Deadline Delivers   作:銀匙

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さて、ついに6章突入です。

5章までで登場人物に関する紹介が終わり、ようやく「現状」を皆様と共有出来た、とも言えます。
ゆえに6章は、今までの集大成にふさわしいスケールで考えてみました。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、どうぞ。




6章:「Silver bullet」編
第1話


2月4日朝、第9642鎮守府。

 

その朝、窓の外は相変わらず鉛色の空と、一面の雪景色だった。

カタカタと風に舞う窓は頼りなく、小さなダルマストーブの熱と中に居る人達の体温が辛うじて部屋を温めていた。

「司令官、遠征任務・・完了しました。報告書です・・・ケホッケホッ」

司令官は別の書類を睨み、指示を書き込みながら言った。

「お疲れさんな。ところでどうした、風邪か?」

「何日か前から少し喉が痛くて・・うがいはしてるんだけど・・」

「そうか。じゃあ遠征旗艦を交代して、一度きっちり寝なさい。そうだな・・私から神通に頼んでおく」

「ありがとう・・ございます。じゃあ失礼・・します」

ドアの閉まる音がした時、司令官はハッと顔を上げた。

多摩が語尾に「にゃ」を付けてないだと!?

その時、廊下で悲鳴が上がった。

司令官が大急ぎでドアを開けると、那珂に抱きかかえられた多摩がぐったりと倒れていた。

「多摩!どうした!多摩!」

那珂が不安そうに司令官を見た。

「きゅ、急に倒れちゃって・・どうしよう司令官・・凄い熱だよ多摩ちゃん・・」

司令官はテキパキと指示を発した。

「よし。那珂!工廠に先に行って知らせてこい!」

「はい!」

「比叡!そこの担架を持ってきてくれ!二人で運ぶぞ!」

「解りました!」

 

艦娘は年を取らない。

破損は工廠で修理出来るし、バケツを使えば高速化を図ることも出来る。

疲労は間宮謹製のアイスを食べれば瞬時に取り去る事が出来る。

しかし。

艦娘だって不死というわけではないし、病気もする。

狭い範囲で大勢の艦娘が生活する鎮守府という空間は疫病が流行りやすい。

特に空気感染で容易に流行る風邪は引きやすく、その割には集中力や体力の低下といった弊害が多い。

大流行すると鎮守府全体のパフォーマンスが低下してしまう。

司令官の重要な仕事の1つに、重篤な症状を示した艦娘を隔離するという任務があるのはその為である。

その判断が出来るのは工廠に居る妖精だが、多摩を診た医療妖精は首を傾げた。

「風邪にしては意識を失うなんて重篤過ぎるし、インフルエンザの検査は陰性だし・・うーん」

ベッドに横になり、苦しそうに浅い息をする多摩を見つつ、司令官は首を振った。

「数日前から喉が痛かったそうだが今朝まで症状は見られなかった・・隔離した方が良いか?」

「そうだなぁ。念の為、隔離した方が良いかもしれないねぇ」

「・・同室の子達は?」

「症状が出ていればね。多摩ちゃんには解熱剤も点滴してるし、まぁ、インフルでも1週間くらいだしね」

「風邪の予防を今一度徹底させよう」

「そうだね。寒いとどうしても手洗いやうがいを端折りたくなるからね」

 

 

2月8日朝、大本営通信室。

 

通信士は、第9642鎮守府からの緊急警報を受信した。

「こちら第9642鎮守府の司令官です。大至急応援を・・敵の侵攻を受けてます」

「緊急コード確認しました。敵の数などは解りますか?」

「いつもなら・・いつもなら索敵出来るのですが、今は全員が床に伏せてて・・」

「周辺の鎮守府に応援を手配しました。到着まで頑張ってください。あと、床に伏せてるとはどういう事ですか?」

「風邪のような症状を発症してるのですが・・起き上がる事さえ困難なのです」

「それ、本当に風邪ですか?」

「解りません。医療妖精は症例が・・うわっくそおおおっ!」

「・・どうしました司令官?」

「・・・」

「第9642鎮守府、応答願います」

「・・・」

「司令官殿?司令官殿!応答を・・・

 

 

2月11日午後。

 

「これは・・ちょっと気になるね」

ヴェールヌイ相談役は第9642鎮守府が壊滅した事を報告するリポートを読んでいた。

最寄の3箇所の鎮守府から支援艦隊が到着した時には既に鎮守府は陥落し、炎に包まれていた。

付近を哨戒したが、敵は既に居なくなっていたという。

鎮火後に支援艦隊が鎮守府に立ち入ったが、司令官は殺され、艦娘は残らず轟沈し、妖精は消えていたという。

そこまでは珍しくも無いのだが、ヴェールヌイ相談役は最後の司令官と通信士のやりとりに注目した。

「・・・艦娘達が全員、風邪を引いた・・ね・・」

ヴェールヌイ相談役は頬杖をついた。

我々だって風邪を引けば辛いし、通常の集中力など出せるものではない。

だが、自分達を殺そうとしている敵が目前に迫れば生き残りを賭けて戦おうとする筈だ。

いわゆる火事場の馬鹿力というやつである。

それこそインフルエンザで狙いをつけるのが難しかろうとも撃ちまくる事位出来る筈だ。

なのに誰一人起き上がれもせず全滅したとなれば、通信士の言う通り、本当に風邪だったのだろうか?

確かに今は真冬で、第9642鎮守府は北海道の北に位置する鎮守府だったが・・

「ふむ・・」

ヴェールヌイ相談役は席を立った。

念の為、他に症例が無いか、雷に頼んで全ての鎮守府に調べてもらおう。

 

コン、コン、コン。

 

ヴェールヌイ相談役は雷が仕事に使う部屋のドアをノックした。

「開いてるわよ!」

いつもの声、雷の声。

ヴェールヌイ相談役はノブに手をかけたまま軽く目を瞑った。

雷の声を聞くと落ち着く。決して失いたくない、大切な妹。

その為に私は、するべき仕事をしよう。

 

 

 


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