Deadline Delivers   作:銀匙

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第6話

 

落ち着きを取り戻した面々を見回しながら、大将は続けた。

「我々が取り乱せば相手の思う壺だ。まず、状況は全員共有出来たな?」

列席者がこくりと頷く。

「ヴェールヌイ相談役」

「なにかな?」

「発症してから重症化するまでの期間は?」

「およそ1週間。症状が出始めるのは大体3~4日後だね」

「50%生存期間は?」

「生き残ってる子が居ないし、全て深海棲艦達の攻撃によるものだから、ウイルスそのものの致死率は・・」

「解らんという事だな」

「・・残念ながらね」

中将が大将に向いて話し始めた。

「状況を打破する為には残り時間は大変短いです。いっそ、特別委任体制に移行しては如何でしょうか?」

 

特別委任体制。

 

敵の広範囲な侵攻を確認した等、次々と大きな決断を要する場合、その都度上層部会を開くのでは間に合わない。

従って、あらかじめ上層部会列席者が大将に判断を一任する事を特別委任体制と言う。

いわば大将への白紙委任状である。

大将は30秒ほど目を瞑っていたが、

「よし。では特別委任体制に賛同する者はこのまま退席するように。残った者と本件を対応する」

といった途端、列席者は我先にと立ち上がり、出口では押し合いすら見られたのである。

 

・・・バタン。

 

部屋に残った中将を見て、大将は苦笑した。

「・・彼らはどこに逃亡するんだろうな」

中将は肩をすくめた。

「ウイルスが確認されていない南の方か、海軍や艦娘の居ない・・山奥の別荘辺りでしょうな」

ヴェールヌイ相談役は溜息混じりに言った。

「私は発症していないのだが、遠巻きにして避けられたよ。既に媒介者扱いだね」

大将が頭を下げた。

「部下が不快にさせた事をお詫びする。未知のウイルスと聞いて神経質になっているのだとは思うのだが・・」

「ううん、大将のせいじゃない。解ってるさ」

大将は部屋に残った、雷、五十鈴、ヴェールヌイ相談役、そして中将を見回した。

「さて、上層部会は私達5人に任せてくれたわけだが・・」

ヴェールヌイ相談役がくすっと笑った。

「予定通りだろう?大将」

大将は肩をすくめた。

「こういう時、他の連中は居るだけ邪魔でしょう」

「そうだね」

中将は指を折りながら答えた。

「失敗は許されず、期限は短く、なのに我々には手がかりもなく、調べる手段すら失われてます」

雷が肩をすくめた。

「今なお燃えている881研の復旧を待ってからでは、到底間に合わないでしょうね」

五十鈴が呟いた。

「881研の火事と、脅迫文のタイミングが合い過ぎてる気もするわね・・」

ヴェールヌイ相談役が眉をひそめた。

「そういえば、鎮守府の壊滅の方もタイミングが出来過ぎている気がしたんだ・・」

大将が頷いた。

「海底国軍は深海棲艦かもしれない、という事か」

「それもかなり組織的な、ね」

「特別機密事項行きになりそうな臭いがぷんぷんしてますな」

「ダー」

「中将・・」

「ええ、恐らく5人とも、同じ事を考えていると思われますよ、大将殿」

「彼等に丸投げするのは心苦しいが・・」

「海軍で深海棲艦の情報を入手出来て、これだけ高度な事態に対応出来るのは・・」

「もう他に居ないんじゃないかしら」

大将が頷いた。

「ソロル鎮守府の提督に連絡を取ってくれ、中将」

中将は頷きながら立ち上がった。

「大将命令、緊急度最高でよろしいですな?」

「大本営として出来る事は最優先で全面協力すると伝えよ」

ヴェールヌイ相談役が中将に数枚の書類を手渡した。

「中将、私がまとめた状況だ。これも提供してあげて欲しい。あと、必要なら私もそちらに行くと」

「解りました」

中将は会議室のドアを勢い良く開けて出て行った。

周囲をそっと見回した後、ヴェールヌイ相談役は両手を顔の前に持ってきた。

頑張って言った!自然に!さりげなく!

その一瞬の後、今度は大きな溜息をついた。

良いんだ・・解ってる。

提督がこのメッセージにこめた思いに気づくなんて事があれば地球が終わってしまう事くらい解ってる。

それでも言えた自分を褒めてあげたいんだ。

 

 

同時刻、北海道某所。

 

力なく受話器を握りつつ、地上組北海道支部長はオペレーターと話を進めていた。

「解りました。では明日の地域部長会議は欠席されると言う事ですね」

「ゲホッゲホッ・・は、はい、すみません。伝染すと・・申し訳ないので・・」

「だいぶ辛そうですね。病院には行かれましたか?」

「それが・・ゲホッゲホッ・・・風邪が流行ってるらしくて、病院に入れないくらい混んでて・・」

「それなら関東の病院をご案内しましょうか?」

「あ、あまり遠いのは辛いので・・北東北辺りに・・ありませんか?」

「あるんですが、同様の報告が入ってるんです。受け入れ可な病院は関東から西になってしまいますね・・」

ぐるぐる回りだした部屋の景色から目を閉じると、北海道支部長はオペレーターとの会話に集中した。

「そ、それなら止めておきます。仕事もあるし・・ゲッゲホッゲホッ・・ゼー・・ハー・・ゼー」

「独力での移動が難しいのでしたら救護班をヘリで向かわせますが?」

「や、大丈夫、大丈夫です。たかが風邪でそこまでは・・」

「風邪は万病の元といいますから、決して無理しないでくださいね」

「ありがとう・・ございます・・では・・失礼します・・」

受話器を電話にそっと戻すと、北海道支部長はバタリと机に突っ伏した。

良かった・・用件は伝えられた。

それにしても辛い・・インフルエンザってこんなにも辛いものだったんだ。

初めての経験だから良く解らないけど・・

視界がぐるぐる回るし、体中がギシギシ言ってるし、寒いのか暑いのか解らない。

ちょっと起き上がるだけで何キロもマラソンした後みたいに息が切れて苦しい。

そういえば、ずっと昔、司令官が一人だけインフルエンザにかかって1週間寝込んでたなぁ・・

私達に伝染るといけないからって一人で自室に篭って、運び入れた水と缶詰だけで過ごしてたっけ。

こんなに辛かったらお粥とか欲しかったんじゃないかなぁ・・

司令官のパスタ・・もう1度食べたいなぁ・・

あれ・・司令官がこっち見て笑ってる・・何で・・居るの?・・司令官・・

そうだ・・出先から・・戻ってきて・・ストーブ・・入れて・・ない・・・・・・・眠・・・・

 

 

3月2日午後、ソロル鎮守府。

 

「・・・ふぅむ」

提督は集会場の一角に移した執務机に肘を突きつつ、置かれた状況に眉をひそめていた。

集会場は今や巨大な事務所と化していた。

並べられた椅子と机に座るのは所属艦娘、基地の北方棲姫達、そして近海の深海棲艦達それぞれの代表者である。

机の上には大本営から届いた資料のコピーを始め、膨大な資料が積まれている。

参加者はそれぞれの仲間とインカム等で連絡を取りつつ、手にした情報から可能性を討議していた。

浮かんできた提案を白雪達経理方が1次審査し、これはと思うものを組み合わせていく。

事務方と提督がその情報を丁寧に見ている、という体制であった。

ただ、提督の元まで届く資料が一向に増えないのである。

 

 

 




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