Deadline Delivers   作:銀匙

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第31話

「うーん・・」

ナタリアは1分ほど真剣に考え込んだ後、ゆっくり口を開いた。

「他に選択肢が無いなら・・口づけまでね。心はファッゾだけの物。そう言っても許してもらえない?」

「目の前でナタリアと熱いキスをする男が居たら弾倉が空になるまで男の体重を鉛で増やしてやる」

「困ったわね・・Hとかはしないわよ?」

「・・すまん。想像しただけで殺意が沸いてきた」

「今までよりはずっと他の選択肢を真剣に探すわよ・・」

ナタリアは立ち上がると、ファッゾの隣に腰掛けた。

「私だって・・旦那様以外に触られるのは嫌ですもの」

「ナタリア・・」

「解って頂戴。貴方の元へ帰る為に他に生き残る選択肢が無かった場合。それだけに限定するから」

「そんなミッションを受けるなよ・・」

「今まで1度も無いわよ。でも私達の仕事は出航前の想定通りばかりとは言えないでしょ」

ファッゾは頭だけ俯いて考えた。

ナタリアの答えはきちんと考えたものだし、理由も解る。万が一の話だ。

ただ・・俺がついていけるかと言われれば・・

ナタリアはファッゾの手に掌を重ねた。

「苦しませてごめんなさい。でも愛する人を偽るのは私の性に合わないの」

ファッゾはその上にもう片方の手を乗せた。

「少し、考える。頭を整理したいし、俺達の会社を今後どうするかもあるし、な」

「・・解った」

「きちんと向き合って答えてくれた事には感謝する。だからきちんと考えたい」

ナタリアはファッゾをそっと見た。

自分の方を向きこそしないが、その目はまっすぐで、真剣だった。

嘘をついて、ファッゾの気に入る事だけ言う事も出来た。

でもそれでは、きっといつか破綻する。

 

「じゃ、今日は帰る。近いうちに結論を出すよ」

「解ったわ、そうして頂戴」

「話を聞いてくれてありがとう。じゃあな」

「ええ、またね」

 

ファッゾが出て行った後、ナタリアはそっと、ファッゾが座っていた座面に触れた。

まだ少し温かかった。

・・・本当にこれで良かったのか。

自分が出来る最大限の誠意を尽くしたつもりだったが、それは不器用過ぎたのか。

「ファッゾ・・」

ナタリアはぐっと目を瞑った。

いつも通りの事務所なのに、信じられないくらい寂しい。

あの日、あの鎮守府で。

司令官や皆との音信が途絶え、フィーナが目の前で光に変わった時のように。

「ボス?ボス大丈夫ですか!」

はっとして顔を上げると、フィーナが肩を揺さぶっていた。

ナタリアは懸命に笑顔を作った。

「大丈夫・・フィーナ、もう2度と貴方が死ぬようなミッションはしないからね」

フィーナはふふっと微笑んだ。

「あれはボスの作戦ミスでも無ければ、ミッションが悪かった訳でもないですよ」

「でも」

「どうにもならないじゃないですか。63対5万だか6万だか、あるいはもっと」

「・・」

「むしろよく7時間以上も戦闘が継続出来たと思ってますけど?」

「私は・・悔しかったわ」

「まぁそれは一緒です。だからこうしてご一緒してるんですし」

フィーナはナタリアの隣、ファッゾが座っていた位置とは反対側に腰を下ろした。

「ボス、ファッゾさんに何か言われたんですか?」

ナタリアはファッゾが座っていた座面を指先でなぞりながら答えた。

「逆よ。余計な事を言った気がするの」

「ファッゾさんは怒って出て行ったようには見えませんでしたけど?」

「あの人は理性の塊よ。そこに甘え過ぎた気がする」

「傲慢な結婚条件でも出したんですか?」

「ミッションの為には口付けまではするって言っちゃったの」

「は?キスなんて生まれてこの方1度もした事無いのにですか?」

ナタリアはがばりとフィーナの方を向いた。

「なっ、何で知ってるのよ!?」

「やっぱり」

ナタリアはがくりと頭を垂れた。

「・・あぁ、フィーナにカマかけられてあっさり嵌るなんて」

「残念でした」

「まぁ、そんな事言っちゃったわけ」

「ファッゾさんは何と?」

「そんな場面に出くわしたら相手の男を銃で撃つって」

「・・ファッゾさんの銃はグロック36でしたっけ」

「それはテッド。ファッゾはSIG SAUER P226よ。そんな事どうでも良いの」

「そうですか?武器って性癖とすっごく関係あるって聞きましたけど」

「・・うそ」

「割と普通に」

「ぴ・・・P226って・・・」

「頑健で水や泥に強く、ハイレスポンスで命中精度は高い、ですかね」

「頑健・・命中・・精度が・・高い・・」

ナタリアが両頬に手を添えてぷるぷるするのを見て、可愛いなとフィーナは思った。

 

結局。

 

「やぁ、いらっしゃい」

「ハーイ♪世話になるわね」

「お邪魔します」

「ちゃんと当番こなしますんで」

「よろしくねっ!」

 

そう。

ワルキューレの4人はファッゾの家に住む事になった。

最後までナタリアとファッゾは同室か否かは議論となったが、その決着をつけたのはライネスだった。

「・・隣同士の別室にしとけよ、ファッゾ」

「何でそんな限定なんだ?」

「ファッゾの部屋は端の部屋だろ?」

「ああ」

「なら反対側をナタリアの部屋にすれば二人で一緒に居る時は全方位に空間が空くだろ」

「・・・なぁライネス」

「なんだ?」

「もしかしてライネスとルフィアの部屋もクーに聞かれないような配置・・」

「新しい牛刀の切れ味を試させてくれるのかな?ファッゾ?」

「あ、いや、何でもないよライネス」

「そうか」

というわけで、ファッゾとナタリアの部屋は隣同士である。

 

仕事の方はどうしているか。

ファッゾ達は「ブラウン・ダイヤモンド・リミテッド」として。

ナタリア達は「ワルキューレ」として。

それぞれそのまま活動している。

事務所も料金体系も別のままである。

ただ、ブラウンダイヤモンドの定休日がワルキューレと一緒になり、定休日が1日増えた。

 

現在のとある朝の様子を見てみよう。

「みっちゃん、そろそろご飯よ!起きなさーい!」

「・・うー、後5分・・」

「あ、フィーナさん、おはようございます」

「おはようベレーちゃん、一緒に顔洗おっか」

「はい」

「卵買って来ました!ファッゾさん、朝刊どこか知りませんか?」

「ん、ありがと。朝刊ならミレーナがクロスワードやってるぞ」

「ミレーナ!新聞に答え書き込まないでね!」

「大丈夫大丈夫!」

一言で言えば仲良し大家族状態である。

 

とはいえ、ファッゾはすんなりとこの状況に入れた訳ではなかった。

話はファッゾがナタリアの「条件」を聞いた翌日の夜まで遡る。

 

 

 


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