Deadline Delivers   作:銀匙

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第11話

 

 

文月の提案に、虎沼は目を白黒させた。

「えっ?か、構いませんが・・30隻全部ですか?」

「はい。あと、こちらにある荷物なので、こちらから出航させたいんです~」

「そうしますと、航路プログラムの書き換えが要りますよ?」

「輸送に必要な作業の他、使用後の給油や破損修理、設定の書き戻し等全てうちで済ませてお返しします~」

「期間は?」

「1ヶ月です~」

虎沼は腕を組んだ。

うちの船は割と速いが、日本とアメリカを往復するだけでも3週間近くかかる。

荷役時間を見ても1回きりの通常輸送という所か。

しかし、1隻1000tも積載出来るのに、それを30隻もチャーターするなんて・・

虎沼は声を潜めて恵に問いかけた。

「なんか裏がありそうだよな」

だが恵は笑って囁いた。

「うちは貸すだけ。それを明記してもらいましょ。それに・・」

「それに?」

「ソロルだよお父さん。まともな訳が無いじゃない」

「確かに」

虎沼は納得したように頷きつつ、マイクに向かって返事をした。

「解りました。契約書に我々は船を貸与するだけと明記して頂けるのであれば請けましょう」

「勿論です。ではFAXで送りましたので確認してください。船は送れる物から順次回送してください」

「え?揃えなくて良いんですか?」

「はい。1隻ずつでも構いませんから出来るだけ早く送ってください。お願いします」

「解りました。では送れる船から送り、本日中には済ませましょう」

「よろしくお願いします」

その時、FAXが受信完了のブザーと共に紙を吐き出した。

「・・・んー」

恵はぺらぺらとめくりながら喋った。

「今日から1ヶ月間の30隻チャーター、運航に関する一切の責任は鎮守府持ち、鎮守府で満タンにして返却・・」

「うん、保険も荷役も修理も向こう持ち。提督のサイン入り。何の問題も無いわ」

虎沼は受け取った紙にサインしながら肩をすくめた。

「30隻も必要な輸送って何なんだ?」

恵は返信の操作をしながら答えた。

「私も気にならないと言えば嘘になるけど、閑散期のありがたい収入。それで良いじゃない、お父さん」

「強いて言えば運賃単価の高い時ならもっと良かったけどね」

「今月は特にレートが下がってるわね。繁忙期の1割にもならないわ」

「底値の時にまとめて運ぼうって事か。じゃあ出航手配を始めよう」

二人は顔を見合わせて頷いた。

余計な事にいつまでも首を突っ込まないのはビジネスの基本だ。

 

 

3月5日夕刻、大本営大将の執務室。

 

「それじゃ一体何の為の防護服ですか!」

激しく机を叩いて抗議する中将を前に、大将は首を振った。

「ダメだ。幾ら防護服を着ても大和達と面会する事は許可出来ない」

「しかし!これだけ長期化し、大和は疲弊の極地にある!せめて顔を見せるだけでも違う筈です!」

「ではその用事を済ませたとしよう。防護服をどこで除染するのかな?」

「そりゃもちろん・・・」

続きを言いかけた中将が目を見開いたので、大将は頷いた。

「・・・881研の設備は使えんが、どこに持ち込むかね?」

「・・」

「洗う前の防護服の表面には我々を死に追いやるウイルスが付着してるのだが、それを外に運ぶのかね?」

「・・」

「中将。私だってあの場に居たのが妻だったらと思うと辛い気持ちはよく解る」

「・・」

「ここが正念場だ。ソロルの皆はよくやってる。指定刻限のその時まで信じて待つんだ」

「・・くっ」

拳を握り締めてうつむく中将から顔を背けると、大将は眉をひそめて窓の外を見た。

鉛色の空は重苦しさしか与えてはくれなかった。

海軍に入ってからここまで無力感を感じた事は無い。

提督の作戦が起死回生の一手となるか、否か。文字通り祈る他ないとは情けない。

 

 

同じ頃、テッドのオフィス。

 

「・・ねぇなぁ」

テッドは葉巻の煙をくゆらせつつ、PCの画面を眺めて眉をひそめていた。

オーダーに必要なDeadline Delivers達をソロルに送り出した後から、仮説を検証していたのである。

幾つかのサイトを巡回し、数箇所に電話をかけたが得られる筈の情報に辿り着かない。

諸々の情報が線で繋がっていく中、1個だけ他の情報と合わないのである。

「所長の耳に入れとくか・・でも今は作戦の方で手一杯だろうからなぁ・・もうちょいネタ集めするか」

ふと、テッドが見た窓の外は、粉雪の舞う先に夕日が見えていた。

「雨なら狐の嫁入りだが、雪の場合はなんて言うんだろうな。今の気分にぴったりだぜ」

葉巻の火を力任せに押し潰すと、テッドは机の引き出しから車のキーを取り出した。

「俺様の調査能力を舐めんなよ。絶対辿り着いてやる」

 

 

3月6日夜、柿岩家会議室。

 

「あーちゃんと一緒に仕事するのは久しぶりよねぇ。嬉しいわぁ」

「あーちゃんは止めてください。北極圏軍閥総帥殿」

「そんな堅苦しい言い方しなくて良いのに。ほら、いつも通りゆーちゃんで良いのよ?」

「オッホンオッホン!では作戦をおさらいします!」

「あらあら、はぁい」

防空棲姫が真っ赤になって咳払いする様を見て、元老院の面々は必死に笑いをこらえていた。

元老院のメンバーは全員柿岩姉妹より、ずっと長く生きている。

だから柿岩姉妹が昔から誰と遊んでいたかも良く知っている。

画面の向こうにいる北極圏軍閥の総帥は2代目で、防空棲姫とそれはそれは仲良しである。

互いに大軍閥の長という立場上、その交流は年に数えるほどしか無い。

だが非公式の場面となれば、すぐにあーちゃんゆーちゃんと呼び合う仲である。

とはいえ、今は共同軍事作戦の開始直前という大事な場面だ。

気を緩めてはいけないという防空棲姫の方が言い分としては正しい。

早く済ませて二人が仲良く話せるようにせねばなるまい。

元老院の面々は互いに顔を見合わせ、にこりと微笑んだ。

防空棲姫はやや早口に、一気に作戦の説明を進めていった。

「・・・これらをコールサイン受信まで続けます。以上よろしいですね!」

それに対し、画面の向こうから聞こえてきた声はあくまでマイペースなものだった。

「ええ、大丈夫よ。あーちゃんにちょっかい出すのは得意ですから」

「ゆーちゃん真面目にやって!」

「うふふ、甘えても良いのよ?」

「失敗したら許さないんだからね!」

「はいはーぃ」

「むぬぬぬぅぅぅううう!」

レ級組長が言った。

「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。では北極圏軍閥総帥殿、よろしいですか?」

「いつでもどうぞー」

元老院の視線が集まる中、フンと息を吐いた防空棲姫は凛とした声で言い放った。

「作戦開始!進めっ!」

 

 

 


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