Deadline Delivers   作:銀匙

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第30話

「ファッゾさん?何してるんですかそんなとこで」

「うわああっ!」

 

思わず絶叫し、慌てて振り向くと、フィーナが箒を手に、びくりとした様子でこちらを見ている。

「えと、ボスならそろそろ事務所に降りてきますけど・・・呼んで来ましょうか?」

薄手のセーターに細身のジーンズ、そして肩掛けのエプロン。小首を傾げる様子が可愛いな。

・・・いかんいかんいかん。感情がありすぎる。

ファッゾはふるふると首を振ると視線を逸らし、片手を上げた。

「あ、ああいや、入る、入るよ。うん」

「はぁ」

フィーナは顔を真っ赤にしたまま事務所に入っていくファッゾを目で追った。

どうしちゃったのかしら?

 

「あ・・ファッゾ」

「お、おおおはようナタリア」

「い、いいい良い天気よね」

 

ミレーナは瞳孔が開きまくったフローラを羽交い絞めにして事務所の外へと引きずり出した。

「フーッ!フーッ!」

「野生化するんじゃないの!こらっ!」

フィーナは半ば呆れ顔で声をかけた。

「一応、表通りなのよ、ここ」

ミレーナはフィーナを向くと溜息混じりに言った。

「ファッゾさんとボスが中学生の告白並にぎこちない状態なのよ。それで・・うっ」

ミレーナはしまったと思った。フィーナの瞳孔が開いたからである。

 

「そ、そうなんだ・・」

「あぁ。だから今朝から自分の感情があまりにも豊富で戸惑ってるんだよ」

「それはその・・私の為にやってくれたの?」

 

「感度が悪いわ、もう少しマイクの角度で調整出来ない?」

「そもそもの話し声が囁きに近いんです。これ以上は天井を抜かないと無理です」

「泣き言を聞く気はないわ。なら音を立てずにどう抜くか考えましょう」

「ハンドドリルで大丈夫ですかね」

「下は静かな筈よ。他に手立ては無い?」

「いや待ちなさい。二人ともおかしいから」

ミレーナはついにフィーナとフローラの会話に突っ込んだ。

ここは事務所の2階の廊下の隅、ボス達が話している応接コーナーの真上である。

あっという間に足音を立てずにここまで移動した2人は当然の如く床板を外し、盗聴セットを持ち出してきた。

今はフローラがマイクを、フィーナがアンプを調整している。

軍事訓練もかくやというほど真剣そのものなのに、やってる事は出歯亀。

そしてミレーナが止めようとすると(先程に続いて)殺気立った目で睨んでくるのでもう諦めた。

「しーらない。表でも掃除してこようっと」

ミレーナは肩をすくめて廊下を歩き去った。

 

そんな事とは露知らず。

ナタリアとファッゾはソファで真向かいに座り、話を続けていた。

「ナ、ナタリア・・その、凄く言いにくいことなんだが」

「えっ」

ナタリアの脳裏に「だからゴメンナサイ」というオチが広がり、表情が青ざめていく。

ファッゾはうつむき加減に続けた。

「今までの俺を好きだったとしたら、その、その俺はもう居ない」

「・・」

「今ここに居るのは、もっと幅広い感情を、その、れ、劣情も抱く、普通の人間なんだ」

「・・」

「だから正直、俺はナタリアを正視出来ない」

「それ・・」

好みが違うって事?ねぇファッゾ・・嘘でしょ?

「ナっ、ナタリアは、とても美人だ」

「・・・へっ?」

「さっき挨拶を交わしただけで、こんなにドギマギしてるんだ。ほ、ほら、脈を診てくれよ」

変わった証明の仕方するわねとフィーナはヘッドホンに手を当てながら思った。

ナタリアはとてもぎこちない手つきで差し出されたファッゾの左手の脈を探ったが、

「ほ、本当・・掌も熱いし、こ、これ大丈夫なの?物凄い速さよ?」

「ナタリアの手が柔らかいから余計ドキドキしてるんだ」

「あ、ご、ごめんなさい」

「い、いや、謝る事は無い」

ナタリアは頬が火照るのを感じた。なんだろう。つられて恥ずかしくなってきた。

 

「おぉぉおお・・甘酸っぱい青春的シーンじゃないんですかこれ?」

フィーナはフローラを二度見した。鼻から赤い物が滴っている。

「ちょっ!ちょっとフローラ、床に鼻血垂れてるわよ?」

「あっ・・美味しすぎてつい」

「ちょっと!マイク持ったまま首の後ろトントンしないで!ガサガサ音が入る!」

「フィーナさん、これもう録音しましょうよ。むしろカメラで撮りましょうよ!」

「そんなの持ってたら真っ黒の証拠になるでしょうが」

「だって!だってこんなご馳走早々無いですよ!」

もはやキラキラ状態のフローラを見てフィーナは冷静になれた。

これはイカン。やってる事は変態だ。

「撤収するわよ。片付けましょ」

「ならば!ならば私は最後の一人として戦います!」

「そんな良い台詞ここで使ったら台無しよ?」

「やります!やってやります!」

フィーナは溜息をつき、いつのまにか居なくなっていたミレーナをキョロキョロと探した。

「じゃ、好きになさい。私は開店準備するから」

 

そして1階では。

「だから多分、お父さんというか、距離感を保った紳士的態度で居られるとは思えないんだ」

「・・」

「みっともないと思う。もっと理性的でありたいと思うんだが」

「そんな必要ないわよ」

ナタリアの声に、ファッゾはつい顔を上げてしまった。

そこにはにこにこ微笑むナタリアの顔があった。

「あー良かった、ファッゾがごめんなさいしにきたのかと思っちゃった」

「・・良かった、か?」

「ええ。アタシにとっての告白は、もうアナタしか見えないって宣言する事ですもの」

「・・」

「だからミッションでも体を使ったりはしなかった」

「・・」

「まぁやむを得ず、ムサい男に背後から抱きついた事はあったけどね。それが精一杯よ」

「ええっ?」

「もちろん身動き出来ないように縛って転がしてきたわよ。本当なら首の骨折ってやりたかったけど」

「それはその、そいつに抱きつけと命じられたのか?」

「いいえ?そいつが持ってるバイクとガソリン代が至急必要だっただけ」

「・・そいつも災難だったな」

「なによ。バイクの鍵と財布以外は取らず、殺しもせず、暖かい部屋の中で100ドルも置いてきてあげたのよ?」

「いや違うどっか違う」

「ミッションの為だってば」

「ナタリア」

「ええ」

「今後も、ミッションの為ならそうするのか?」

ナタリアはふとファッゾの顔を見た。

ファッゾは真剣な目で自分を真っ直ぐ見ていた。

 

 

 


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