Deadline Delivers   作:銀匙

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第12話

 

5月28日 台湾沖

 

「おーい!摩耶~!」

隼鷹が嬉しそうに腕を振り回して呼びかける姿を見て、ミストレルは苦笑した。

「あー、摩耶って呼ばれるの久しぶりすぎだぜ」

傍らのベレーが訊ねた。

「会ッテル間、私ハナント呼ビマショウカ?」

「ミストレルでいいよ」

「ハイ」

やがて3人は海の只中で落ち合うと、隼鷹は偵察機を放った。

「近辺の哨戒。アタシ達以外を見つけたら知らせてくれ」

偵察機の妖精達はピシッと敬礼すると四方に散っていった。

隼鷹はちらりとベレーを見たあと、ミストレルに向き直った。

「え、えーっと、さ」

「こいつなら心配要らないぜ。アタシの仕事仲間だ」

「ハジメマシテ。ベレー、ト申シマス」

「そっか。よろしくな。で、さ。早速なんだけど」

「おう」

「轟沈した艦娘が深海棲艦になるって噂、本当だと思うか?」

ベレーがそっと手を上げた。

「アノ、私ガソウデス」

隼鷹がぐきりとベレーに向き直った。

「マジか!?」

「ハ、ハイ。以前ハ鎮守府デ秘書艦ヲシテマシタケド、沈ンジャッテ」

「・・・」

悲しげな顔で黙り込んだ隼鷹を見て、ミストレルはそっと声をかけた。

「なあ、誰か沈んじまったのか?」

隼鷹はミストレルを見返した。

その瞳の揺れ方を見て、ミストレルは頷いた。

 

ミストレルは隼鷹を刺激しないよう、努めてさらりと要点を伝えた。

「そっか。で、深海棲艦になってても良いからもう1度会いたいって事か?」

隼鷹は俯きながら答えた。

「・・会いたいと言うかさ、謝りたいんだよ」

「謝る?」

「前会った時、あたしの後ろから来た飛鷹覚えてるか?」

「えっ?あ、ああ、ちょっとだけな」

「先週の戦いでさ、艦載機の弾薬交換タイミングをあいつの言う通り早めにしておけば」

「・・・」

「あいつが敵の航空隊から不意打ちされた時、蹴散らしてやれたんだ」

「・・・」

「あたしは慌てて航空隊を発艦させたんだけど、その時にはもう沈むのが見えたんだよ」

「・・・」

ミストレルは水平線に視線を向けた。こういう時に隼鷹を見続けるのはこちらも辛い。

「いっつもあいつは小言が多くて真面目でさ、うっとうしいって思った事もあった」

「・・・」

「鎮守府では忙しいから考える暇がないんだけど、遠征とかでぽつんとするとさ」

「・・」

「あのうるさい飛鷹はもうどこにも居ないんだって、暗い闇みたいな気持ちがじわじわ襲って来るんだよ」

「・・」

「あたしが守れなかったせいで飛鷹は沈んだ。あたしがああしてれば、こうしてればって」

「・・」

「何を言っても飛鷹は許してくれないと思う」

「・・」

「許してもらえなくても良いけど、もう1回だけ会って、直接謝りたいんだ」

「・・」

「でないとさ、このままだとあたし、気が狂いそうなんだよ」

「・・」

 

隼鷹が鼻をすすりあげた。

 

「鎮守府の誰もあたしを責めなかった。悔しさをバネに一層戦いに励もうって」

「・・」

「司令官は飛鷹をまた建造してやるって何度も建造レシピ回してる」

「・・」

「けど、そうじゃ、そうじゃないんだよ」

「・・」

「あたしに向かって手を伸ばしながら沈んでいった、あいつの横顔が忘れられないんだよ・・」

「・・」

「夥しい数の深海棲艦が居るのは解ってるし、他の艦娘に沈められる前に巡り合えるかどうかも解らない」

「・・」

隼鷹はミストレルの手首を掴んだ。

「で、でもさ、もしかしたら、もしかしたらさ」

だが、その言葉を遮ったのはベレーだった。

「隼鷹サン」

「え?」

「・・深海棲艦ニナルト、私達ハ大概、記憶ノ一部マタハ大部分ヲ失イマス」

「・・え?」

「私ハ、元居タ鎮守府ノ番号ヲドウヤッテモ思イ出セマセン」

「・・」

「ソレドコロカ、同僚ニ誰ガ居タカモ、全員ハ覚エテナインデス」

「・・」

隼鷹が次第に表情を失っていくなか、ベレーはしっかりと隼鷹を見ながら続けた。

「デモ」

「・・」

「鎮守府デ起キタ、楽シカッタ記憶ハアルンデス」

「・・え?」

「私ハ潜水艦ノU-511デシタケド、伊58サンニ、トテモ親切ニシテモラエタ」

「・・」

「潜水艦ノ皆デ内緒デ海水浴ニ行ッテ、スイカ割シテ、花火ヲ見テ」

「・・」

「楽シカッタナァッテ記憶ハ、アルンデス」

「・・」

「他ノ深海棲艦ノ話デハ、轟沈後、艦娘トシテ蘇ルカ、天国ニ行クカ、ソレトモ深海棲艦ニナルカ選ベタソウデス」

「・・」

「私ハ気ヅイタラ深海棲艦デシタケド、モシカシタラ、モウ1回、飛鷹サントシテ来テクレルカモシレマセン」

「・・」

「仮ニ深海棲艦ニナッタトシテモ、隼鷹サントノ楽シイ思イ出ダケ覚エテルカモシレマセンヨ、私ミタイニ」

「・・」

隼鷹の手を、ベレーはそっと握った。

「ダカラ・・ダカラ、絶望シナイデ」

 

隼鷹が泣き止んだのは、それから2時間も経った後のことだった。

 

「ご、ごめんな。変な事につき合わせちまって」

隼鷹を見ながらミストレルはニッと笑った。

「アタシにとってアンタは命の恩人だ。ちっとは落ち着いたか?」

「・・あぁ。だいぶ整理出来た。依頼にならなくて悪かったな」

「気にすんなよ。友達だろ」

隼鷹はミストレルをしばらく見つめた後、こくりと頷いた。

「・・うん。ありがとう。それじゃ、行くよ」

「大丈夫か?」

「へへっ。遠征の途中だから長居するとバレちまうんだよ」

「そういうことか」

「・・今度、オフの時にでも酒に付き合ってくれよ」

「良いぜ。連絡してくれ。人間に化けたこいつ結構可愛いんだぜ?」

「エー?」

そういうとミストレルはベレーの頭をわしわしと撫でる。

隼鷹は少しの間、ベレーをじっと見た後、

「・・あたしはもう、ニ級を撃てないなあ」

と、ポツリと言い、

「また連絡する。じゃあ!」

そう言いながら二人から去っていったのである。

ミストレルとベレーはそこに立ったまま、水平線の彼方に消えるまで見送っていた。

 

 

 




艦娘達が同僚の死に対し過剰に悲しまないよう、艤装に感情のリミッターが仕込まれていると「艦娘の思い、艦娘の願い」で書きましたが、リミッターが全てを漏れなくカバー出来るとは思えません。

リミッターさえ振り切れた時、彼女達はどうするのだろうか。
そして極めて長時間の遠征の間に彼女達が行動するとすれば何か。

そんな問いに対する解釈です。

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