Deadline Delivers   作:銀匙

165 / 258
第8話

 

 

3月2日夜、ソロル鎮守府。

 

日が暮れてもなお、提督達の表情は冴えなかった。

始まったばかりとはいえ、余りにも集まらない情報と、見えないが故の気持ち悪さが空間を支配していた。

手持ちの資料は調べ尽くされており、集会場の中は不気味な静けさに包まれていた。

参加者は物音に鋭く振り向いたり、コツコツと机を指で叩いたりしていた。

「今は動きようがないから仲間の元に帰っても良いよ。その場合は連絡手段だけ教えておいてほしい」

そう、提督は言ったが、

「ナントナク、ソノ、海ニウイルスガ居ルンジャナイカッテ、怖クテ・・」

と、深海棲艦達は海に戻ろうとしなかったのである。

長門は小さく頷いた。

デザイナーズウイルスなどという得体の知れない病原体が、確実に世の中に存在している。

それだけが判明している中、世界中と繋がっている海に帰るのは結構勇気がいる。

提督は言った。

「ふむ。なら、希望者が仮眠を取れる場所を用意するか。えっと、じゃあ高雄!すまないがとりまとめを頼む!」

「解りました。ただ、迎賓棟だけでは入らないかと思いますよ?」

「寮の空き部屋も使って良いし、集会場の空きスペースとか、とにかく使える建物は何でも使って良い!」

「解りました!」

高雄が頷いた時、集会場の入り口が大きく開き、間宮と鳳翔、そしてたすきをかけた赤城達が入ってきた。

「さぁさぁ、おなかが膨れれば気持ちも落ち着きますよ。運動場にお夕飯の席を用意しました」

「豚汁が美味しく煮えてますよ!手を洗って、うがいしてから並んでくださいね!」

鳳翔の優しい声と赤城の明るい声を聞き、ようやく面々の顔が綻んだのである。

 

 

同時刻、ムファマスの事務所

 

鑑識係が次々と撮影していくフラッシュを眩しそうに遮りつつ、刑事は年配の同僚に呟いた。

「・・ウカンムリですかねぇ」

同僚はぐるりと見渡して言った。ウカンムリとは窃盗の事である。

「違うな。荒らされた感じが無い」

「じゃあ何で殺られたと?」

「ムファマスは一匹狼だったな」

「えぇ。マルカイ関連の情報提供専門で、他に商売してたといった噂はありません」

「情報屋が殺される理由なんて普通に考えりゃ当事者、つまりマルカイのお礼参りだな」

マルカイとは深海棲艦の事であり、お礼参りとは復讐の意味である。

「いやまさか。マルカイのお礼参りなんて聞いた事ありませんよ」

「だが、だとしたら、お宮さんだな」

お宮とは迷宮入り、転じて未解決事件にするという事である。

「また公安が出張ってくんですか?」

「だろうよ。海軍様は都合が悪くなると公安使って全部召し上げちまうからな」

「・・根拠は?」

「カンだ」

「あーあ。それじゃ当たりますね。程々にしときますか」

「とはいえ一応引継ぎ用の格好はつけにゃならん。証拠は集めといてくれよ」

二人の刑事の傍でカメラを構えていた鑑識係の一人が肩をすくめた。

「足跡も指紋のしの字もありません。壊れた鍵と頭を貫通して壁にめり込んだ銃弾1発。それだけですね」

「なら現状を撮影したら、とっとと弾を回収してしまえ」

「了解」

年下の刑事は、そっとムファマスの死体袋に向かって両手を合わせた。

「ムファマスさんは嫌いじゃなかったんですけどねぇ」

「俺もだ。物静かな男だったからな。ま、殺ったのは他所者だろ。成仏しろよムファマス」

年上の刑事は頭を下げて目を瞑り、手刀で小さく空を切ると、周囲に声をかけた。

「よし、通報分はどっちもこれでお仕舞いだ。鑑識も帰れるか?」

鑑識に撤収準備を促す年配の刑事に向かって年下の刑事は肩をすくめた。

「一応聞きますが、あっちの現場は何もしないんですか?」

「数分間に渡る銃声と叫び声、それに強い光が見えたと言われてもな、仏どころか血痕すらねぇんだから立件出来ん」

「証拠なら壁に弾の1つや2つ埋まってるんじゃないですかね、ここと同じく」

「だからなんだってんだ?」

「うちの国には確か銃刀法って法律があった気がするんですがね」

「ワルキューレに向かってそれを言えるなら勝手にしろよ。後で霊安室に線香上げに行ってやる」

「どうしてワルキューレの仕業だって言い切れるんです?」

「市内で派手な銃撃戦かますなんてワルキューレかSWSPしか居ねぇよ。で、一人で行くか?成仏しろよ」

「冗談止してくださいよ。自分の眉間に向かって1発撃つ方がまだ気楽です」

「納得したか?お、準備出来たか。じゃあ引き上げだ。山のような書類が帰りを待ってるぞ」

「ぐったりするような事言わないでくださいよ・・」

こうして警察の一行は事務所を後にしたのである。

 

 

3月3日朝、某海底。

 

「ナ、ナンダ、アレハ・・・」

潜水カ級は目の前の景色に目を疑い、僚艦と顔を見合わせた。

メンバーは幾つか撮影を行いつつ、全速力で海域を離脱した。

早く報告しなければならない。

 

 

1時間後、柿岩家会議室。

 

「・・我々との海境付近にですか?」

「正確には全域ではなく、大本営と最も近い、地上組との海境付近に最も集結していますな」

鎮守府に居る浮砲台組長を除いた元老院の面々は、報告に眉をひそめていた。

全エリアの協力を得て偵察した結果、大本営に最も近い海境付近に戦力を極端に集中させている事が判明した。

その集中している場所に遭遇したのが先程のカ級達だった、という訳である。

1課長の表情は緊張していた。

「かつてここまで狭い範囲に、これだけ部隊が密集して配備された事はありません」

「・・・」

「この数では日本エリアのメンバーだけでは到底太刀打ち出来ません。我々に対する軍事的挑発とも取れます」

レ級組組長が唸った。

「このエリアで武力攻撃に移行されると、我々の海域は大本営の艦娘達と海底国軍に挟み撃ちされてしまうなぁ」

別のメンバーが言った。

「艦娘達が突破されればここだって攻撃されるかもしれん。大本営とは離れているが安心は出来ないぞ・・」

防空棲姫は重い口を開いた。

「・・・彼らに連絡を取り、意図を確認してみましょう。よろしいですか?」

面々は頷いた。

 

 

「これは我々の決断であり、総意である」

 

防空棲姫との会談に応じた海底国軍の副将軍は、電子会議システムのモニタ越しにきっぱりと言い切った。

防空棲姫は静かに応じた。

「・・我々に実害が及ぶならば協定違反とみなしますが?」

「我々が今回敵対する相手は大本営のみであり、貴方を含めた深海棲艦勢への武力攻撃は行わない」

「大本営には我々との海境を突破する形で進軍されるのですか?」

「作戦の詳細は言えないが、越境行為も行わない。これは約束する」

「越境以外の侵略行為も、ありませんね?」

「・・具体的には?」

「たとえば、海洋汚染とか、バイオテロとかです」

ピクリ。

副将軍の頬が僅かに痙攣するのを地上組の面々は見逃さなかった。

「あーその・・い、いずれにせよ、海軍への作戦決行中は侵略行為を禁ずる。それが相互不可侵条約の基本だ」

「・・・」

「条約はお守り頂ける。よろしいですな?」

「我々への明確な攻撃が無ければ」

「冬は元々、風邪を引きやすい季節ですからな。疾病まで我々のせいにしないで頂きたいですな」

防空棲姫は目を瞑り、微笑みながら言った。

「普通の風邪であれば、我々は何も申しません」

そして、声色を1段落とし、ギロリと睨みながら続けた。

「普通の、風邪であれば、ですが」

副将軍の目が明らかに泳ぎだした。

「・・とっ、とにかく我々の方はそういう事だ。本作戦に関し余計な詮索はしないで頂こう」

副将軍が言い終わらぬうちに通信がブツリと切れた。

レ級組組長が笑った。

「あれじゃウイルスばら撒きますと言ってるようなもんだ」

元老院の面々も静かに頷いた。

 

 

 




2ヶ所の表現を訂正しました。
ご指摘感謝です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。