ファッゾは街中を運転していた時、あっと短い声を上げた。
「おっと、テッドに報告しなきゃな。ちょっと寄ってくぞ」
「はい」
「・・と言う訳で仕事には結びつかなかったが、明日から仕事は引き受けられるよ」
「まぁそういうのも良いだろ、連中だって色々思う事はあるだろう」
「燃料代がかからなきゃ好きにしろと言いたいが・・」
「5日も航行すりゃ涙目の額になるだろうな」
テッドとファッゾが会話してる間、ベレーはきょろきょろと室内を見回していた。
それに気づいたテッドが怪訝な顔でベレーに尋ねる。
「嬢ちゃん、なんか珍しい物でもあったか?」
「物っていうか、この香りに覚えがあって・・」
ファッゾは肩をすくめた。
「ここの香りといえば・・葉巻以外ないな」
テッドは懐から葉巻を1本取り出した。
「この香りか?」
ベレーはそっと手に取ると、くんくんと香りを確かめ、頷いた。
「はい。この・・香りです。とても良い香り」
「テッド、この葉巻はどこ産だ?」
「舐めんなよ。キューバ産コイーバ以外の葉巻なんて認めん」
「そういうもんか」
ベレーがじっと手の上の葉巻を見つめているので、ファッゾは言った。
「1本譲ってくれないか、テッド」
テッドは肩をすくめた。
「良いぜ。6000コインだ」
「高っ」
テッドはファッゾがすっとんきょんな声を上げた事に眉をひそめた。
「吹っかけ無しの仕入れ値だ。嘘だと思うならアエロの連中に聞いてみろ」
「テッドを疑ったんじゃなくて、葉巻の高さにびっくりしただけだ」
「お前のBMWの維持費の方が高いだろうがよ」
「趣味の領域か。まぁそうだな。はいよ、6000コイン」
「確かに」
ベレーが首を傾げながら葉巻を見つめていた。
「高い・・葉巻・・良い香り・・うーん」
何か思い出せそうな気がするのに、どうしても出てこない。
翌日。
ミストレルが事務所でコーヒーを飲んでいると、入り口のドアが開いた。
「いらっしゃ・・へぇ、珍しい奴が来たもんだ」
「そう言わないでよ、みっちー」
「みっちー言うなクー、何の用だ」
「僕の事はクーちゃんって呼んで良いんだよ?」
「呼ばねーよ」
クー。
C&L商会の共同経営者の1人である。
ボーイッシュな少女の姿に化けているが、実際は深海棲艦のワ級である。
ただしワ級でも非武装の方なので、積載量はワ級中最大だが戦闘はまるっきりダメである。
ただ、そうも言ってられないのが近頃の海であり。
「ねーねー、ベレーちゃん暇?護衛頼みたいんだけどさー」
「んだよ。護衛ならワルキューレに頼めば良いだろ」
「高いんだもん!僕達のギャラを全部吹っ飛ばしても足りないよ!」
「全員雇うからだろ。ナタリアの姉御なら1人でも受けてくれるだろ」
「えっ!そうなの!?」
「頼んだ事あるぜ」
「ねー口利きしてよー、ナタリアの姉ちゃん怖いんだもーん」
「交渉くらい自分で行けっての」
「うー」
クーが口をへの字に結び、唸りながらミストレルを見つめていると。
「おや、クーちゃんか。久しぶりだな」
「あーファッゾのお兄さんだー」
途端にファッゾが怪訝な顔になる。
いつもは何度言っても「ファッゾのおっちゃんだー」と言うのに。お兄さんだと?
「・・どんな面倒ごとを押し付けに来た?」
「人聞きが悪いなぁ。ちょっとベレーちゃんに護衛頼みに来ただけだよー」
「お前らの護衛にはやらん」
「えー」
ファッゾがすぐさま断ったのは理由がある。
以前、深海棲艦の多く居る海域を運ばねばならないから念の為と、クー達から護衛を頼まれた。
ミストレルは艦娘ゆえ刺激しかねないという事でベレーだけで応じたのである。
ところが、積荷が食料にも関わらず、クー達が杜撰な積み方をしたので匂いで気づかれてしまう。
駆逐艦1隻と食料を満載した非武装の輸送船2隻で飢えた深海棲艦達の群れを強行突破出来る筈もなく。
クー達は運ぶ筈だった荷を全部放り出してほうほうの体で逃げ帰ってきたし、
「ち、血走った目の深海棲艦達に一晩中追い回されました・・私、ご飯じゃない、です」
ベレーは部屋の隅で毛布を被って丸2日間震えていた。
さらに。
荷の受け主だった深海棲艦の幹部は途中で強奪した連中に激怒し、大軍を率いて掃討作戦を開始。
この動きを察知した大本営が急襲作戦を展開した結果、三つ巴の大海戦に発展してしまう。
1ヶ月近く当該海域は危険すぎて航行不能となり、多くのDeadline Deliversが迷惑を被った。
町の誰に聞いても「クーのせいだ」と答えが返ってくる有名な事件である。
元はといえばクー達が大量だから面倒といって積荷のチェックをあまりしないからである。
ゆえに過積載で転覆しかけたり、核廃棄物を運んで後で大騒ぎとなったり。
とにかく日頃からお騒がせなのがC&L商会なのである。
ファッゾはミストレルに言った。
「ほら、クーちゃんがお帰りだ。外までしっかり送ってあげなさい」
「あいよ」
「待ってよー、じゃあせめてナタリアの姉ちゃんに話を通してよー」
「なんでアタシが」
「お願いだよー、こんな健気でボーイッシュな所がちょっぴり可愛い美少女を見捨てるのー?」
ファッゾが肩をすくめた。
「自分で言ってもなあ」
「ほらほら、アタシはやる事あるんだよ。帰った帰った」
「暇そうだったじゃーん」
「1ヶ月前に買って忘れてた雑誌から既に終わった星占いの記事を読まなきゃならないんだよ」
「すっごくどうでも良い用事だよね!?絶対暇つぶしだよね?」
「さーなー」
クーは仕方ないといった表情で懐に手を突っ込んだので、ミストレルは眉をひそめた。
「あん?なんだよ」
「じゃーん!これなーんだ?」
「!!!」