Deadline Delivers   作:銀匙

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本日から新章をお届けします。

なお、本章はややシリアス成分が多めです。
(スプラッタ等の成分はありません)
シリアスは苦手だなあという方は次章までお待ちください。
それでは、始めます。




5章:「夕島整備工場」編
第1話


現在。

すっかり夜も更けたある日の事。

ぐいっと背伸びしつつ、工場から出てきたビットは事務所のアイウィに声をかけた。

「今日も仕事したわぁ・・島ちゃん終わった~?」

整然と立てられた書類の隙間からアイウィの生返事が返ってきた。

「ん~まだかかる~・・あと1時間くらい~」

「山下食堂閉まっちゃうわよ~?」

ビットの一言にがばりと顔をあげるアイウィ。

「うえっ!?もうそんな時間!?」

「もう2040時だもの~」

「あうぅ終わんないよぅ」

「じゃあファッゾさんに・・あ、もう宅配やってないんだっけ・・」

 

そう。

ファッゾがなんでも屋だった頃、夕島整備工場の二人は

 

「山下食堂のお弁当を2人分お願いします!」

 

という依頼を、特にこういった繁忙期には毎晩のように行っていた。

ファッゾが何でも屋を辞めた時は閑散期だったので

 

「そっか、じゃあしょうがないわね」

 

と、笑顔一つで送り出したものの、後で非常に困ったのである。

他のなんでも屋に頼んだ事もあったが、お釣りを誤魔化されたり中身がぐちゃぐちゃだったりで、

 

「もう頼まない!」

 

と、なってしまったのである。

そして今夜も、山下食堂までの移動時間を考えれば猶予は少なかった。

アイウィは帳簿に付箋を貼るとパタンと閉じた。

「無い物ねだりしてもしょうがないよ!行こっ!ばりっち!」

「そうね。シャッター閉めとくから車回しといてくれるかしら?」

「はーい!」

 

 ガラララ・・カシャン。

 

最後のシャッターを閉めた時、ビットの背後で車が止まった。

振り向いたビットはにこりと笑った。

「ピッタリね。じゃあ行きましょ!」

「うん!早く乗って!」

ビットが急いで助手席に滑り込むと、アイウィは軽トラを発車させた。

「「レッツゴー!」」

今でこそ普通に暮らしている二人だが、今回はその始まりを見てみよう。

 

 

 

その昔。

ビットがまだ夕張として鎮守府で勤務し、深海棲艦を修理していた事が明るみになった日の夜。

工廠から司令官が妖精達を怒鳴りつける声が漏れ聞こえていた。

 

「それならさっさとドックを空けろ!」

「いやぁ、先程大破の4人を入渠させたばかりで、バケツを使わない限り、後14時間は無理ですねぇ・・」

「バケツなんか残ってるわけないだろ!それに修理と解体は並行出来るだろ!」

「それが解体専用ドックがちょうど今修理中でして・・」

「うるさい!さっさと夕張を解体しろ!昇天させて跡形も残すな!」

「えっ?転属か帰属か昇天かは艦娘に決める権利があるんですが・・」

「あんな事をした奴に選択の権利など与える必要は無い!それより早く修繕処理を中止せんか!」

「修繕処理は一旦始めると後は自動化されているので中止は出来ないんですよ・・」

「こんの役立たずがー!」

 

司令官に同行していた秘書艦の霧島は司令官の右斜め後ろに気配を消して控えていた。

司令官が赤鬼みたいに興奮している時には関わらない方が良い事を霧島は良く知っている。

そしてこういう時、司令官は自らが言った事をロクに覚えていない事も知っている。

更に言えば、こういう時、視界の左半分は良く見てるが、特に右後ろは気が回らない事も知っている。

だからここでじっとしていたのだが、司令官が急にくるりと振り向いたのでびくりとしてしまった。

「おい霧島!」

「あ、あー、はい、なんでしょうか」

「夕張を工廠の隅で撃て。他の奴らに気づかれないようにな!」

「・・・は?」

ぽかんとした霧島を見て、司令官はますますヒートアップした。

「解らんのか!?解体出来んなら轟沈させるまでだ。お前ならやれる!霧島っ!」

「お言葉ですが司令、私達は僚艦である夕張さんを攻撃する事は出来ません」

「命令だといってるんだ!」

「兵装は討伐を目的とした出撃時に、深海棲艦相手に限って使用出来ます。もしそれが破れるのなら・・」

霧島はくいとメガネを上げて続けた。

「例えば、興奮して手に負えない司令にも撃てる事になりますが?」

司令官はごくりと唾を飲んだ。

「お、俺の事を言ってるのか霧島?裏切るのかっ!?」

「たとえ、です」

霧島は澄ました顔で言い切ったが、実は兵装の使用に際し、特段制約というものは無い。

射撃演習や艦娘同士での実弾演習なども行うのだから当然である。

だが、僚艦を射殺するなどという暴挙を大本営が許す筈は無く、露見すれば司令官と共に憲兵に連行される。

そして当然経緯について尋問を受けるし、夕張がした事が明らかになる方が大問題である。

司令官はそんな事も解らぬ素人ではない。既に中堅以上の立場なのだから頭も良く回る。

ただしそれは、冷静な時に限るという前置きがつく。

普段は良い上司ゆえ、興奮した時に適当な思い付きで命じるクセには毎回溜息が出てしまう。

本音を言えば平手で一発叩いてでも落ち着かせたいのだが、上官に具申するのはこれが精一杯だ。

霧島は目を瞑った。艦娘稼業も楽ではない。

司令官は霧島から妖精に向き直った。

「ええい!どいつもこいつも減らず口ばかり叩きやがって!おい妖精!」

「なんでしょう?」

「ドックが空き次第!すぐに夕張をぶちこめ!良いな!」

「解体処理、ということですか?」

「他に何があるってんだ馬鹿!この場面で近代化改修するとでも思うのか!」

「はぁ・・まぁ・・しばらくかかりますがねぇ・・」

「くんぬぅぅぅぅぅ!」

 

こうして司令官は怒髪天のまま乱暴に工廠のドアを開けると、大股で出て行った。

秘書艦の霧島は工廠の妖精達に向かって頷くと、小走りに司令官の後を追っていった。

残された妖精は肩をすくめ、その周りに他の妖精達が集まってきたのである。

 

 

 


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