Deadline Delivers   作:銀匙

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第37話

翌日。

 

「テッド様、ナタリア様、お迎えに上がりました」

「おぉ、よろしくな」

「えぇ。龍田さんとの会見場所も完璧かしら?」

「もちろんです。さ、車にどうぞ」

 

そして。

 

「ナタリアさん達のおかげです、ありがとうございました~」

「どういたしまして」

 

応接セットのソファに座り、静かに頭を下げる龍田。

その後ろに立って控える文月と不知火。

龍田の向かいにはきちんと座るナタリアが居た。

これだけ書くと和やかな雰囲気にも取れる。

だがナタリアの笑顔は硬く、こめかみの辺りがピクピクと痙攣していた。

一方で不知火は緊張と警戒のあまり眉間にシワを寄せ、ナタリアを睨みつけていた。

龍田がにこにこ顔のまま、すっと顔を上げた。

「テッドさんには随分刺客が来てたみたいですね~」

「63人ほどね。特に最初の2年は57人も始末したわ」

「あらぁ、それは多かったですね~」

「ロハでやるにはちょっと酷すぎるんだけど?」

ロハとは「只」という漢字を上下に分けてカタカナ読みしたもので、無償という意味のスラングである。

龍田が薄く目を開けた。

「なるほど・・では何をお望みですか?」

「貴方達の鎮守府では艦娘も深海棲艦も人間に戻せるのよね」

「そうですね~」

「じゃあ逆は出来ないのかしら?」

「逆と、仰いますと?」

「人間を艦娘または深海棲艦に、よ」

不知火がぎくりとした顔になり、文月が薄く目を開けた。

龍田はこくりと頷いた。

「出来ますけど~?」

予想外にあっさり龍田が認めた事に内心焦りつつも、ナタリアは続けた。

「ん・・じゃあお願い出来ないかしら。それでチャラ。どう?」

「あんまり沢山の人数だと受けかねますよ~?」

「そうね、せいぜい5~6人てとこかしら」

「ご内密にして頂けますか~?」

「もちろん」

「しょうがないなぁ・・でもその位なら良いですかねぇ」

「ちなみにその場合、その人間は何になるの?駆逐艦?」

「無線機です~」

「・・は?無線機?」

「私達艦娘は、船魂が艤装に憑依するから艦娘になるわけですけど~」

「ええ」

「手頃な艤装を探すのが難しいので、工廠で対応出来る一番小さな機械に憑依してもらうんです~」

「それが無線機って事?」

「はい~」

「じゃあ私達と同じように、修理も工廠というかドックで出来るようになる」

「ええ。寿命も私達と同じです~」

「・・実績は?」

「既に4人の方がなってます~」

「その人達に問題は無いのね?」

「はい。皆さん問題なく過ごされてますよ~」

「対象者を特定した後の算段は?」

「そうですねぇ、ではテッドさんにお伝えしておきますから仰ってください」

「準備含めてどれくらいかかるのかしら?」

「ここまでの往復を含めて、4日くらいでしょうか~」

「それってほとんど往復の時間じゃない?」

「そんなものですので~」

「・・・」

ナタリアは数秒間、3人を眺めた。

全く表情が揺れない龍田はともかく、文月さえ動揺を隠しきれておらず、不知火に至っては露骨に龍田を睨んでいる。

(よし、間違いないわね)

ナタリアは頷くと、

「じゃあそれでお願いするわ。テッドに伝えるからよろしく」

「はーい、あ、そうそう」

「なにかしら?」

「今後ともよろしくお願いいたします♪」

「・・仕方ないわね」

にこりと微笑む龍田と、少し硬い笑みを浮かべたナタリアは握手を交わしたのである。

 

「龍田会長!あれは特別機密事項ではないのですか!」

その帰り道。

不知火は外洋に出た途端、龍田に噛み付いた。

龍田はひらひらと手を振った。

「名誉会長からは何も指定されてないし、既に外販実績があるでしょ~?」

不知火は苦虫を噛み潰した顔になった。

「昆柊初代所長ですか?あれは881研が実際の動作を見たいからと」

「そんなのは言い訳に過ぎないわ~、あれはとっても個人的な欲望よ~」

「・・・」

「勿論不知火ちゃんの言う通り、おおっぴらにして良い技術では無いわ」

「・・はい」

「でも、使える時に使うカードとしては割と良いんじゃないかなぁ」

「・・」

「睦月ちゃん達は波打ち際に作っちゃったけど、今は防潮堤で囲んだし、塩害対策もしてあるし」

「・・」

「使用する資源は僅かで、重要な交渉の切り札にも使える」

「・・」

「そういう時に使おうと思ってるのよ~」

「では、今回の件は?」

「今までは割と鍛えていた軍人しか例が無いでしょ~?」

「えっ・・ええ」

「普通の民間人に適用しても問題ない、そういう実績を政財界の要人は欲しがるからね~」

不知火の目に動揺が現れた一方で、文月は溜息をつきながら言った。

「龍田会長、実験台なら1人で良い筈ですよ。大盤振る舞い過ぎませんか?」

「実験の為だけじゃないわ。私達や公安が手を回していたにも拘らず、63人もすり抜けてしまった」

「・・」

「もしナタリアさん達が本気で対処してくれてなかったら、テッドさんは確実に死んでいた」

「・・」

「それは私達の重大な失点で、それをカバーし続けてくれたのがナタリアさん」

「・・」

「事実は重く受け止めるべきだと思うのよ~」

「・・ナタリアさんは約束を守るでしょうか?保険は要らないでしょうか?」

「信頼関係が重要な相手に小細工は好きじゃないわ。その人とナタリアさんとの関係も解らないし~」

「・・」

「仮にナタリアさんの大事な人だとして、保険の為にとその人の頭に小型爆弾を埋め込んだなら~」

「・・」

「その事実を知られるだけでとても面倒な事になる。そうは思いませんか?」

「・・はい」

文月はワルキューレの調査結果を思い出した。

全員元MADF第1艦隊所属者であり、現在はflagship級のレ級。

その4人が怒り狂って襲ってくれば、1万体を数える深海棲艦の防衛網をもってしても鎮守府への損害は避けられない。

理由を知ればお父さんは何故そんな事をしたと怒るだろうし、一方的に停戦して直接謝ろうとするだろう。

怒り狂ったナタリアの前にお父さんが出て行って無事で済む筈が無い。

それだけは絶対に避けねばならない展開だ。

龍田はちらりと考え込む文月を見た後、くすっと笑って続けた。

 

 

 


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