浜風達を呆然と見送っていた霧島の横に妖精が並んだ。
「あの様子なら心配ねぇんじゃねぇか?」
霧島は肩をすくめた。
「まぁ・・そうでしょうね」
「それにそもそも、このまま持ってっても役立たずだけどな」
「・・と言いますと?」
「ここに置く時は全部発射装置をバラしてあるんだよ。そのまま持ってって弾込めても撃てねぇんだ」
「・・なるほど。そういえば装備する時、皆さんが必ず作業されますね」
「うちだけのローカルルールだがな。ま、庫内で万が一にも暴発しない為の独自対策って奴だ」
霧島はそっと、戸口の方を見て言った。
「だそうですよ、早霜さん、高波さん」
「「!!」」
そっと陰から出てきた二人を見て、妖精達はニッと笑った。
「ここは俺達のフィールドだ。心配しねぇでゆっくりねんねしな!」
高波がそっと頭を下げた。
「ありがとうございます。早霜も私も、そろそろ、限界かも・・です」
霧島がにこっと笑った。
「二人とも、良く出来ました。さ、後は私達に任せて、ゆっくり眠って良いんですよ」
妖精が霧島の方を向いて言った。
「霧島ちゃんも朝から働いてしんどいだろ?良いから一緒に帰んな。俺達は夜勤組だし応援は頼んであるんだよ」
「・・えっ?そうなのですか?」
妖精がひゅいっと口笛を吹くと、
「夜戦なら任せといてっての!」
そう言いながら、フル装備した川内が空を舞って霧島の隣にスタリと着地した。
妖精はニヤリと笑った。
「夜の川内ちゃんほど頼りになるやつはいねぇからなぁ」
「でっしょ!皆もっと夜戦すべきだよね!」
霧島は頷いた。妖精達は誰に何を言えば良いか良く解っている。
先程も不知火は妖精達の言葉に相当動揺していた。だからこそ説得する隙が出来たのだ。
「ではすみませんが、川内さん、妖精さん、ここはお任せしますね」
「任せといて!」
「おうよ、おやすみっ!」
霧島は高波達に振り向いた。
「では3人で、寮に帰りましょうか」
高波と早霜はほっとした顔で微笑み返した。
戦艦寮の入り口で、早霜と高波は霧島に頭を下げた。
「重ね重ね、お手数をおかけいたしました」
「助けて頂いて、ありがとうございます、です」
霧島は小さく首を振った。
「いいえ。今度の件、早霜さんの機転でここに居る皆が救われました」
早霜は黙って霧島を見返したが、その目は揺れていた。
「鎮守府の皆を代表して御礼申し上げます。ありがとうございました」
霧島がきちんと頭を下げたので、早霜達もつられて頭を下げた。
「では、明日も任務がありますし、そろそろ休みましょう」
「はい。おやすみなさい、です」
「・・・」
霧島と分かれ、駆逐艦寮に歩く途中、早霜がふと立ち止まった。
高波が早霜に近づくと、早霜の頬を1筋の涙が伝っていた。
高波はその小さく震える背中を優しくさすりながら言った。
「早霜ちゃん、認めてもらえて良かったですね」
「・・わっ、私・・」
「霧島さんは、頑張った事は、ちゃんと見てくれているかも」
「姉さん・・だって・・見てくれてた」
「・・」
「だから・・だから・・」
「無理に言葉にしなくても、解ってるから大丈夫・・かも?」
「こっ・・こんな時くらい・・疑問系は止めてください・・」
「口癖かもー」
「・・うふふっ」
「やっぱり、早霜ちゃんには笑顔が似合うのです」
「は、はい」
「帰りましょ」
「はい・・姉さん」
二人はどちらともなく手を繋ぐと、ゆっくりとした足取りで部屋へと帰って行った。
翌朝。
背後から氷のような目をした浜風に睨まれつつ、不知火が霧島と金剛の部屋を訪ねてきた。
「金剛さん、霧島秘書艦。しっ、不知火の落ち度を認めます。申し訳ありませんでした」
不知火は震えながらそう言うと、深々と頭を下げたのである。
テーブルを挟んで座っていた霧島と金剛はぽかんとして顔を見合わせていたのだが、
「・・続きはどうしました?」
という浜風の低い低い声に不知火はびくりと肩を震わせると、続けた。
「ごっ、ごごご迷惑をおかけいたしました。ご指示に従いますので、どうか、あの、許して頂けないでしょうか・・」
霧島が苦笑しながら答えた。
「大丈夫ですよ。解ってくだされば良いので・・えぇと、もしかして徹夜ですか?」
「・・・」
不知火は何も言わなかったが、僅かに目だけ背後の浜風の方を示したので、霧島は理解した。
「解りました。勿論許しますし・・お二人とも1900時の遠征開始まで何も無いので、ゆっくり眠ってください」
不知火は地獄に仏を見たような顔で霧島を見返すと、何度も頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます。では、その、失礼します。お邪魔致しました」
・・・パタン。
霧島は不知火があんなにも真っ青になって怯えているのを見た事がなかった。
確かに、普段の浜風は一歩引いているような、真面目だが大人しい子である。
そういう子が怒った時のパワーは時に想像を絶する事がある。
とはいえ、敵戦艦さえひと睨みで萎縮させるほど腹が据わり、攻撃能力の高い不知火である。
昨晩も正直自分は押されていた。
浜風は一体何をどうやったのだろう・・・ちょっと知りたい。
だが、その考えは
「やっとミッションがFinishした気がしマース。紅茶が飲みたいネー」
と、金剛が背伸びしながら言ったので、そこで打ち切った。
「今日の昼過ぎには榛名姉様と比叡姉様も揃いますから、久しぶりにお茶会を開きませんか?」
「YES!それなら軽食を用意しておきまショー!」
「ええ、厨房をお借り出来るか間宮さんに確認してきますね」
霧島は廊下を歩きながらホッと息をついた。
悲しい事もあるが、今の生活はとても大事なものであり、失いたくない記憶だ。
時は戻らないし、鎮守府としては二人も失ってしまったが、最悪の展開は避けられた気がする。
私も、秘書艦として、戦艦として、もっともっと頑張っていかねばなりませんね。