Deadline Delivers   作:銀匙

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第2話

 

司令官に応対していた妖精が肩を回しながら言った。

「やー、何とか誤魔化せたかな。毎回とぼけるのも肩が凝るぜ」

「お疲れお疲れ。解体作業にドックなんざ要らねぇが、ロクに来ないから知らんだろうしな」

「まぁ霧島ちゃんは解ってたみたいだけど黙っててくれたし」

「さて、ひとまず時間は稼いだが、どうしたもんかな・・」

「夕張さんは出航時以外はずっと俺達の作業を手伝ってくれたからなぁ」

「今度の事だって修繕の技量を上げたくて始めた訳だしよ・・」

「まぁ敵を直すってのはアレだが、止められなくなった理由もなぁ・・言えねぇけど」

「実際、アレをやったおかげで幾つか重要な発見もあったしな」

「そもそもあれだけ鎮守府の為に尽くしてきたってのに、その功績を全く評価しねぇってのが頂けねぇ」

「司令官が落ち着いてくれりゃ話し合いの材料はたんまりあるが、暴走機関車じゃどうにもならん」

「最悪・・昇天に見せかけて帰属させちまうか?」

「それじゃLV1になっちまうし、今までの勉強で得た記憶が飛んじまったら可哀相じゃねぇか」

「じゃあどうするんだよ」

「良い手がありゃとっくにやってるよ」

 

その時、工廠のドアが開いたので妖精達はびくりとして入り口を見た。

そこには思いつめた表情をした島風が居たので、ほっとしつつ妖精達は声をかけた。

 

「どうした島風ちゃん、タービンの具合でも悪いのか?」

「・・」

「うん?」

「ば、ばりっちを、どうにかして逃がしてあげたいの。手を貸してください!」

そう言って頭を下げた島風を前に、妖精達は顔を見合わせると、うむと頷いた。

「・・よし。俺達も夕張さんには恩がある。一肌脱いでやるぜ」

「あ、ありがとう!どうしたらいいかな?」

妖精の一人がにやりと笑った。

「今夜のメニューはカレーうどんだったよな・・」

「んー・・そうだっけ?」

「霧島ちゃんは今頃司令官をなだめるので精一杯の筈だ」

島風が頷いた。

「だと思うよ・・司令室から怒鳴り声が外まで漏れてたもん・・」

「おい、人間用の眠剤まだあったか?」

「へ?えぇと・・おぅ、バッチリ有効期限内のラボナがあるぜ」

「艦娘用は?」

「そっちは良く使うからたんまり備蓄してある。軽く500回分はあるだろうよ」

別の妖精が意図を察してのけぞった。

「お、おいおいおいおい、それヤバくねぇか?」

 

眠剤。

 

睡眠薬の事である。

海軍が鎮守府向けに支給する眠剤は市販薬のそれとは効きが明らかに異なる。

ストレスや興奮状態にある艦娘を寝かしつけたり、遠征の為昼から眠る等に用いる為、効きは強烈なのだ。

なお、最も多く適用されるのは川内であるが、それは他の艦娘がうるさくて眠れないと苦情が出るからである。

問われた妖精は肩をすくめながら言った。

「構うこたぁねぇ。万が一の失敗も許されんし、チャンスは今夜1度きりなんだぜ」

司令官に応対していた妖精が言った。

「ちょっとさぁ、司令官に日頃のお返しってやつをしてやりたいんだがなぁ」

「なら司令官には大盛りで入れてやっか?」

「ヒグマも一発で寝ちまうくらいな」

「もう起こさなくて良いんじゃねーか?」

「さすがに永眠はまずいだろー、大本営にバレねぇ程度にしとけよー」

妖精は大抵、こういうイタズラに目が無いものである。

島風は良いのかなあと思いながらも、他に策も無かったので妖精達のプランに乗る事にしたのである。

 

「これよりオペレーションヒグマを開始するぜ!」

「おー!」

 

工廠を仕切る妖精の掛け声を合図に、作戦が始まった。

 

この鎮守府では出航中の艦娘を除き、2000時に食堂で全員揃って一斉に食べる慣わしであった。

ただし司令官と秘書艦は同じく2000時に食べ始めるが、食べる場所は司令室である。

唯一、食べるタイミングが遅れる例外は司令室に夕食を届ける艦娘である。

そして今夜、その当番は着任したての羽黒であった。

どこの鎮守府でもそうなのだが、着任したての羽黒は極端なあがり症である。

司令官が何気なく声をかけたつもりでも

 

「ごっ、ごごっ、ごめんなさい!」

 

といって赤面したまま部屋を飛び出してしまう事も割と普通である。

妖精達はこの点を上手く使って役を代わってこいと島風に命じたのである。

 

重巡寮の外の通路で、島風は羽黒を見つけた。

確かに日が沈んで久しいが、なんだか羽黒の周りだけ闇が濃いように感じた。

 

「ねぇ羽黒ちゃん」

「ひっ!ひゃい!ななななななんでしょうか!?」

 

島風は真っ青な顔でびっしびしに緊張している羽黒を見て可哀相になってきた。

夕食時間前から既にこの調子では、司令室に持参する途中で盛大に転びそうだ。

 

「あ、あのね、私来月の22日に司令官に晩御飯を届ける当番なんだけど」

「えっ、ええ・・」

「その日どうしてもお休みを貰いたいの。だから急な話なんだけど、今晩と当番代わってくれないかな?」

 

地獄に仏とばかりに晴れやかな笑顔になった羽黒はすぐに交代を承諾してくれた。

そして何度も頭を下げると、それまでとは打って変わって鼻歌交じりに歩いていった。

 

「よっぽど司令室に行きたくなかったんだね・・まぁ今夜の状況考えるとそうだよね」

 

ともかく、提督と秘書艦に食事を渡し、かつ食べるタイミングが異なる役割は自分が握った。

勿論食べるつもりは無い。

夕張は既に自室で軟禁状態だから食べられない。

島風は頷きつつ、妖精から渡されたトランシーバーに話しかけた。

 

「こちらアイランド、こちらアイランド、鳥は羽ばたいた。繰り返す、鳥は羽ばたいた」

「了解した。これよりダンデライオンに粉雪を降らせる。ヒグマに引導を渡す役を滞りなく遂行せよ!」

「う、うん」

「うんじゃない!了解だ!」

「りょ、了解」

「よし!通信を終わる!」

 

ノリノリの妖精達は語尾にも細かいのである。

ちなみにダンデライオンはカレーうどんのスープの隠語と説明された時、その理由を尋ねた島風に妖精は

 

「色だよ色。同じ黄色だし」

 

と答えたそうである。

 

 

 

 


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