Deadline Delivers   作:銀匙

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第14話

 

 

西方パートリーダーは疲れきった様子で頬杖をついた。

「一体ドウイウ事ナンダ・・何隻モ同ジIMO番号ヲ持ツ船ガ居ルノカ?」

だが、海境警備部隊が送ってきた船舶の写真を見る限り、全く同じ船にしか見えない。

多少色に濃淡があるような気もするが、日が昇る時間だから朝焼けに染まっているのだろう。

それに、もし違う船なら積荷のコンテナの位置や船体の傷の場所まで同じな訳が無い。

だが、同じ船が5分後に85海里も離れた場所に移動出来る筈が無い。

「モウ止メテクレ・・徹夜明ケデ疲レテルンダヨ・・大人シク編成サセテクレヨ・・俺ハ寝タインダヨ・・」

オペレーターが振り向いた。

「リーダー!警備部隊N232ガ新タナ越境船ヲ発見!バ、番号ハ・・ソノ・・」

「皆マデ言ウナ。モウウンザリダ」

「ド、ドウシマスカ?コノママデハ引キ離サレル、応援求ムト言ッテマスガ!」

そう。

普通の船であれば各現場に見つけ次第沈めろと通達してあり、ほとんどはその場で済んでしまう。

多少侵入出来たとしても隣接域の部隊が急行するので包囲して撃ちまくればいい。

しかし、この厄介な船は猛スピードで突入してくる。

海境警備部隊が装備しているスピードガンの上限である99ノットを余裕で超えてくる。

あまりにも速すぎるので高速型魚雷さえ振り切られてしまう。

そして分身の術でも使えるのかというくらい左右にも高速で移動する。

砲弾を高密度に撃てば一瞬で横っ飛びして回避されてしまう。

ならばと広範囲に撃てば弾と弾の合間を器用に縫って進み、同じく避けられてしまう。

通常弾より低速で距離も飛ばないペイントマーキング弾なんて全然当たらない。

行く手を遮ればすれすれを掠められ、通過の際に衝撃波と巨大な波で為す術も無く吹き飛ばされてしまう。

さらに今どこに居るのかという情報を次々とシステムが書き換えてしまうので支援部隊はパニック状態だ。

保有している空母や戦艦は緊急時のマニュアル通り、残らず北方に回してしまった。

手元に残したのは軽巡と駆逐艦であり、艦載機が使えなかったのである。

せめて軽空母の一部だけでも残せば良かったと悔やんでも時既に遅し、である。

「俺ハ確カニ昨日晩酌ヲシタサ。ダガ二日酔イニナルホド飲ンジャイナイ。頼ムカラ覚メテクレ・・」

西方パートリーダーはこみ上げてくる酸っぱい物を懸命にこらえていた。

一体なんだってんだ。もう目が回ってきた。

 

 

3月7日0530時、ウェーク島近海

 

ガボン!

一瞬の無重力感がやってきた後、急激な減速Gと沈下する動きを感じた。

やっぱり轟沈したかと、ナタリアは肩をすくめた。

海底国軍の領海に堂々と船で入るなんて無茶も良い所だ。

さて、簡単に死ぬつもりは無いわよ。

どうにかして生き延びて加古に拳骨くれてやらなきゃね!

ナタリアがフンと息を吐いた瞬間、サインランプが点灯し、水深1mと表示された。

「・・・えっ?」

ナタリアは表示を疑ったが、それでも酸素マスクを外し、フィーナ達を見た。

見返した3人ともが戸惑いの目をしているが、指示通りに動いていた。

ナタリアは返事代わりにシートベルトを外し、変身を解いた。

 

ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!

 

水深3mの表示と共にアラートが鳴った。あと2m沈めばゲートが開く。

本当に到着していれば、目の前に製薬プラントがあるはずだ。

 

ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!

 

ガコン!・・・ザバァァァアアアア

 

開き始めたゲートの隙間から勢い良く海水が浸入して来た。

ナタリア達はゲートが開ききるのを待ち、周囲を見回しながら外に出た。

本当に・・あるわね・・

ナタリア達の目の前には、海面まで届きそうな巨大なプラントが立ちはだかっていた。

ふふっと笑ったナタリアは、沈み行くコンテナを蹴って海中へと進みだした。

 

そのナタリアに続きながら、フローラは頭を振り、めまいを振り払っていた。

ナタリアが警告した通り、お世辞にも船の乗り心地は良くなかった。

鎮守府を出航し、越境時刻直前からむぎゅっとシートに押し付けられた。

加速度としては速いが常識的な物であり、最初は違和感も感じなかった。

だがその加速度が全く衰えず、いつまでも加速し続けている。

えっ?ちょっ、何ノット出るのこの船・・こんな速度で制御出来るの!?

フローラの懸念に対して突然回答がもたらされた。

左から巨人に金属バットでぶっ叩かれたかと思うほどの激しい加速度が突如かかったのである。

魂と実体がずれるんじゃないかと思うほどに。

「グウッ!」

戦闘機のミサイル回避訓練で2Gの世界を経験しているフローラでもきつかった。

それも1度や2度ではなく、数えるのを諦めるくらい続いた。

フローラは正面のモニタの写るプログレスバーに意識を集中していた。

到着まで82%、83%、84%、85%・・グウッ・・は、86%、87%・・早く・・

だから100%になったと同時に着水のショックを感じた時、全てが赦された気さえした。

出来る事ならこのまま3日位眠りたかったが、これからが本番だ。

 

ミレーナはフローラの後を泳ぎながら、作戦説明を思い出していた。

自分達は自動操船式の高速艇に積まれたコンテナの1つに乗り込む。

コンテナとは外観だけで、中は固定座席や酸素マスクの装備された待機室になっていた。

水深20m前後の浅い海底に建つプラントに潜入する。

追っ手を引き離す為、無人操船の船は目的地に着いても止まらず進んでいく。

目的地海上で荷崩れを装う形でコンテナがパージされ、我々はコンテナごと海に沈む。

丁度水深5mに到達したらゲートが開くので作戦を始めて欲しい、と。

ミレーナはジト目になった。

そりゃ無人操船も当然だ。

あんなもん操ろうものなら5分も経たずにブラックアウトしてぶっ倒れる。

なんてものを作るのよ、あの変態鎮守府!

 

フィーナは列の最後を進んでいたが、振り向いたナタリアに手信号を送った。

ナタリアは皆の信号を見て頷き、手信号で返した。

周囲に敵反応なし、か。

私も同じ答えだし、これだけ綺麗な海なら見落としも無いでしょう。

ナタリアはちらりと上に揺らめく水面を見た。

それにしても綺麗な海ね。いつかファッゾと二人で来たいなあ・・

ナタリアはふと、反対側からやってきたもう1つの集団を視界に捕らえ、手で合図した。

基地の侍従長を筆頭とし、別の船でやってきたチームアルファの面々だ。

 

チームアルファの面々はプラントの周囲を慎重に泳ぎながら、侵入口を探していた。

水中にある以上、あまり浸水させたくは無い。正規の入り口が使えるなら使いたい。

だが常識的に考えて、最も警戒が厳重なのは入り口である筈だ。

ならば。

調べた結果に満足した侍従長は、ナタリアの傍まで来ると屋根を指差した。

ナタリアは一瞬きょとんとしたが、すぐに頷くと、フィーナ達に合図した。

 

ドズズン!

 

チームアルファの仕事は繊細かつ丁寧だった。

周囲の海中を警戒するチームアルファの間を縫って、破られた屋根から侵入した先は廊下だった。

プラント内では浸水を知らせるアラートが鳴り響き、廊下の左右では頑丈なゲートが閉じ始めていた。

右か・・いや、左の方が近い!

いつもの姿に化けながら、ナタリアは左のゲートへと駆けだした。

「左!急いで!」

「はい!」

最後のフィーナが間一髪でゲートをすり抜けた頃には、ナタリア達は既に警備兵との銃撃戦の真っ最中だった。

フィーナはミレーナの肩を叩き、廊下の反対側にあるドアを指差した。

ミレーナの援護射撃が始まると、フィーナはドアを蹴破って部屋に飛び込んだ。

「・・・」

フィーナは身を屈めたまま窓際へと駆け寄り、小型の鏡を使って部屋の窓からその外を写し見た。

そこはまさに製造工場というべき、オートメーション化された大型の機械が所狭しと並んでいる。

01、02と番号がつけられた棚が並び、そこにロボットがケースを次々と出し入れしている。

ウイルス?ワクチン?治療薬?

どれがどれだ?

 

 

 


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