、フィーナはナタリアに話しかけた。

「ところでボス」

「なに?」

「これ、どうするんです?」

ナタリアがフィーナの方を見ると、肩をすくめたフィーナがポケットからプラントから盗み出した錠剤を取り出して見せた。

ナタリアは首を傾げた。

「当然持って帰るわよ?」

「いや、こんなに持ち帰ってどうするんですって話です。罹患時に1錠服用で良いって聞きましたよ?」

フローラも頷いた。

「私達全員合わせれば4万錠もありますけど、飲みきれないと思いますよ?」

ミレーナが指折り数え出した。

「ええと、町内の深海棲艦全員合わせても多分200体も居ないですから・・それぞれ200回分?」

ナタリアは笑いながら手を振った。

「町内に配る訳無いでしょ。まず2千錠程度は私達とSWSPの為に置いておくわ」

「ええ」

「残りは全部売るの」

「売る!?どこでです?」

「んー、決済とか考えればオークションかしらね。町の人にもバイトで手伝ってもらうわよ」

「いや、オークションで薬売れませんよ?」

「そこはほら、商品はプラケースとかで、錠剤がサンプルで入ってます~みたいにね」

「そんなふざけた言い訳してたら警察が飛んできますよ?」

「いつも通りPOBに貢げば良いんでしょ?」

ナタリアが言ったPOBとは、町内にあるPOB倉庫の事である。

警察の定年退職者が運営しているとされる会社だが、所有資産は広めの倉庫が1つだけでいつも人影は無い。

この倉庫を「借りる」という名目で賃借料を支払うと、代金はそっくりそのまま町の警察の懐へと入る。

要は警察に賄賂を贈る手段なのである。

フィーナは首を振った。

「どうしてこの町はあらゆる抜け道が堂々と存在してるんでしょうね」

「そういう町だからよ。ただ、今回は私達の銭儲けの為じゃないわ」

「といいますと?」

「今回の件で、特に東北から北海道と取引してた会社は結構痛手を被ってるわ」

「そうですね。割と2次3次的な被害も出ていると聞きます」

「そういう子達が次の取引先を見つけるまでの当面の手元現金になれば良いかなってね」

「それならバイトと言ってもそれなりの報酬に設定しないと厳しくないですか?」

「もちろん特効薬なんだから高く売りつけるわよ。1回分5千コインとか・・1万でも良いわね」

「うーわ」

「それと提督からの小切手を原資にしてバイトを雇い、町内に金を回す。その為の薬ってわけ」

「麻薬ビジネスみたいですね」

「仕組みは一緒よ。ただ売ってる物が破滅させる薬か、救う為の薬かって違いよ」

「まぁ一刻も早く欲しいって深海棲艦はそれなりに居るでしょうね」

「私達向けの病院も、ね」

「その辺は地上組とかから流れるんじゃないですか?」

「だから時間が勝負よ。帰ったらすぐ始めるわよ」

「わぁ・・お仕事嬉しいなー」

「そうねぇ・・到着までまだ時間あるから作業一覧と担当決めましょうか。打ち合わせやるわよ」

3人はやれやれと肩をすくめつつ、ナタリアについていったのである。

 

 

 




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