グラスをフィーナに返したナタリアは、軽く咳払いすると続けた。
「サウスウェストストリートが壊滅して、私達がここに事務所を再建した時だって」
「ん?」
「町の皆に声をかけてお金集めて、私達のハーレーを直して贈ってくれたじゃない」
「あ、あぁ。だって攻撃の後、壊れたバイクを見つけたのは俺だしさ」
「ええ」
「直後のナタリアの落ち込みようは見てたし、そのまま返したら余計ショックだったろうし」
「・・そうね」
「元々俺が紹介したバイク屋が売った奴だし、大事にしてたのは見てたしさ」
「そうよ、全部その通りよ」
「だから復興の印に丁度良いんじゃないかって・・思ったんだが」
「ご丁寧にサプライズプレゼントにしてくれやがったわよね?」
「あぁ、あれは入居日までに直せるか微妙だとバイク屋が言ったからさ。間に合わなかったら可哀想だし」
「私がこれから絶対泣かないって皆に宣言した直後に持ってきて、物の見事にぶち壊してくれたわよね」
「いや知らん、俺がバイク積んだトラックで行く前にそんな事言ってたのか?」
「そうよ!あの後どんだけ冷やかされたと思ってんのよ!」
「そっ、えっ、あ、いや、すまん・・」
「思い出したらまた涙出てきたじゃない!」
「そ、そんな嫌だったのか?」
「嬉し涙に決まってるでしょ!」
「おいおい、俺はどうすりゃいいんだよ・・」
フィーナ達3人はハラハラしていた。
ボ、ボス、落ち着いて落ち着いて。
ファッゾさんめっちゃ引いてるから。
「あ、あなたはミストレルどころかベレーちゃんまで連れ込んだし」
「いかがわしい事なんてしてないぞ?人をロリータの変態みたいに言うのは止めてくれよ」
「じ、自分が気分屋なのは解ってる。解ってるけど、でも、でもね」
「ん?誰が言ったか知らんがナタリアが気分屋だなんて事は無いと思うぞ?」
フィーナが頷いた。
「ボスが気分屋って事は無いと思います。私達もそう思います」
「ええ」
「ですね。面倒見も良いですし」
予想外の形で皆から褒められたナタリアは頭に血が上ってしまい、くらくらしていた。
「あ、あううううぅ」
ファッゾはカリカリと頭を掻いた。
自分の事が好きで仕事が手につかない。
こんな事真っ直ぐ言われるのは後にも先にもこれっきりだろう。
ナタリアにした事は別に鎮守府の司令官時代にもやった事だが、そんな事は言われた事が無い。
・・と思う。
ファッゾはナタリアに訊ねた。
「どうすれば仕事が手につくんだ?」
「・・えっ?」
「まずは目先の問題を1つずつ潰してくしかないだろ?」
部屋がしんと静まり返った。
ミレーナは内心、「無いわー」と思っていた。
別にボスは仕事に復帰したいからここまで打ち明けたわけじゃない。
一大決心して告白したのに、ちょっとボス可哀相。
フローラは思った。
ボスは大体言いたい事を言えた気がするけど、これはファッゾさん素で解ってないわ。
どう後押ししたら良い物やら。
フィーナは眉をひそめて考えていた。
ファッゾが鈍感であれ超高度な思考をしたのであれ、実は今の答えは的を射ている。
レ級の維持コストを激減させる方法はとりあえず無いし、町への影響を考えればワルキューレ解散も難しい。
かといってナタリアが気持ちを押し殺すのはもう無理だし、ならばその中で妥協点を見出すしかない。
ナタリアだけが人間に戻るって手もあるけど、ナタリアを快く思ってない連中は確実に居る。
人間に戻れば格好の標的にされるだろうし、ファッゾも巻き添えを食いかねない。
SWSPのメンバーでテッドと同時に守りきれるかは微妙だ。
フィーナが口を開いた。
「とりあえず、一緒に住んでみませんか?」
ファッゾとナタリアは同時にフィーナを見た。
いや、正確にはフィーナ以外の全員がフィーナを見た。
フローラが呆気に取られて放った
「は?」
という言葉が場の雰囲気を良くあらわしていた。
だが、その意味に最も早く気づいたのはナタリアだった。
「えっ・・ええっ・・わ、私は良いけど・・ファッゾあなたどう?」
ファッゾは首を傾げた。
「んー?まぁうちは部屋だけは沢山あるから構わんが、一緒の家で住んで何か変わるのか?」
ナタリアが訂正する前にフィーナが突っ込んだ。
「一緒の家ではなく、一緒の部屋でって事です」
ファッゾはぎょっとした顔になった。
「え!?だ、だって、そ、それはイカンだろ・・・」
ナタリアがぷくりと頬を膨らませた。
「何がいけないのよ」
「だって間違いでも起こしたら軍法会議もの・・あ、そうか。司令官じゃないのか」
「そうよ。私とあなたは上司と部下でもないし、司令官と兵士でもないわ」
「若い女の子を見ると艦娘として節度を持って対応しないとっていうクセがついててなぁ」
「恐ろしいまでの紳士的な司令官根性ね」
「・・ん?」
その時、ファッゾはふと気がついた。
そう言われればそうだ。
俺はもう、司令官ではない。
海軍学校では散々艦娘との距離感や心構え、対応方法を教え込まれ、着任後は適宜アレンジしてきた。
それは辞めた後もそのまま習慣になってたし、町で信頼を得る役に立ったと思う。
だが、艦娘、いや、深海棲艦であるナタリアとは、その意識で応じなくても良いという事か。
俺だってお互いに好きなら楽しく過ごしたい。
あぁ、そうか。同居なら、そんな事も出来るのか・・
何となく、海軍に入ってから恋愛という感情そのものを封殺してた気がするな・・
そんな事を思いつつ、ファッゾは何気なく口にしてしまった。
「うちの家・・部屋の仕切り壁はそんなに防音性無いんだが・・」
それを聞いたワルキューレの面々は、1つのコトを想像して真っ赤になった。