Deadline Delivers   作:銀匙

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第36話

「・・・・」

普通の範囲で美味しい物、まずい物を口に入れて沈黙という事はあまりない。

だが確かに、この晩、フィーナが買ってきたビーネンシュティッヒを口に入れた面々は沈黙した。

特に初めて口にしたナタリア達4人は、目を見開いたまま、である。

 

「おばちゃん・・また腕を上げましたね・・極上です」

 

ベレーがぺろりとフォークを舐めながら呟いたのを期に、時が動き出した。

 

「これ・・ほんと美味しいわ」

「ちょっと待ってよ・・アタシ今までこんな長い事住んでてこれ知らなかったのよ・・」

「わー・・美味しいの一言で片付けるのが勿体無いなぁ」

「あぁ、食べきるのが勿体無い!もったいなぁい!」

「んー、やっぱり美味しいな」

「あーもっと食べたぁい」

「うん、解るわミストレル、あなたの言ったこと」

「だろー?」

 

コトリ。

 

全員が食し終えた時、ベレーはもう1皿をテーブルの中央に置いた。

皆がその1皿に注目するなか、ベレーがフィーナを見た。

「ご覧の通り、頂いたビーネンシュティッヒは、1個・・多かったです」

「あっ、それ・・は・・」

説明しようとしたフィーナは、ベレーから感じた事の無い気配を感じた。

ベレーの瞳から押し潰されそうなプレッシャーを感じて目が離せない!

目の闇の果てから得体の知れぬ地響きが聞こえてくる、そんな気がした。

そのベレーの目がゆっくり見開かれた。

光を吸い込む漆黒の瞳は獲物を捕らえたサメのそれのようだった。

「ビーネンシュティッヒを一番愛してる人が・・この一切れを食べましょう」

底知れぬ恐ろしさにフィーナは震えながら、辛うじて答えた。

「あ、愛し、て、る?」

「確かめる・・方法は・・」

だがその続きはファッゾの一言で終わった。

「ベレーが食べなさい。君が勝者だ」

ベレーが視線を外しただけでがくりと崩れ落ちるフィーナ。

肩で荒い息をしながらフィーナは滝のような冷や汗を流していた。

こっ・・こわい・・なにあの瞳の怖さ・・今晩うなされそう。

一方、急速に瞳に光を取り戻したベレーはファッゾを見た。

「・・良いんですか?」

「もちろんだよベレー。皆良く解ってる」

途端にぽえんとした表情になると、

「じゃ、じゃあ、頂きますね。えへへ」

と、そっと皿を引き寄せ、嬉しそうにフォークを入れたのである。

ナタリアはそっとファッゾの膝の上でファッゾの手を握った。

握り返したファッゾの手はぐっしょりと汗をかいていたという。

この家で誰を怒らせてはいけないか、全員が認識した夜だった。

 

最初はぎこちない事もあったが、1週間もすればそれぞれの役割に慣れてきた。

 

そして話は現在の朝の一コマへと戻る。

ようやく寝癖頭のミストレルが顔を出し、食卓へ着こうとした時、事務所のドアが開いた。

「よぅナタリア、ファッゾ、皆。朝早くすまねぇ」

「テッド?これから朝飯だが食ってくか?」

「あー、じゃあトーストとコーヒーだけ」

「今朝はサンドイッチなんだ。まぁ一緒につまんでってくれよ」

「それならご馳走になるぜ」

 

「・・で、どうした?」

「そうそう忘れてた。ナタリア、明日の夜、時間空けられねぇか?」

「私だけ?」

「必須はな。ファッゾも・・うん、来てくれて構わねぇな」

ナタリアが怪訝そうな顔になった。

「どういう事?何の話?」

「悪ぃ。龍田会の連中との夕食会があるんだが、向こうがナタリアに礼を言いたいって言っててな」

その途端、ワルキューレの面々が一気にジト目になった。

「・・龍田会、ねぇ」

「ボス・・」

「また何か変な事押し付けられるんじゃ・・」

「行かない方が良いですよ・・」

テッドが途端にバツの悪そうな顔になった。

「あーいや、その、ナタリアには来てもらいたいって・・町長も言ってて、さ・・」

ナタリアはジト目のままテッドを見た。

「始末してあげた数、忘れてないでしょうね」

「60人くらいだったか?」

「正確には63人よ」

ファッゾがナタリアに訊ねた。

「何だその人数は」

ナタリアは肩をすくめた。

「テッド、あなたから言いなさいな」

ファッゾの視線を感じながら、テッドは渋々口を開いた。

「まぁファッゾなら良いか。えーとな、俺は大本営勤めだったんだよ」

「知ってる。総合戦略部長だったんだろ?」

「何で知ってんだ?ま、まぁ良い。で、俺は上官ぶん殴ってここに逃げてきたんだが」

「テッドらしいな」

「うるせぇ。けどよ、俺の仕事に逆恨みしてた連中がしつこく刺客を放ってきやがってな」

「・・」

「それをナタリア達SWSPの面々が始末してくれた数が、63人て訳だ」

「あー・・ナタリア」

「ええ」

「その63人は・・」

「ドラム缶に押し込んでコンクリ詰めにして南海トラフに放り込んだわよ?」

「だよな」

フィーナが溜息をついた。

「内戦地の政府要人だってこんなに狙われませんよ」

「あぁ。ちょっと桁が違うよな」

「しかもその事を私達は聞かされてなかったんです」

「えっ」

ナタリアは肩をすくめた。

「テッドから大本営内で3回くらい命を狙われたと聞いて、じゃあ念の為見張ってあげるって言ったの」

ファッゾは納得したという風に大きく頷いた。

「良かったなぁテッド、ところでナタリア」

「ええ」

「その代金はきっちり貰ったんだよな?」

ぎくりとするテッド、ああそうかと気づいた顔のナタリア。

「そうねぇ・・」

「あ、あー、俺ちょっと用事が」

立とうとするテッドにナタリアが笑顔で話しかけた。

「テッド、明日の晩行くわ。何時からかしら?」

腰を浮かしたままテッドはきょとんとして答えた。

「えっ?あ、ああ、俺の事務所に1800時に来てくれれば町長の迎えが来るぜ」

「じゃあ1800時にテッドの事務所で。私一人で良いわ」

「そっ、そっか、なら町長も喜ぶ。助かるぜ」

「町長にも、テッドにも、貸し1つよ?」

「うっ・・解った、解ったって」

「あと、龍田さんとお話したいから場所用意してくれるかしら?」

「お、おいおいおい、海軍相手に砲撃戦とかナシにしてくれよ?」

「しないわよそんな事」

「じゃあ町長に頼んどくよ」

「確実に、よろしく、ね?」

「解ったよ!じゃあな!」

 

バタン。

 

ファッゾとフィーナが自分を見る視線を感じたナタリアは、

「んー、ファッゾが良い事言ってくれたから明日が楽しみね」

と、にっこり笑った。

 

 

 


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