Deadline Delivers   作:銀匙

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第20話

後日。

 

閉店時間となり、工場を閉めたビットはスマホの「幹事君」経由でレイから説明を聞いていた。

「という訳で、鎮守府の方がトラブルになってない事もチェックしといたから。もう心配しなくて良いわよ」

「そうですか。レイさん、色々ありがとうございました」

「そうねぇ、色々したわねぇ」

「ふえっ?あ、そ、そうです・・ね・・そうなんだけどなんか嫌な予感・・」

「じゃあ引き続き、スマホには幹事君をインストールしといて頂戴ね?それで連絡するから」

「えっ?ま、まだ何かあるんですか?」

「何言ってるの。これからじゃない」

「へっ?」

「ほら、極秘の修理とか、881研が開発した兵装の耐久チェックとか色々頼みたい事あるじゃない?」

「うげっ・・どれもメンドクサイ奴・・」

「正直、腕利きのビットちゃんがフリーで居てくれると助かるのよ。渡りに船とはこの事よね」

「あ・・え・・ええと・・」

「なにかしら?」

「頼み事への拒否権は・・」

「そこ、どこのセーフハウスだったかしら?」

「夕張会・・です」

「そうよねぇ。あと、お店開けるまでに色々お金かかったじゃない?」

「ま、まぁクリーニングとか設備のオーバーホールとか・・いくつか・・」

「そんなのたかだか半月店を開けたくらいで元取れたかしら?」

「無理だと思います」

「短期間滞在する為だけにそんなに投資しないわよね~」

ビットはその瞬間、レイの意図に気づいてごくりと唾を飲んだ。

 

あの日。

五月雨達との通信を終え、切なくほろ苦い気持ちでいた私達の元に数人の夕張が現れた。

「ビットさん、体動かしてれば気も紛れますって!」

「ここは元々自動車修理工場だったんです。設備はそのまま残ってるんですよ」

「へー」

「あと、この町には修理屋さんが居ないので、手伝ってくれると助かるって町長さんが!」

「そっ、か・・」

ビットは寂しげに笑った。

確かに何の関係も無い仕事でもしてたほうが気は紛れるかもしれない。

「じゃぁ、やってみようかなぁ」

「それならお掃除とか機械類の調整とか手配しちゃいますね!」

「あ、うん、お願い出来る?」

「任せてください!」

そう言って夕張達は次々と業者を手配し、あっという間に店を綺麗に仕上げていった。

開店を告げるWebチラシまで手配していた事にも驚いたが、開店当日から地味に客が来た。

本当に修理屋のニーズがあったのねと、少しずつ増えていく依頼に手ごたえも感じていた。

ビットはジト目になった。

ってことはレイさん・・既にあの時点で布石を打ってたって訳ね。いやもっと前からか。

ビットは溜息をつき、恐る恐る訊ねた。

「あの、続けるならお給料とかは・・・」

「依頼する時はしばらく生活出来る程度のギャラは支払うわよ?」

「それなら・・依頼が無い時の生計立てないと・・工場の売上だけで間に合うかなぁ」

「そんなに依頼と依頼の間が空くと思うの?」

「そんなに頼むつもりなんですか?まさかレイさん・・自分が面倒な仕事を押し付けようって」

「あ、中将さーん・・」

「止めて止めて止めてごめんなさいごめんなさい!」

「うそよ?」

「・・はぁー」

「まぁ、毎月何がしかの依頼は出すと思うけど、それ以外の時間をどうするかは任せるわ」

「基本的には工場開けとくけど、休日とかにも設備は適当に使って良いかしら?」

「好きにして良いわよ。あぁ、そこ、今度から夕張会の外部倉庫も兼ねる事にするから」

「へ?」

「今まで大本営の倉庫で預かってた物とか、会員が置き場所に困った色々なブツを送るからよろしくね?」

「・・・よ、よろしく・・って?」

「もちろん、それらの管理よ?それで家賃チャラにしてあげるから」

「えー・・なんか取ってつけたような・・」

「雷さーん」

「ひぃー!やりますやりますやりますありがとうございます!」

「じゃ、二人でよろしくね。幹事君の更新もサボっちゃだめよ?自動更新にしておくこと!」

「はーい・・」

「あと、たまには会員の子達と遊びに行くからね!」

「・・はーあ、やっぱりレイさんにはかなわないなぁ」

「なにが?」

「交渉事でレイさんに勝てる夕張は居ないって話です」

「今更何言ってるのよ・・だからこそ大本営に引き抜かれて何十年も居続けてるんじゃない」

「まぁそうですけど・・もう会長って名乗って良いんじゃないですか?」

「バカねぇ。かっこいいフィクサーってのは表に出ないものなのよ?」

「もう充分会員の子達は知ってると思いますけど?」

「違うわよ。夕張会の外に対してよ」

「外?」

「私が実質決定権を持ってると気づかれたら、夕張会操りたい奴が私に圧力かけるに決まってるでしょ」

「あー・・大本営ですもんねぇ」

「そんなのマッピラよ。まぁ・・ゴタゴタ言ってきても負けないけどね」

「ですよねー」

「というわけで、そこの管理も任せたからね」

「はーい」

「あ、そうだ。後で山甲信用金庫の担当者が説明と手続きの為に行くから応対してね」

「山甲信用金庫?先日口座作りましたけど、他にも何か?」

「それは貴方達の工場の為でしょ」

「ええ」

「今回の訪ねてもらうのは夕張会とのつながりに関してよ」

「はぁ」

「貴方達に雷会とかから直接支払わせる訳にいかないでしょ。夕張会を通した後に処理してもらうのよ」

「へー」

「・・イマイチ意味解ってないでしょ?」

「全然」

「まぁ指示に従って。後、お金があるからって工具に投資し過ぎない事。しっかりチェックするからね?」

「うっ・・だ、だだ、大丈夫ですよー?」

「・・そうだ、島風ちゃんに念押ししておこうかしら。ビットちゃんは小遣い制で良いって」

「良いです良いです余計な事しないでください」

「うん、やっぱり言っとくわ」

「げっ」

ビットは妖精達から貰ったスーツケースの事を思い出した。

逃走初期こそビットが持って使っていたが、60万コインもする塗装キットを衝動買いした時、

「ばりっち!無駄遣いしたらダメ!私が持ってるからね!」

アイウィがそう言ってどこかへと隠してしまったのである。

とはいえ、そのキットがあった事でオープン当時の板金対応が出来たので胸を張ったのだが、

「そういうの、怪我の功名って言うんでしょ?まぁお財布の管理は任せてよ、ばりっち!」

と、アイウィは簿記のテキストを手に笑顔で言い切った。

「もうちょっと工具に投資してもバチは当たらないわよねぇ・・ねぇ、そう思わない?」

ビットはそう、妖精達に同意を求めたが、

「あー・・ぜ、銭の管理に関しては師匠よか、なぁ・・」

「ま、まぁアイウィちゃんも仕事がねぇとヒマだしよ、分担する方が良いんじゃねぇか師匠?なっ?」

と、目を逸らされた。

妖精達は良く見ているのである。

こうしてビットとアイウィの二人は、この港町で夕島整備工場の商売を今も続けている。

 

そして。

司令官はあの日以来、動揺する事態があってもぐっと堪えてから言うようになったという。

「悪いクセを抑えられるようになりましたね、司令」

「もう・・大切な部下をあんな形で失いたくないからなぁ」

「で、今日の最後の建造レシピも駆逐艦と軽巡ですか?」

「諦めが悪いと言われるのは解ってるが・・」

「そんな事無いですよ、司令」

 

そう。

あの日以来、司令官は夕張と島風を再び迎えるべく、ずっと建造レシピを回している。

だが今日に至るまで、建造どころかドロップでさえも、不思議と島風も夕張も来なかった。

指令書に押印しつつ溜息をつく司令官の肩に、霧島はそっと手を置いた。

「きっといつか、またあの子達が来てくれますよ、司令」

「そうだと良いんだけどな・・」

悲しそうな顔の司令官を見ていると、つい二人が無事で居る事を伝えたくなる。

だがそれは全てをひっくり返す事であり、その先が良いとは思えない。

皆の総意で出来上がった現在を壊す事は無い。

「じゃ、このレシピで頼むよ、霧島」

「かしこまりました司令、それでは工廠に指示して来ます」

「うん」

ペンを取った司令官を見て頷いた霧島は、静かに司令室を出た。

分厚い雲間から見える遠くの空は、黄金色に染まっていた。

「この場合、明日は良い天気なのでしょうか・・やっぱり雨なのでしょうか」

霧島は少しだけ首を傾げた後、工廠へと歩き出したのである。

 

 

 




終了、です。

物語としては鎮守府の方とビット達二人の支援者をしっかり描写する方に重点を置きましたので、ビット達の登場率は少なめです。
脱走した人達の周りは何を感じ、どう思い、動いていったのか。
その辺りが伝わっていれば幸いです。
皆様は如何お感じになったでしょうか。
コメントお待ちしております。


さて、次の章は、集大成にふさわしいシナリオとしたいんですけど、それゆえに編纂に難儀しております。
その為、明日の公開は厳しい情勢です。

あまり間隔を空けないよう頑張っておりますので、励ましのコメントとかお気に入り登録とかして頂けると大変嬉しく思います。

では、では。

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