「海底国軍ごくろーさん計画」
提督が皮肉たっぷりにつけた作戦名である。
まず、地上組に依頼し、ウェーク島近海の警備が手薄になるよう、隣接海域にて越境騒動を起こしてもらう。
越境してしまうと協定違反で大戦争になってしまうので、海境ギリギリまで大軍勢を迫らせては引き返す。
引き返したかと思うと別海域でまた寄って来るというのを繰り返してもらった。
一方で、虎沼海運から借り受けた30隻の輸送船を、架空の船会社のカラーリングへと塗り替え、
「IMO59630202」
という同じ船体番号を付与し、コンテナの積み方も、傷も、全く同じに仕上げた。
地上組が引き付けたのを見計らった上で、この30隻を様々な位置からタイミングをずらしつつ突入させた。
その中の2隻に侍従長達アルファチームとナタリア達ブラボーチームが乗っていた。
それぞれの船が全く別方向を目指すが、その2隻がウェーク島付近に寄った時点で一斉にコンテナを取り落とす。
パージされたコンテナから両チームがプラントに向かい、合流する。
チームアルファが周囲の掃討と警戒、チームブラボーが強行突入し内部で重要と思われる物を片っ端から奪取する。
帰還した両チームを生き残った船のうち最も近い所に居る1隻が迎えに行く。
残りの船は迎えに行った船を領海の外に逃すまで再び撹乱行動に出た後、海底国軍海域内で木っ端微塵に自爆する。
地上組には両チームがソロル鎮守府に帰還した時点で海境付近から撤退してもらう。
虎沼海運には残る借用期間内に30隻を新造し、元のカラーリングとIMO番号をつけて返却する。
こういう作戦だった。
ちなみにIMO番号は
「ごくろーさんおつおつ」
という語呂合わせである。
「ひとつ海底国軍をおちょくってやろうと思うんだが、イタズラに付き合ってくれないか?」
提督はこの作戦を最初にそう表現し、一瞬きょとんとした一同はニヤリとして頷き返した。
なお、この作戦では輸送船が残存するだけでなく、敵を引き離し、パニックに陥れる事が非常に重要となる。
その為、最上・加古・夕張が予算無制限で何をしても良いからとにかく実現してくれと提督から頼まれた。
輸送船の機関系は勧誘船の流れを汲む為元々マッチョであり、満載時でも50ノット程度は出せる。
海底国軍の領海を横切る太平洋航路を航行する為には、このぐらいのスペックが必要なのである。
そして酷使される事を想定し、耐久性はたっぷり余裕を持って作られていた。
その推進系を2並列化してカリカリのハードチューニングを施し、制御プログラムも過激な設定へと書き換えた。
単に積んでるようにしか見えないコンテナも衝撃に備えてパージシステムとガチガチに溶接。
一方で内装で不要な物は徹底的に取り外すといった軽量化も行われた。
見た目は薄汚れた貨物船、中身は化け物という組み合わせはさながらラリーカーのようである。
「本当は固形燃料式のロケットエンジン入れてマッハ1に届かせたかったんだけど、時間が無くて・・」
最上は後日、そう言って残念そうに肩をすくめたが、長門は静かに首を振ったという。
なお、本作戦で被弾した船は無く、帰還した1隻を除く29隻は計画通り洋上で突如自爆した。
自爆した貨物船の煙と、越境する事無く急に去っていった北からの大軍。
海底国軍の面々はそれらを呆然と見つめていたが、散々振り回された挙句に何だったのかさえ把握出来なかった。
ゆえに、製薬プラントから音沙汰が無い事に気づいたのはずっと後の話だったという。
話は現在に戻る。
3月7日0705時、ソロル鎮守府
輸送船からよろめくように下りてきたナタリア達は、波止場で座り込むと荒い息を吐いていた。
水の入ったボトルを手渡した長門に、ナタリアは代わりにアタッシュケースを差し出した。
「・・良い?さ、3本入ってる液体がウイルス、5本入ってる液体がワクチン、じ、錠剤は治療薬。推定だけどね」
「解った。早速東雲組に解析してもらおう」
「空気感染する・・ゲホゲホッ・・ウイルスだから気をつけて」
「解っている。ところで・・感染したのか?」
「違うわ・・船酔いよ。それと、提督は・・どこ?」
「提督室で今電話しているが・・顔色が真っ青だぞ?大丈夫か?」
ナタリアは力なく笑った。
「長門・・貴方も機会があればあの船に乗ってみると良いわ。船の挙動としてありえないから」
長門は真顔で頷いた。
「そうだな。最上と加古と夕張がタッグを組んで制限無しで改造した代物だから察しはつく」
「帰りは言われたとおりキャビンのシートに座って帰ってきたから外が見えたんだけど・・」
「あぁ」
「なんていうか、周囲の景色が残像になるというか、慣性の法則無視してるんじゃないかって勢いだったわ」
「それはもう誰かを乗せる船ではないな。本当に申し訳なかった。鎮守府を代表してお詫びする」
「いいえ、怒ってないわよ。あれくらいじゃなきゃ連中の攻撃振り切るなんて無理だったろうし」
「どのくらいの数、敵はいたのだ?」
「帰りだけで軽く見積もって500体くらいの部隊が4つ・・いや5つか。海底国軍にしちゃ少ない方よ」
「そうか・・」
「私はここでちょっと休んでから提督と話すわ。長門はそれをお願い」
「解った。任せろ。提督室には文月が居る。貴方達が行くと連絡しておこう」
「ありがと」
長門が東雲組の診療所に向かって走っていく後姿を見ながら、ナタリアはボトルから水をがぶ飲みした。
空のボトルをくしゃりと潰しつつ呟いた。
「運び屋の任務にしたって度が過ぎてるでしょ・・こんなの二度とやりたくないわ」
ナタリアは口の周りについた水滴を腕でぐいと拭った。
その頃。
「所長、最初の鎮守府の報告が離島ってんなら解りますが北海道ですよ?おかしいと思うんです」
「うむ・・大山さんの読みは合ってる気がするね」
「俺の話はこれだけです。作戦遂行中のお忙しい所、すみませんでした」
「いや、良く知らせてくれた。ありがとう。ところでどうだろう?これが終わったら復職の手筈でも・・」
ツーッ・・ツーッ・・ツーッ
「あぁ・・つれないねぇ」
そう言って提督は軽く溜息をついて受話器を置いたが、言葉と裏腹に頬をピクピクと震わせ、拳を握り締めていた。
文月はそっと提督の様子を伺っていた。
電話の内容を聞いてから急激にお父さんは怒り始めた。
でもテッドさんには最後まで丁寧に応じていたし、矛先はテッドさんじゃないような・・
コンコンコン。
「はい!」
文月が振り向くと、そっと開いたドアの先にナタリア達が立っていた。
「あ、お帰りなさい。お父さん!ワルキューレの皆さんです!」
その言葉で気配をふっと切り替えた提督は両手を軽く上げた。
「やぁやぁ、皆さんお疲れ様でした。補給は済んでますか?入渠は必要ありませんか?」
「それはこの後にしますわ提督。あと、持って帰ってきた薬品類は長門さんに渡してあります」
「んー・・では私に何かご相談ですか?」
ナタリアは懐から持ち帰った書類を取り出した。
「こちらをご覧頂きたくて」
1枚・・また1枚
紙をめくるごとに増していく殺気に、フィーナは思わず唾を飲んだ。
先程まで穏やかだった提督が、今は本気で怒ったナタリア並の迫力だ。
「・・・文月」
「はい」
「この文書を、中将と大将に、極秘暗号で送ってくれ」
「・・解りました」
文月は書類を受け取ると、小走りに部屋を出て行った。