Deadline Delivers   作:銀匙

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第7話

鎮守府が大本営からの緊急暗号通信を受けてから、既に3時間。

全く無関係と思われるような情報まで集められていたが、皆の表情には焦りの色しかなかった。

「お父さん・・」

文月が不安そうに提督を見た。

「うん。余りにも情報がないね」

「こちらで新たに解った事は、海底国軍の正体だけです」

「東雲も北方棲姫もウイルスの研究開発なんて聞いた事もないと首を振ったしね」

龍田が肩をすくめた。

「相当大きい組織でないとウイルスを合成出来るような研究所の維持は難しいから、合ってると思うわねぇ」

「でも、現状では証拠が無いから動きようが無いね。更に外部に応援を求めるしかないか・・」

文月が言った。

「地上組はどうでしょう?深海棲艦も感染する恐れがあるなら共闘してくれるかもしれません」

「・・そうだね。文月、デスクC-2に浮砲台組長さんが居る。連絡を取ってもらうよう頼んでくれないか?」

「はーい!」

文月が駆けて行った後、龍田はついと、右手の人差し指を立てた。

提督が首を傾げた。

「ん?なに?」

「もう1箇所、お話しても良いかなって所がありますよ~」

「んー?」

「・・・大山事務官、です」

「なるほど、海運業なら何か知ってるかもね。それなら虎沼さんにも・・」

龍田は首を振った。

「完全な民間の方に話したらパニックになると思うなぁ」

「あーそうか。大山さんならうちの事情も解ってくれる、か」

「ええ。あの町全体が海軍と深く関わってますから、情報漏洩の心配も少ないと思いますし」

「よし。龍田から連絡してくれるかい?それとも私が電話しようか?」

「んー・・」

龍田は少し迷ったが、

「提督が話すと別の疑いをもたれるでしょうから、私からかけますね~」

「何その別の疑いって」

「大山事務官カムバーックってね~」

「幾らなんでもこんな時に言わないよ」

「事実かどうかじゃなくて、大山事務官がどう思ってるかだから~」

「・・ま、余計な波風は立てない方が良いか。頼めるかな?」

「任せて~」

「あ、依頼にかかる費用は大本営に交渉するから私に言いなさい」

「大丈夫よ~、任せておいて~」

提督は龍田の背中を見ながら首を傾げた。手付金だけでも大金が必要だと思うのだが・・

 

 

3月2日夕方、柿岩家会議室。

 

「協力する事は構わない、というよりぜひお願いしたい位ですが・・」

浮砲台組長の相談を通信経由で聞いていた防空棲姫は、日本エリア長であり妹の港湾棲鬼と顔を見合わせた。

「我々も全くの初耳ですから、今は提供出来る情報がありません」

画面の先で浮砲台組長も頷いた。

「エエ。私モソロルカラ話ヲ聞イタ時ハ、腰ガ抜ケソウニナリマシタ」

港湾棲鬼は眉をひそめた。

「でも、彼らは第41研究局を作り、corrosion計画を遂行する程度の能力はあります」

「ソウデスネ」

「ずっと昔からバイオテロ用ウイルスの研究をしていたとしても不思議ではありません」

防空棲姫は少し考えていたが、

「少し、海底国軍の様子を探ってみましょうか」

「エエ。本当ニ彼ラガ組織的ニ動イテルナラ、兵ノ配置ガ変ワッテイルカモシレマセンナ」

「では提督には情報収集に協力すると、まずは回答しておいてください」

「解リマシタ」

通信を切ると同時に、姉妹は立ち上がった。

 

 

同じ頃、山甲町役場。

「なるほど、なるほど」

龍田の電話を受けていたのは町長だった。

ドックなどのリソース提供、輸送や護衛のみならず、幅広い分野でのDeadline Deliversの全面協力。

それら全てを町の外に漏らさぬよう、機密案件として対応して欲しいという依頼である。

「簡単に言うと、町ごとチャーターされるという事ですな?以前のように」

「出来ればそうしたいのですが・・今はお忙しいですか?」

「いえいえ。元々冬は閉鎖される航路が多いので閑散期ですよ。お仕事大歓迎です」

「では・・」

「ええ。私から各方面に働きかけましょう」

「助かります。その疾病対策に関してはそちらも興味がおありかと」

「仰る通りです。艦娘・深海棲艦共に我々の住人ですからな。ぜひ、我が町の対策にもお力添えを頂きたい」

「勿論です。ではご協力頂けるという事で・・後のお話はどういうルートがよろしいですか?」

「そうですね・・テッドさんに窓口を一任しますか。私から話を通しておきますよ」

「なるべく早期の解決を目指しますので、ご協力のほど、どうぞよろしくお願い致します」

「では1度、こちらの体制がまとまったらテッドさんから連絡させましょう」

「お待ちしております」

電話を切ると町長は立ち上がった。

これは忙しくなる。まずは署長に連絡しておかねば。

それに・・

町長はコートに袖を通しながら思った。

先日から取引先からの契約破棄や取引停止が立て続けに起きているという噂もある。

そんな事が長期化して欲しくは無いが、そうなった場合の備えは早めにしておいて損は無い。

 

同じ頃、ムファマスの事務所。

「おいおい待ってくれ。ギャラの交渉なら受けるぞ・・あっ」

ムファマスは一方的に切れた電話を少し睨んだ後、そっと電話機に戻した。

海底国軍周りのネタを提供してくれていた情報提供者が突然引退するという電話だった。

深海棲艦の動きを知る上で海底国軍の動向は欠かせないが提供者は少ない。

それは海底国軍の結束が強いというより、裏切り者に対する厳しさで右に出るものが無い為である。

とりあえずコーヒーでも飲むか。

「やれやれ。後任くらい紹介して欲しかったが、連絡をくれただけよしとするか」

席を立ち、情報提供者が最後に言い残した言葉を思い出した。

「風邪を引く前に今すぐ逃げろと言われてもな・・後でナタリアかテッドに相談してみるか」

 

ガチャリ。

 

台所でカップにコーヒーを注いでいたが、事務所のドアが開く音を聞いたムファマスは眉を顰めた。

あれ、さっき鍵を閉め忘れたかな?

「お客さん?営業は18時からなんだ。悪いけど出直してくれないか」

 

コツ・コツ・コツ。

 

近づいてくる足音がしたので、ムファマスは眉をひそめつつ台所から廊下にひょいと顔を覗かせた。

「急ぎの用でも勝手に入って来・・」

 

冷たくなったムファマスが事務所の奥で発見されたのは、その日の夜の事だった。

 

 

 




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