Deadline Delivers   作:銀匙

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第13話

 

「・・ベレー」

「ハイ」

とっぷりと日も暮れ、帰途の途中でミストレルはベレーに声をかけた。

「お前、さっきのは嘘、だな?」

「エッ?」

「・・楽しい記憶は残るってやつ」

ベレーは少し俯きつつ頷いた。

「・・ハイ」

「ああでも言わなきゃ隼鷹が潰れちまうのは見えてたから、ダメだとは言わねぇ」

「・・」

「・・いや、そうじゃねぇな。ごめん」

「?」

ミストレルはぐいとベレーを引き寄せた。

「ワッ」

「良いフォローだったぞベレー。アタシのダチを助けてくれて、ありがとうな」

「・・ハイ。デモ、嘘ツイテゴメンナサイ」

「なぁ」

「?」

「ほ、本当はさ、さっき言ったような事を覚えてたりするのか?」

「ンー」

しばらくベレーは考えていたが

「・・ドチラカトイウト、沈ンダ状況ダッタリ、同僚ノ嫌ガラセダッタリ、アンマリ良イ記憶ッテ残ッテナイデス」

「・・そっ、か」

「断片ダケノ記憶デモ、コンナニ変ワリ果テテデモ、何カ強イ思念ガ残ッタノガ私達デスカラ」

「・・」

「タダ」

「ただ?」

「残シテキタ後輩ヲ守リタイトイウ、物凄ク強イ思イヲ持ッテタ人モ居マシタ」

「・・へぇ」

「命令ヲ遂行出来ズニ終ワッタ事ヲ謝リタイッテ子モ居マシタ」

「・・」

「昇天スル前ニ、モウ1度ダケ鎮守府ヲ見タイッテ子モ」

「・・」

「タダ、自分ガ沈ンダノハ司令官ノセイダカラ、道連レニシテヤルッテ子ガ一番多カッタ気ガシマス」

「・・そっか」

ベレーとミストレルは、そっと空を見上げた。

漆黒の空の中で星は白く、宝石のように瞬いていた。

 

出航してから5日後。

 

隼鷹と分かれた二人が港に戻ってきた時、ファッゾは二人が喧嘩でもしたのかと首を傾げた。

珍しく黙りこくっていたからだ。

3人で車に乗り、港から帰る途中、そっとベレーが口を開いた。

「ファッゾさんは司令官時代、部下の艦娘さんが沈んだ事はありましたか?」

ファッゾは首を振った。

「俺は超のつく臆病司令官だったからな。LV20までは演習しかさせなかったし」

「・・」

「小破になったら撤退させてたからな」

ミストレルが苦笑交じりに言った。

「それはちょっと臆病すぎねぇか?」

ファッゾは笑った。

「よく言われたよ。まだ行けるってな」

「・・」

「だが、行けるかもしれないのと、行って大丈夫というのは違う」

「・・」

「轟沈の方程式が解明されてない以上、可能性があるなら撤退させるべきだと思ったのさ」

「・・」

「まぁ世間的には中破までは大丈夫と言われてるがな」

「ああ」

「そういうのとは別に、港に服が破れるような痛々しい姿で戻ってくるのが可哀想でならなかった」

ベレーが微笑んだ。

「ファッゾさんらしいですね。優しい司令官は好かれますよ」

ファッゾは微妙な顔をしながら答えた。

「だが結局、俺がクビになった時点で鎮守府は閉鎖、皆もLV1化されてバラバラに異動していった」

「・・」

「だからあの鎮守府の記憶を持ってるのは俺1人だ。まぁ、その方がいいけどな」

「・・」

ミストレルは頭の後ろで両手を組んだ。

「現場でどうあれさ、進撃するか否かは司令官の判断じゃん」

「あぁ」

「だとしたらさ、艦娘が轟沈した事に僚艦が責任感じなくてもいいよな」

「そうだな。轟沈は司令官の采配ミスだ。ただ」

「ただ?」

「仲良しであれば、そんな事言ってられないだろう」

「・・」

「同じ艦娘を建造出来たとしても記憶までは戻ってくれない」

「・・」

「実際、司令官同士の連絡会ではさ」

「?」

「姉妹や友人を失った艦娘が著しく士気低下する例は、少ないが報告されてたよ」

「・・そっか」

「司令官が一番やってはいけない事が艦娘を沈めてしまう事だ」

「・・」

「俺のへっぽこな履歴で唯一自慢出来る点は、誰も沈めなかったってことだけだ」

「・・」

ベレーがポツリと言った。

「私の僚艦達は、やっぱり悩んだのかな・・」

「仲良しが居たのかい?」

「・・正直、良く覚えてないんです。でも、誰か居たような気がして」

「ただ、沈んだ事をベレーが気に病む理由はないよ。ベレーは命令通り戦ったんだからね」

「・・はい」

「俺は今までも、これからも、誰も沈めない。そんな事になるんなら農家に転職する」

ミストレルとベレーが怪訝な顔をした。

「農家?」

「ああ。それなら海戦とはおさらば出来るだろ?」

ベレーが首を傾げた。

「みんなでサツマイモ作るんですか?」

「なんでサツマイモ限定なんだ?」

「なんとなく」

「まぁサツマイモでもキャベツでも良いんだが、何をしても生きていけるってことだ」

「・・」

「だから二人とも海に拘るな。この町に拘るな。手段に拘って命を軽んずるなよ」

ミストレルが肩をすくめた。

「ま、ファッゾがそう言うんならその通りにするさ」

ベレーがくすくす笑った。

「艦娘や深海棲艦に畑仕事させる司令官ですか。聞いたこと無いですね」

ファッゾがニッと笑った。

「意外とミストレルって農家ファッション似合いそうだよな」

ミストレルが怪訝な顔になった。

「ああん?農家ファッション?」

「頭にタオル巻いて麦わら帽子、両腕はゴム手袋、上は長袖シャツに割烹着、下はモンペで長靴履き」

ミストレルが一気にジト目になった。

「どういう意味だよファッゾ」

「可愛い子は何着ても似合うって事だ」

「んな格好似合いたくねぇよ」

「案外気に入るかもしれんぞ?これからホームセンターに買いに行くか?」

「いらねーって!」

ベレーはやり取りを聞きながらくすくす笑っていたが、ふと気がついた。

ファッゾは私達が暗い顔をして帰って来たので、気を紛らわせようとしているのではないか。

・・うん、きっとそうだ。

だってファッゾさんは優しいから。

「・・・ダンケ」

ファッゾの背中に向かってぽつりと呟いた後、ベレーははっとした。

ニ級になってからドイツ語なんて1回も口をついて出てきた事なんてなかったのに。

 

「ああっ!?」

 

ファッゾがそう叫んだので、二人はびくりとした。

ミストレルがそっと訊ねた。

「な、なんだよファッゾ?」

ファッゾは嫌そうな顔でミストレルに振り向いた。

「燃料代・・2割上がったんだ。27日から」

「ゲ」

「ところで聞きそびれたが、5日間行って何か仕事に結びついたのか?」

音速で目を逸らすミストレルとベレーを見て、ファッゾは溜息をついた。

「やっぱりな。じゃあ燃料代の分だけ赤字か・・」

ミストレルがファッゾに向き直って言った。

「ほ、ほら、損して得取れって言うじゃんか」

「得は取れたのか?」

「その辺はこれからって事でさ」

「・・当面、装備は15.2cmのみな」

「魚雷も無しかよ!?」

「高いからな」

「そんな装備で戦域いけねぇだろうがよ」

「だから戦域へ行くな。修理代も浮く」

「稼げねぇだろ!?」

「安全航路の臨時チャーター便だって沢山ある。ドラム缶3セット積めば結構入る」

「・・あれつまんねぇんだよ」

「仕事とはそういうものだ」

「ドカンと1発稼げば一気に赤字解消できるって」

「ドカンと稼ぐ話は修理代も経費もドカンとかかるだろ。チャーター便の方が利益率は高いんだぞ」

「いーやーだー、ずっとチャーター便なんていやだー」

「わがまま言うな。今回の燃料代ミストレルのペイから引くぞ」

「やめろー」

ベレーは溜息をついた。

これは自分が地味に稼がないといけないパターンだ。

でないとまた家財を売る羽目になる。

 

 

 


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