Deadline Delivers   作:銀匙

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第19話

 

「へぇ、皆を納得させたの。凄いわねぇ」

「あぁ。だからよろしく頼む」

ナタリアは机の前に立つファッゾをそっと見上げながら言った。

「・・あなた、この2日で感じ変わってない?」

「そうか?あまり自分では解らないが」

ナタリアはニヤッと笑った。

「前は真面目な会社員、今はちょっと陰のある男前のボス」

「なんだそれは」

「まぁ良いじゃない。吹けば倒れそうなお父さんにDeadline Deliversは務まらないわよ」

「無知でもな」

「ええ。でも一番守るべき事は他所を見ない事」

「深入り厳禁か」

「それもあるし、無用な出歯亀で死んだ奴は沢山居るわ」

「なるほどな。で、この間中断してしまった話の続きをしたいんだが、いつなら出来る?」

「別に今でも構わないわよ?暇だし」

「なら早速頼む」

ナタリアは細巻き煙草に火をつけた。

覚悟を決めた、そんな所かしら。

「そういえば、依頼を捌いていく一番のコツは何だと思う?」

「うん?納期を守るとかか?」

「いいえ、依頼を反故にしてでも引く時は引く、よ」

ファッゾは数秒間腕組みをしていたが、

「・・そうか、陸の仕事ではなく、海の仕事だもんな」

「ええ」

「今の話を考えれば、司令官時代のやり方の方が近いか」

「そうね。ただ、依頼人は反故にしたらカンカンに怒るし、違約金も発生する」

「経営者が叱られる事を覚悟しておけ、そういう事か」

「まぁ肋骨の1つや2つは諦めなさいな」

「そこまでか」

「ウッディルーパーの社長がテッドの事務所の窓を突き破って通りに叩きつけられたのは見たわ」

「受けられるかの判断は慎重に、か」

「断ってばかりだとテッドも声をかけなくなるし、なにより飯の食い上げよ」

「バランス感覚は軍よりシビア」

「そういう事」

「コツは?」

「受ける依頼は吹っかける、安売りはしない」

「食える時に食っておけ、か」

「そうね。あと、テッドの提示額はそれほど的外れじゃないけど・・」

ファッゾは先程のやり取りを思い出した。

「少なくとも1回はゴネる価値がある。違うか?」

「あら、よく見抜いたわね。まぁテッドだって自分の取り分は多めに欲しいわよ」

「まぁ実地経験って奴だ」

「ねぇファッゾ、ほんとどうしたの?一昨日とはまるで別人よ?」

ファッゾは溜息をつくと、ナタリアの細巻き煙草を指差した。

「えっ?」

「1本くれないか」

「良いけど・・貴方吸う人だっけ?」

「司令官を辞めた日に禁煙したがな」

「・・はい」

ナタリアがライターを差し出すと、ファッゾは手際良く煙草に火をつけた。

「はぁーあ、禁煙記録2回目のリセットだ」

「で?」

「まぁ待ってくれ。久しぶりのメンソールなんだ」

「あら、メンソール吸ってたの?」

「そうだよ、ピークの時には1日3箱」

「・・ちょっと興味本位の質問なんだけど」

「?」

「その、吸い過ぎると、女性を見ても、せ、性的興奮を覚えなくなるって、ほんとなの?」

「さっき無用な出歯亀で死んだ奴が沢山居ると言ったのはナタリアじゃなかったか?」

 

コトリ。

 

ファッゾとナタリアにお茶を運んできたフローラがにっこり笑って言った。

「もう私達は1度死んでるんで」

ファッゾはむせこんだが、聞かずにはいられなかった。

「ゲホゲホッ・・でっ、出歯亀で死んだのか!?」

ナタリアが真っ赤になって怒鳴った。

「違うわよ!」

ファッゾも真っ赤になってナタリアに反論した。

「今の話の流れで考えたら普通そう思うだろ!?」

「私達が出歯亀如きで死ぬようなヘマすると思う!?」

「その言い方だとしょっちゅう出歯亀やってんのか!俺の家も見てるのか!」

「やってるわけ無いでしょ!出歯亀出歯亀言わないで頂戴!」

事務所の外を掃いていたフィーナは箒を手に溜息をついた。

怒鳴り声を聞いた町の連中が途端に自分をジト目で見始めたからである。

もう少し、せめて事務所の中だけで聞こえる声量で会話して欲しいんだけどなぁ。

 

少し後。

 

疲れきった様子で出て行ったファッゾに首を傾げると、フィーナは事務所に戻った。

「えっ・・何この状況」

ナタリアは真っ赤になって俯いてるし、フローラは両頬に両手を当ててきゃあきゃあ言っている。

背後からミレーナの声がした。

「ただいまー・・何これ」

フィーナは肩をすくめた。

「多分ボスがファッゾさんから何かを聞いたんだと思うんだけど・・私は聞いてないのよ」

「じゃあ聞きましょ」

「そうしますか」

 

ガタリ。

 

フィーナはナタリアの前に立つと

「さ、お話ください」

と、にっこり微笑んだ。

 

「何聞いてんですかボス」

渋りに渋るナタリアをフィーナがなだめすかして懐柔すること12分。

ついに口を割ったナタリアの回答に対するミレーナの感想だった。

「ずっと疑問だったのよ。その、ほんとかな、って」

フィーナは自分の胸の前で組んだ手を静かに見つめながら続けた。

「で、ファッゾさんは何と?」

「・・か」

「か?」

「かわんない、って・・」

「よかったですねー(棒)」

「反応薄くない!?」

「呆れ返ってるだけです」

「ぐっ」

「ちなみにボス」

「なによ」

「さっき私達が出歯亀中に死んだとか何とか怒鳴ってましたけど」

「変な風に端折らないでよ!全然違うわよ!」

「表にまで聞こえてて、町の人が一気にジト目になってましたからね」

「えっ」

「報告は以上です、ボス」

「・・・・も~」

湯気が出そうなほど真っ赤になって机に伏したナタリアをちらと見て、フィーナはミレーナと肩をすくめた。

「しばらく色んな人から誤解されそうよ」

「とりあえず笑っとけば良いんでしょ?」

「そうね」

その後、面と向かってワルキューレを冷やかす根性がある者など居なかったので、表面上は静かだったそうな。

噂が乱れ飛んでいるのは今更である。

なお、ナタリアは今なお物の見事に肝心な事を聞き忘れた事に気づいていない。

 

 

 


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