ファッゾがワルキューレの事務所を再び訪ねてきたのは夕方だった。
事務所のドアをそっと開けると、事務処理をしていたミレーナ達が気づき、声をかけてきた。
「ファッゾさん、こんにちは」
「二人は?」
「朝からぐっすりです」
「そうか。熱があると水分が逃げるから、これをそれぞれの部屋に」
そういって天然水の入った2リットル入りのペットボトルを袋から出し、蓋をパキッと開ける。
「あ、ウォーターサーバーありますよ?」
「本人にしろ看病する人にしろ、部屋から何度も汲みに来るのは大変だろ?」
「・・おぉ」
「なるほど」
「それから、このヨーグルトは二人の夕食に」
「あー、食欲なさそうですもんね」
「うん。ただ冷たい物だけだと体が冷えるから、これ温かい紅茶。1人1本ずつな」
そう言って「紅茶」とシールが貼られた魔法瓶を2つ取り出す。
「はい」
「明日の朝は、二人が大丈夫と言っても無理させるな。りんご位が良いと思うんだが、二人は剥けるか?」
「大丈夫です」
「ん。じゃあ4個渡しておく。昼と分けても良いから無理して食べさせないように」
「はい」
「と、いうことで看病を頑張ってくれる二人には、これだ」
「あっ!ブルーベリーアイス!」
「チョコアイス!」
「あと、お粥のレトルトも買っておいた。湯煎かレンジで温めれば良い」
「レーションみたいなもんですよね?」
「まぁそうだ。梅粥だからさっぱりすると思う。ティーバッグの緑茶も置いとくから」
その時、ミレーナがまじまじとファッゾを見ていたので、ファッゾは首を傾げた。
「ん?なんだ?」
「・・・ファッゾさんって」
「あぁ」
「お父さんですよねぇ」
「なんだそりゃ」
「どうしてこんなに手際良いんですか?」
「まぁ、鎮守府ではそれなりに所属艦娘がいたんだ」
「ええ」
「数が居るって事は、しょっちゅう誰かしら怪我したり体調を崩してるんでな」
「・・」
「まぁその、こういうのも慣れたんだよ」
「不具合の対処って工廠の人がやりません?あるいは間宮さんとか」
「うちは小さかったから間宮さん居なかったし、皆工廠にはちゃんと行かせたんだが・・」
「はい」
「なんか知らんが、俺が看病に来いって指名されてなぁ」
「・・」
「怪我人や病人の言う事じゃ無碍にも出来んし、こんな感じで手伝ってもらえばやれてたからな」
フローラが優しい目でファッゾを見ながら言った。
「お父さんだ」
「えっ?」
「お父さんだ」
「おいおい、まぁ、フローラ位の娘がいてもおかしくは無い年だけどさ・・」
「そうじゃなくて、心意気がお父さんだって事」
「そうか。そんなもんか」
「きっとファッゾさんの鎮守府は、あったかかったんでしょうねー」
ファッゾは悲しそうに笑った。
「俺がクビになったから、皆記憶を奪われてバラバラに再配属されていったけどな」
「あっ・・」
「その行き先でどうなったかは、正直今も心配だよ」
「・・」
「まぁ、過去を知ってるというか、覚えてるのは俺だけだから良いけどな」
「皆さんが・・」
「うん?」
「再配属先で幸せにやってると、良いですね」
「そうだなぁ・・」
何となくしんみりした雰囲気になったので、フローラとミレーナは申し訳なさそうにファッゾを見た。
ファッゾは手を振って言った。
「良いよ良いよ昔の話だ、じゃ、二人とも悪いけど頼んだよ」
「あ!ファッゾさん!」
「なんだ?」
「請求書ください。ちょっと後日になると思いますけど必ず精算しますから」
「・・病人から金むしるような極悪人に見えるか?なんでも屋としてやってるわけじゃないぞ?」
「それは解ってますけど、ファッゾさんにお支払い頂く理由がありません」
「んー・・ま、ナタリアには運び屋を始める時の借りを返した。そんな風に言っといてくれ。じゃあな」
バタン。
閉まったドアを見つめながら、フローラは悲しげな目で微笑んだ。
あんな司令官が沢山居たら、艦娘達はさぞ幸せだったろう。
どうして良い人はクビになり、悪い司令官がはびこるのだろう。
私達が始末しなきゃいけないような、救いようのない司令官が。
冷凍庫の奥底にアイスを仕舞ったミレーナは、フローラに声をかけた。
「どうしたの、フローラ?」
「ううん。世の中上手くいかないよね」
「・・・」
ミレーナはフローラの目を覗き込んだ。
「えっ?」
「まぁ、軍は割り切りの世界だからさ」
「・・」
「割り切れない人は弾かれちゃうけど、割り切り過ぎてても弾かれないんだよね」
「・・」
「だから私達みたいな組織が、割り切り過ぎる人を弾くしかなかったんじゃないかな」
「・・何とかならないのかなぁ」
「戦争が終わって、軍が用済みになるしかないよね」
「でもさ、終わったら、私達は無用だよね」
「そうね」
「そうなった時、ミレーナはどうしたい?」
「そうねぇ・・」
ミレーナは少し考えていたが、
「ファッションモデルやりたいかな!」
「そのまま?」
「このまま」
「なんで?」
「化け放題じゃない」
「体重管理は要るけどね」
「うっ・・ま、まぁ・・それは・・・」
「ははっ、変な事聞いてごめん。じゃあヨーグルトとか持っていこうよ!」
「そうだね」
実はミレーナは適当に答えただけだったのだが、フィーナ用の水とヨーグルトを手に考えた。
戦争が終わった後、か・・