・・ガッ・・ガガッ・・
切り替わったモニタに写ったのは青ざめた主任の顔で、その声はかすれていた。
「誰か・・誰か居ないか?」
蛇又は警備員からマイクを受け取ると話しかけた。
「蛇又だ。何があった?」
「良かった・・中将達に・・報告を・・頼みたい」
「何をだ?待ってろ、そっちへ行く」
「来るな・・来るんじゃない・・」
「・・どうしたんだ?」
「お、送られてきた・・検体を・・調べてたんだが・・ゲフッゲフッ!」
蛇又は目を疑った。主任の口から赤い物が散ったからだ。
「救急車を呼ぶ。そこで待ってろ」
「ダメだ・・俺はミスったんだ・・検体に触った針を・・自分の手に・・刺してしまった」
「なんだと・・」
「そ、そんな事は良い・・検体から、未知のウイルスが・・ゲフゲフゲフッ!」
「未知のウイルス?」
「そうだ・・ディ、DNA鑑定結果が出たが・・これはデザイナーズウイルスだ・・」
「デザイナーズ・・ウイルス・・」
「お、俺が咳をしてる以上ここは汚染されている・・もうダメだ・・グッ!ゲフッ!ゲフッ!」
「・・」
「こ、ここを焼き払うから・・地下を封鎖してくれ・・全て燃えるまで誰も入らせないでくれ・・頼む・・」
「待て主任!防護服をつけた救助隊に病院まで運ばせる!警備員!中央防疫病院に連絡!減圧室を用意させろ!」
「は、はい!」
「どうせ俺は手遅れだ・・頼む・・大本営全体に広がれば・・軍が滅びる・・ここで食い止める・・」
「そ・・それは・・」
「へ、蛇又さん・・世話になった・・」
モニタの先で主任が震える手でライターに火をつけた。
「・・ゆ、床に暖房用の灯油を・・撒いた・・皆を・・早く・・頼む・・」
「わ・・解った・・」
「じゃあ・・な・・」
画面の中が火に包まれた後、モニタは地下研究室の火災を示す表示に切り替わり、火災報知機のベル音が鳴った。
「・・くっ!」
蛇又はマイクに向かい、館内に響き渡る火災報知機の音に負けない位の大声で叫んだ。
「館内全員に告ぐ!これは誤報ではない!繰り返す!誤報ではない!直ちに屋外へ退避せよ!」
蛇又が言い終わるかどうかのタイミングで中央監視室の電話が鳴った。
蛇又が取ると所長の声がした。
「輪泉だ。蛇又はいるか」
「私です」
「一体どこの火災だ」
「地下研究室です。主任が自ら火を放ちました。内部がウイルスに汚染された、全て焼き払うと言って」
「・・・防火壁は閉じたか?」
「今、警備員に用意させてます。主任もそう仰ってました。よろしいのですね?」
「・・許可する。この時間なら残っている研究員は少ないだろう。仮眠者も含め確実に避難させろ」
「かしこまりました」
「主任は・・2階級特進だな」
「・・そうして、あげてください」
「解った。では急げ。避難場所で会おう」
「はい!」
電話を切ると、警備員が操作盤の前で叫んだ。
「へっ、蛇又さん!ほ、本当に、本当に地下の防火壁を閉じて良いんですか?」
「構わん!所長許可も出た!」
「で、でも、閉じたら主任さんに逃げ道は無い!焼け死んじまいますよ・・」
「やれ!」
「し、しかし・・・」
蛇又はなおも躊躇う警備員をどかし、防火壁起動ボタンを押した。
ビーッ!ビーッ!・・ビーッ!ビーッ!・・
警告ブザーが鳴り響き、地下の防火壁の状態ランプが、作動中を示す黄色の点滅に変わった。
・・ズン
火炎や爆発にも耐えられるコンクリートの防火壁が研究室の通路を封鎖する鈍い音は、警備室にも届いた。
炎はエリア内の酸素を猛烈な勢いで消費し、代わりに膨大な有毒ガスを出す。
主任は炎を逃れたとしても、数分で窒息するだろう。
「・・・許せ」
蛇又は苦渋の表情を浮かべながら呟くと、警備員に振り向いた。
「俺は棟内を回って残存者が居ない事を確認してくる。全警備員を招集し避難場所への誘導を!行け!」
「はっ、はい!」
「・・・」
火災報知機のベルが鳴り響き、悲鳴を上げて避難する人の中、その目は別の方を向いていた。
少し立ち止まっていたが、やがて人ごみを縫うように、ポケットに手を入れながら見ている方へと歩き始めた。
「・・デザイナーズウイルス?」
「はい。主任は最後にそう言い残しました」
中将と大将、そして雷とヴェールヌイ相談役は、会議室で蛇又達から報告を受けていた。
首を傾げる中将に、大将が言った。
「デザイナーズウイルスとは遺伝子操作されたウイルス、簡単に言えば生物化学兵器だよ」
「・・・艦娘を無力化させる為のウイルス、という事ですか?」
「そういう事だろう。主任の様子を見れば人間にも感染するようだな」
「そ、それは・・つまり」
「我々を壊滅させるつもりだろう。深海棲艦の知能を、甘く見ていたかもしれないな」
雷は黙って腕を組んでいたが、瞼をピクピクさせていた。
ヴェールヌイ相談役は眉をひそめながら天井を睨んでいた。
それはそれとして、まだ何か引っかかる。何だろう?
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