Deadline Delivers   作:銀匙

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第5話

 

3月2日朝

 

その日は夜明け前から冷たい雨が降っていた。

前夜の881研地下研究室の騒動でバタバタした雰囲気の中、郵送室の担当者は首を傾げていた。

「えーっと・・どうしよう・・これ」

「どうしたんですか?」

声に振り返ると、封筒を抱えた大和が立っていた。

「あぁ大和さん。大将宛と記された書留が届いてるんですが、見た事ない差出人なので・・」

「X線と金属探知機は通したの?」

「勿論です。爆発物や機械類、刃物等は入っておりません」

大和は持参した封筒を「投函」と書かれた籠に入れ、担当者から書留を受け取った。

「ビニールコーティングされた封筒なんて珍しいわね・・」

表には太い筆の文字で「大本営大将殿」と記されている。

ひょいと裏返すと、そこには同じく筆で「海底国軍 元首」と書かれていた。

大和は眉をひそめた。

「聞いた事無いわね・・」

担当者も肩をすくめた。

「捨ててしまいますか?」

「ちょっと・・雷さんに聞いてみますね」

 

「海底国軍なんて知らないわよ?」

雷はインカムをつまみながら即答した。

「そうですか・・」

「今時筆で字を書く時点でどんな連中か予想がつくわね。わざわざコーティングまでしちゃうなんて」

「まぁ最近は雨が多いですし、墨は濡れたら字が滲みますからね」

「読まずに捨てると後で本当に来た時面倒だから、適当に中身読んでおいてくれないかしら?」

「解りました」

大和はハサミを借りると、封を切り、中に入っていた紙を取り出した。

その時一瞬だけ、薬品のような強い異臭がした。

「んっ・・」

大和は嗅いだ匂いに眉をひそめつつ畳まれた紙を開いたが、すぐにカタカタと震えだした。

担当者が大和に話しかけた。

「あ、あの、大和さん・・お顔の色が悪いようですが・・」

「・・・ドアを閉めて、内鍵をかけて」

「えっ?」

「今すぐ!ドアを閉めて内鍵をかけて!窓も閉めなさい!」

「はっ、はい!」

大和はインカムをつまんだ。

「・・雷さん、緊急事態です」

「大和?一体どうしたの?」

インカムに耳を傾ける雷が怪訝な顔をしたので、大将が顔を上げた。

「どうした?」

「・・えっ?もう1度、ゆっくり言って。主人に言うから」

「なんだね?さっきの手紙の事か?」

雷は目を瞑り、一生懸命インカムを聞いていたが、やがて目を開けると大将に言った。

 

「この封筒には破滅をもたらす悪魔が入っている。降伏するか、死か、選ぶが良い」

「・・・なに?」

「意志を3月10日正午に示せ。連絡先を記す」

「・・・」

「そう、手紙に書いてあったそうよ」

「・・・」

「あと、開封時に薬品のような異臭がしたって」

「・・・・郵送室か?」

「ええ」

「大和に伝えろ。中にいた人間と共に郵送室に待機。ドアと窓を閉めよと」

「もうやったそうよ。居るのは担当者と大和の2人らしいわ」

「・・バイオテロの可能性がある。郵送室のある資材棟1階を封鎖し、立ち入り禁止に」

「そうね」

「あと、二人は郵送室内で待機。郵送室以外の資材棟1階に居る者は退去後自宅待機に」

「解ったわ」

「二人には定期的に連絡し、様子を聞くように。まずは水と簡易食料をロボットに運ばせろ」

「・・寝袋も、かしら」

「今から絶望させる必要はないが、夕刻を越えて事態が動かなければ要るだろう。タイミングは任せる」

「解ったわ」

雷が部屋を出て行くと同時に大将は中将に電話した。

「中将。落ち着いて聞いてくれ。郵送室でバイオテロが発生した可能性がある」

「さ、先程大和を郵送室に向かわせたのですが・・」

「・・」

「た・・大将殿?」

「その大和君が、開封した郵便物に仕込まれていた」

「!」

「大和には郵送室で待機してもらっている。上層部会を緊急招集してくれ」

「解りました!」

大将は奥歯を噛んだ。

いつもならこういう時に向かわせる筈の881研が今は使えない!

 

 

それから2時間が過ぎた。

 

大和と担当者は、ロボットカーゴが運んできた食料と飲み物を机の上に並べた。

大和はインカムから手を離すと、にこりと笑って言った。

「このフロアのお手洗いは使って良いそうです。助かりましたね」

担当者は苦笑した。

「大袈裟ですよね・・早く笑い話になって欲しいです」

「ええ、そうね」

大和はにっこりと微笑みつつ、恐らくそうはならないだろうという予感めいた物があった。

中将と・・死ぬ前にもう1度だけお会いしたいなぁ・・無理、かな・・

 

 

同時刻、大本営大会議室。

 

大将は緊急招集した上層部会の席で、懸命に平静を保とうとしていた。

海軍中に伝令を飛ばし、あらゆる情報を集めさせた。

ヴェールヌイ相談役も招き、過去のあらゆる資料について問うた。

しかし1時間以上かけて解った事は

 

 海底国軍が何者かは一切情報がなく、不明

 過去にデザイナーズウイルスによる攻撃や罹患例は皆無

 

という2点に過ぎなかった。

つまり大和が感染したかどうかも、どう治療すれば良いのかも解らない。

大将が雷に訊ねた。

「ゾーンBの様子はどうだね?」

「特に変わりないわ。食料と水が届いたそうよ」

「うむ」

郵送室を含む封鎖エリアは「ゾーンB」という呼称で呼ばれていた。

では「ゾーンA」はどこかというと881研地下研究室であり、今なお燃え続けているというのである。

 

「確かに、ゾーンA内には可燃性の試料など、無酸素状態でも燃えうる物があります」

881研の輪泉所長は溜息混じりに首を振った。

「もう火災発生から12時間近く経過しているのだぞ?」

「試料の備蓄量はそれなりにありますし、併設されている無停電電源装置の蓄電池はリチウムです」

「だからなんだ」

「外側の被覆が火災によって失われれば空気中の水分と反応して爆発的に燃焼します」

「・・・」

「温度センサーが全て故障してない限り、この状況を誤報とは言えない。本当に燃えている可能性が高い」

「ううむ」

「それに、このまま火の勢いが止まらなければ、最悪、建物ごと崩れる可能性があります」

「なんという事だ・・」

「とにかく鎮火を待つしかありません。燃えている物によっては水はおろか消火剤でも爆発する可能性がある」

「・・では上のフロアにも」

「足下が燃え、崩れる可能性がある場所に部下を戻せというのですか?」

「そう・・だな・・」

出席者のひとりがついに声を荒げた。

「ええい!だから881研の研究施設を1棟にまとめるのは危ないと言ったのだ!」

「それよりテロ対策班は今まで何をしていたのだ!こんなバイオテロの欠片すら掴んでなかったのか!」

「毎年予算を削減しまくったのは財務部ではないか!必要な活動費も捻出出来んからこうなったのだ!」

大将は部署間の罵り合いを前に1分ほどかけて静かに息を吸い込んでいたが、

 

「黙れ!責任のなすりあいをしている場合か!」

 

と、一括したのでピタリと収まった。

 




表記を1種類訂正しています。

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