Deadline Delivers   作:銀匙

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第28話

「ええ。適性検査の数値によるらしいですが、ホモか不能でもない限り適用されますよ」

「・・・」

「過去に何度か司令官がコトを起こした為、その対策だと聞いてます」

「コト?」

「風呂や寝室を覗いたり、匂いを嗅いだり、もっと直接的な犯罪方向とか」

「あー・・なんでそんな事さえ気づかなかったんだ・・」

ファッゾはケイルに次の札を渡しながら溜息をついた。

少し考えれば解りそうなものなのに・・

だが、ケイルはにこりと笑った。

「自分を責める必要は無いですよ、ファッゾさん」

「どうしてだ?」

「その方向に考えが行かないように誘導するそうですから」

「・・そこまでか・・つっ!」

ファッゾは左のこめかみを押さえてうずくまった。

「あ!まだ入ってたのか・・ええっと」

ケイルは携帯を取り出した。

 

「気がついた?ファッゾさん」

「・・あれ?アイ・・ウィ?」

「私達も居るわよっと」

「ビットに・・ケイル・・か」

「OK。大丈夫そうね。もうちょっと寝ていくと良いわ」

「お茶持って来てあげるね」

ビットとアイウィが歩き去ったので、ファッゾはケイルに訊ねた。

「・・事態が飲み込めてないんだが」

「いや、すみません。僕の確認ミスでした」

「えっ?」

「ええっと、さっき僕と会って話をした事は?」

「覚えてる・・司令官にも感情の抑制装置が適用されているかと・・訊ねたと思う」

「その先は?」

「・・いや」

「やっぱりそうですね。まずその答えはYESで、ファッゾさんはまだ制御装置が入ってたんです」

「・・」

「そのままさっきの説明を聞くと、制御装置が当該部分の記憶消去を行います」

「・・あ、じゃあ」

「はい。さっきの頭痛は記憶消去措置に起因するものです」

「なぜそんな事を・・」

「制御装置が入っている事が解れば、取り外そうと試みる司令官も出てくるでしょうから」

「そこだけ消すって事か」

「ええ。あまり大規模に消すと却って制御装置の存在に気づかれやすくなりますからね」

ファッゾは溜息をついた。なんて高度な装置なんだ。

「で、それをビットが外してくれたのか?」

「ええ。作動した時痛くなる場所に装置は入ってますから」

「俺の場合はこめかみだったってわけか」

「埋め込まれる位置はランダムなんです。予期しない形で痛い思いをさせてしまったのは申し訳なかったです」

「いや、いい。これでスッキリしたし、今頭痛がしないって事は今後も無い。そういう事だろ?」

「ええ」

その時。

「ちょっと塩分取った方がいいらしいから、昆布茶にしたよ?」

アイウィが湯飲みを乗せた盆を手に入ってきた。

「ありがとうアイウィ。えっと、支払いは足りてるかケイル?」

「ええ。大丈夫です。ちゃんと頂いてます。じゃあ僕はこれで」

ケイルと入れ替わるように傍に立ったアイウィは

「うちの請求はまだだからね?」

と、にっこり微笑んだ。

 

翌朝。

「朝帰りなんてどうしたんだよファッゾ?」

「良かった・・朝になっても帰ってこなかったらナタリアさんの所に行こうって」

「あぁいや、すまん。ちょっと司令官を捨ててきたんだ」

心配そうな顔で出迎えたミストレルとベレーに、ファッゾは力なく手を振った。

 

「・・まぁそんなわけで茶を飲んで再び寝たら朝だった。治療費も5000コイン位で済んだというわけだ」

「ひっでー事しやがるな」

「まぁ待て、ケイルだって悪気があったわけじゃ」

「ちげーよ、海軍だよ」

「ん?」

「司令官の頭になんてもの埋めてんだよ」

「・・まぁあれだよ、軍は司令官だけで何万人と雇わにゃならん」

「うん」

「軍務に適性があれば、それ以外まで贅沢言ってられる数じゃない」

「・・まぁな」

「かといって憲兵が艦娘達を手篭めにする行為に四六時中目を光らせ続けるのも無理がある」

「・・」

ファッゾは肩をすくめながらミストレルを見た。

「お前にしろベレーにしろ、相当な美少女だ。劣情を抑え続けながら仕事するのは司令官だって辛いさ」

「・・」

「最初からそういう感情が湧かず、可愛い部下として接する事が出来るならそれはそれで正しいんだよ」

「・・ファッゾは怒ってないのかよ」

「んー、まぁそうかなと納得してる」

「そっ・・か」

「何より、外してもらえたしな」

ミストレルがニッと笑って胸の谷間を強調するように寄せた。

「じゃーファッゾはこれからアタシ達を見るとドキドキすんのか?うりうり」

急に真顔でミストレルを見るファッゾ。

予想外の反応にミストレルは固まった。

「・・・えっ?」

5秒後。

「・・ガオー!」

「うわああっ!」

「・・なわけないだろ」

「ビッ、ビックリさせるなよっ!ばか!」

涙目で胸元を隠す姿って、ちょっと色っぽいな。

・・おお、ちゃんと思うこと思い始めてるじゃないか、俺。

ファッゾは苦笑しながらミストレルの頭を撫でていた。

 

ファッゾがいつもより豪華な朝食を作り、皆で食べ終えた後。

「少し、海風に当たってくる。考えをまとめたい」

「んー、姉御には説明してきた方が良いかもしれねーぜ」

「ナタリアに?」

「あぁ。一世一代の告白をやたら冷静に処理された姉御の身にもなってみろっての」

「・・そうか」

「ま、姉御とファッゾならアタシは大歓迎だぜ」

「そういうもんか?」

「まぁその、二人とも凄い奴だからな・・お似合いかなって」

「ベレーは・・どうだ?」

二人に見られたベレーはにこりと笑った。

「ファッゾさんもナタリアさんも幸せになって欲しいです。だから応援します!」

「そっ、そうか・・ありがとう、ベレー、ミストレル」

そういうとファッゾは入り口のドアを開けた。

 

「・・抑制されない感情、か」

ファッゾは珍しく徒歩で移動していた。

朝食を作る事でだいぶ考えは整理出来たものの、まだもやもやが残っていた。

そして戸惑ってもいた。

「・・・」

防波堤の見える橋の上で、ファッゾはふと海の方を見た。

Deadline Deliversと思しき船団がゆっくりと沖に出て行くのが見える。

船が立てた波に日が反射してキラキラと輝いていた。

「・・綺麗だなぁ」

司令官として何百何千と出航の様子は見ていた筈なのに。

景色1つ、言葉1つに心が動くのが新鮮でもあり、不思議でもある。

そしてまだ、受け入れられずにいる。

ファッゾは目を細め、小さく溜息をついた。

 

 

 


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