テッドの告白を聞きつつ、ナタリアは真剣に龍田の台詞を思い出した。
「ある人間の隠匿です」
・・・そうだ。確かに龍田はそう言った。
単に上官をぶん殴った奴が不貞腐れないようにするなら就職斡旋とか言う筈だ。
隠匿とは、つまり、狙う誰かが居るって事で・・
「あ、アンタ、誰に狙われてるのよ・・」
「さぁな。恨みは腐るほど買ってるらしいからな」
「何したのよ?」
「艦娘轟沈させた司令官を素直に評価しただけなんだがなぁ」
「・・ええと、例えば?」
「大破の言葉も解らねぇ能無しが司令官なんて海軍の恥だからクビにしろ、とかか?」
「アンタ死にたいの!?」
「差配の為にいる司令官がそれを満足に出来ねぇなんてジョークにもならねぇよ」
「だからって!・・あ、別に査定に影響しない非公式の場とかで?」
「そのまま懲戒免職されたぜ?でなきゃ俺様が評価する意味ねぇだろ」
「アンタ鬼でしょ!少しは情状酌量ってものがないの!?」
テッドはすっと真顔になった。
「ふざけんな。艦娘の命を雑な差配で散らした司令官にかける情けなんてねぇんだよ」
「・・」
「真面目にやって、迷って、悩んで、その挙句なら仕方ねぇ。そうじゃねぇ司令官が多すぎんだよ」
「・・」
「艦娘達は遠い海原で命張って戦ってるのに上の空で指示とかありえねぇんだよ」
「・・」
「司令官は互いになぁなぁのクソやっててちっともミスを反省しねぇ」
「・・」
「117研は言葉で軍をぶん殴る所だと初代所長に誘われた。そしてその通り俺達は行動した」
「・・」
「俺達はマムシだ悪魔だ死神だと散々言われたし、姿を見ただけで悲鳴を上げた司令官も居た」
「・・」
「だが所長が変わってから日和見主義になっちまったし、俺は適当な理由で総合戦略部に異動させられた」
「・・」
「そして新しい上官はふんぞり返る上にまるで現実が見えてねぇうすら馬鹿だった」
「・・」
「だから拳で説教してやったんだよ」
ナタリアは微笑みながら言った。
「全く反省してないのね」
「あぁ。どこに反省する理由がある?メリケンサック着けずに殴った事か?」
「ふふっ」
「なんだよ」
「アンタが沢山居たらMADFも要らなかったわね」
テッドが目を見開いた。
「た・・・多目的攻守特殊部隊」
「ええ。正式名称よく知ってたわね」
「お前・・まさか」
「そうよ。そこの筆頭艦娘だった」
「・・」
「でも私達は大本営を恨んでないし、一緒に死んだ司令官にも敬意を持ってるわよ?」
「なぜ大本営を恨まない?動きを知ってから戦闘終了まで9時間はあった筈だ」
「そうね。でもあの当時、ハッキリ言って私達以上の実力者は居なかった」
「・・」
「その私達が殲滅させられようとしてるのに誰を寄越すって言うの?」
「だが・・」
「私達の鎮守府は秘匿する為に僻地の島に建ってた。本土を長く空ける訳には行かない」
「それだって大本営から高速戦艦を幾らか回す事は出来たはずだ」
「大本営の兵力を分散させる事が主目的なら?私達は敵の配置をそう読んだ。だから支援を拒否したの」
「拒否したってのは・・ほんとの話だったのか・・」
「ええ。私達は最終的には大本営を守る為の盾。その私達が助けを求めたら本末転倒でしょ?」
「・・なるほどな。それはもう矜持の世界だな。すまなかった」
「いいのよ」
「そうだ。一つ教えてくれ」
「なに?」
「じゃあどうして、その、深海棲艦になった?別の事に対する恨みか?」
「うーん・・恨みって言うのかしら。自分に腹が立ったのよ」
「自分に?」
「ええ。たかだか数万の深海棲艦の半分も減らせず沈むのかって」
「それが理由だってのか!?」
「だからレ級になれて嬉しかったわよ。相手が何であれ戦えるんですもの」
「・・よく解ったよ」
「でもね」
「ん?」
「沈んだ事を惜しんでくれるのは嬉しいわよ」
「・・MADFは、組織として今も存続してるが誰も配属者は居ない。全て当時のままだ」
「・・」
「それはあまりにも壮絶な最後だった事、そして」
「そして?」
「絶望的な戦況でも一歩も引かずに戦い抜き、深海棲艦達の侵攻を阻止した君達に最大限の敬意を払う為だ」
「あら、オチは初めて聞いたわ。やっぱり読み通りだったって事か。いい気味だわ」
「・・」
テッドはスッと姿勢を正すと、ビシリと敬礼した。
ナタリアは頭をかくと、ひらひらと手を振った。
「よしてよ、もうずっと昔の事よ」
「117研は、MADFの惨事をもっと早い段階で食い止められなかったのかと、中将が嘆いた果てに出来たんだ」
「・・」
「どこかで、誰かが、何かを変えたらこんな痛ましい惨事を防げたんじゃないか」
「・・」
「だから些細な事故でも検証し、徹底的に究明し、間違いを正し、直さない者を罰する」
「・・」
「その為に俺達は戦ったんだ」
「・・」
「MADFの最後の戦いは誰一人何ひとつ間違ってなかった。だが惨事そのものを止められなかった」
「・・」
「117研でやり残したとすれば、MADFの惨事を防ぐ方法を見つけられなかった事だ」
「・・」
「だが、ここでは俺は二度としくじらねぇ」
「・・」
「艦娘の為、深海棲艦の為、そして依頼人の為」
「・・」
「俺が出来る事をさせてもらうぜ」
ナタリアはふふっと笑った。
「オーライ、アンタの作戦なら安心出来そうね」
「任せろ。それが俺の仕事だ」
「だから1つ協力してあげる」
「あん?」
「アンタの身辺はうちらの誰かが必ず警護する。24時間ね」
「4人だけで出来る事じゃねーぞ」
「私達だけじゃないわ。SWSPのメンバー全員」
「SWSP?なんだそりゃ」
「あのサウスウェストストリートの夜、一緒に戦った子達よ」
「・・そうか。ま、やってくれるなら安心だぜ。俺はしょっちゅう町に出るからな」
「ウロチョロされると警護しにくいんだけど?」
「現場は自分の目と耳で知る主義でな」
「はー、言わなきゃ良かったかしら」
「そう言うなよ。俺も頑張るからよ」
「よろしくね」
「あぁ、よろしく頼むぜ」
こうして、テッドとナタリアは固い握手を交わした。