Deadline Delivers   作:銀匙

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第29話

プップッ!

 

橋の欄干にもたれていたファッゾはクラクションの音に気づいて振り向いた。

静かに止まったのは黒のキャデラック・フリートウッド。

その運転席の窓から身を乗り出していたのはテッドだった。

「よぅファッゾ、また車壊れたか?今度はどこだ?」

「違うんだよ、テッド・・」

「・・どうしたってんだ?」

テッドはファッゾの様子がおかしい事に気づき、エンジンを切るとドアを開けた。

 

「・・で、そんな自分の気持ちにビックリしてるってことか」

「それもあるし、なんだか頭の上にもやもやが沢山あってな、自分でもそれが何か良く解らん」

ファッゾの隣で話を聞いていたテッドは、シガーカッターで葉巻の吸い口をゆっくりと切り落とした。

「・・それってよ」

「あぁ」

「今まで押さえ込まれてた、気持ちの塊なんじゃねぇか?」

「気持ちの、塊?」

テッドはターボライターで葉巻に火をつけながら言った。

「ほんとはよ、綺麗だとか、カッコイイとか、良い女だなとか思うべきシーンがあったとするだろ」

「あぁ」

「装置が制御してたから反応は出来なかったが、そういう気持ちが頭に積もってた」

「・・なんか溜まった性欲みたいで嫌なんだが」

「そうか?アレみたいに作業的にスッキリしちまえたら良いのにって俺は思う事があるぜ?」

「どういう意味だ?」

テッドは葉巻の火を確かめつつ、ゆっくりと紫煙を吐きだした。

「腹が立つとか恨めしいとか、社会生活には負の物が割と多いだろ」

「あぁ」

「でもそういうのってさ、結局他の事で気を紛らわすか微妙に感情を鎮めるくらいしかねぇだろ」

「あぁ」

「腕を擦りむいたり足を折ったら消毒薬なりギプスなり、直接効く治療手段があるじゃねぇか」

「あぁ」

「なのに心の傷は遥か遠くから「痛いのは気のせいだ」って誤魔化すようなまどろっこしい方法しかねぇ」

「・・そう、だな」

「だからさ、スッキリしねぇもんがドロドロ溜まり過ぎると壊れちまうんだよ」

「・・」

「それは人間も、艦娘も、深海棲艦もそうさ」

「・・」

「俺はこの町に来てそれを改めて感じるぜ。だから心を酷く傷つけるような奴は死刑で良いと思ってる」

「おいおい」

テッドは葉巻を咥えたまま肩をすくめた。

「見えないからって皆、心を軽く捉えすぎだぜ。人間から心を抜きゃ肉の塊だろうがよ」

「・・まぁなぁ。俺がここで佇んで考えてるのも、心の為の行動だもんな」

「そういうこった」

「どうすりゃ良いんだろうな」

「皆にぶっちゃける会でも催すか?手配してやるぜ」

「何をだよ。そもそも町の連中全員に心の内を話したくなんて無い」

「じゃあ誰に話したい?ミストレルじゃ無かったって事だろ?」

「えっ」

「ベレーにはちと濃すぎるから事務所で話すのはナシにしても、ミストレルなら一緒に連れ出せばいい。だろ?」

ファッゾはポンと手を叩いた。

「さすがテッドだなぁ・・今ちょっと感心した」

「馬鹿にしてるだろ」

「いや違う。だからこういう事なんだって」

「そんなに抑制効いてたのかよ・・」

「だから正直、俺が俺の反応に戸惑ってるんだよ」

「まぁそうだろうな。で?」

「うん?」

「どこ行きたいんだよ。事務所からこっちの方角に来たって事は夕島整備工場か・・」

「ワルキューレ、だな・・」

テッドはニッと笑った。

「もう1度装置付けてもらうかファッゾ?」

「その方が紳士で居られそうだがな」

「アッチが故障してるって噂は消えるんじゃねぇか?」

「・・待て、誰が言ってんだ?」

「所詮噂だ。俺なんて夜な夜なナタリアにムチでしばかれてるなんて噂も立ってたしよ」

「はぁ!?」

「昼間ドSだから夜はドMなんじゃねぇかってよ。ふざけんなっての」

「根も葉も・・ない・・んだよな?」

「ねーよ。そもそも俺はSじゃねーよ」

「ドSだろうが!」

「ちげーよ!Sならこんなに長々話聞いたりするかってんだ」

「・・まぁなぁ」

「ほら、送ってやるからさっさと乗れよ」

「えっ?」

「ワルキューレ行くんだろ?そんな躊躇ってたらジジイになっても辿りつかねーぞ」

「・・躊躇ってなんか」

「ならなんで車乗ってねーんだよ?あっという間に着く事を恐れてたんだろ?」

「だからさっきから言ってるように、こう、もやもやしててさ・・」

「あんまりガタガタ逃げ回るんならクーの奴呼んでくるぞ?」

「解った解った・・ちっ、絶対Sだ」

 

キキッ。

 

車を降りたファッゾにテッドはニッと笑いかけた。

「しっかりな!」

「あー、うん。もう正直に話してくるさ」

「それが良い。将来の奥さんにはちゃんと言うべき事を言えるようにしとけよ」

「!!!」

テッドの言葉にファッゾは一瞬で顔が真っ赤になった。

「・・・俺何か変な事言ったか?」

「あ、ああ、いや、だ、だだ、大丈夫、大丈夫」

「大丈夫か?中まで送ってやろうか?」

「い、いいいいや大丈夫大丈夫、大丈夫」

「そっか?じゃあな」

 

ブルル・・・ン

 

テッドのキャデラック・フリートウッドを見送るふりをしつつ、ファッゾは奥歯を噛んでいた。

顔が、いや、全身が紅潮してる。

 

 「もう、ずっと、ずっとファッゾの事が好きだった」

 

あぁ。

ナタリアがうるうるした目で真っ直ぐ俺を向いて言った事が今頃認識出来たよ。

ちくしょう。なに冷静にスルーしてたんだよ俺は。

ミストレル達を見るまでも無く、艦娘や深海棲艦が化けた姿は美女美少女揃いである。

ナタリアだって例外ではない。

いや、むしろワルキューレの4人が恐れられる反面、隠れファンも多いのはその容姿が理由といっても良い。

ナタリアは耳が見えるくらいの漆黒のショートヘアに軽く170cmはあろうかという長身。

切れ長で大きなコバルトブルーの瞳が特徴である。

仕事と趣味の関係上、タイトな革のライダースーツに身を包む事が多く、スタイルの良さがはっきり解る。

それぞれ異なった特徴があるが、他の3人もそれぞれ大人の美女達といえた。

だからこそ、実力に加えてその容姿を仕事に生かしてない筈が無いと不埒な噂が乱れ飛んだわけである。

 

 

 





人物名の間違いを1ヶ所修正しました。ご指摘感謝です。

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