Deadline Delivers   作:銀匙

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第13話

 

その夜。

「・・通り名?」

「あぁ。自分達の職業的呼称だ。俺が考えてもしっくり来ないだろ?」

ワルキューレの仮設事務所を、テッドはひょっこりと訪ねて来てそう言った。

ナタリアは細巻き煙草に火をつけた。

「・・ふーん」

「なんだよ」

「アンタなら、そんな事くらい自分で決める気がしてたから」

テッドはシガーカッターで葉巻の吸い口を切り落としながら首を傾げた。

「そんな事か?」

「どういう事よ」

「俺は大々的にこの仕事を世に知らしめるつもりなんだが」

「えっ?」

「例えば俺が「パンダ海運」とか名付けてさ」

「ち、ちょっ」

「行く先々で「あーパンダ海運の方ですか、いつもお世話になってます」とか言われるんだぜ?」

「止めてよ格好悪い!」

「だから、「そんな事」じゃないだろ?お前らにとってさ」

「アンタだってパンダ海運の仲介人ですかって言われるじゃない」

「俺は葉巻が買えりゃ何でも良いぜ。以前の職場では散々陰口叩かれたしな」

綺麗に火をつけた葉巻を咥えたテッドがニヤリと笑ったので、ナタリアは拳を握り締めた。

くっそ、コイツ本気だ。しかもさっきの例から考えるにセンス無い!

ナタリアはキッと部下達を見た。

フィーナは肩をすくめた。

「真面目に答えた方が良い場面ですよね?」

「当然よ。決まらなきゃパンダ海運なのよ?」

テッドは表情を変えなかったが、

(いや、幾らなんでもそれはねぇけどな・・)

と、内心思っていた。

フローラが言った。

「あの、ボス」

「ええ、何?」

「私達は海運業者と言われますけど、いつも危険と隣り合わせじゃないですか」

「そうね」

「運ぶだけって言われると、そうじゃないよねって思うんです」

ミレーナが頷いた。

「死線を掻い潜って頑張って届けてるんだよ!って感じを伝えたいなぁ」

フィーナはポンと手を叩いた。

「必殺宅配人とかどうですか!?」

ナタリアが盛大にむせ込み、ミレーナとフローラのそれは冷たい視線に気づいたフィーナは真っ赤になって俯いた。

テッドは紫煙で輪っかを作りながら言った。

「なぁ、さっき俺の例に不満だったみてぇだが、もしかして同レベ・・」

「ゲッホゲホ・・ち、違うわよ!」

「だって今のそう変わらねぇじゃ・・」

「違うったら違うの!・・ゲフッ」

「Deadline Delivers!」

フローラが人差し指を立てながら、どや顔で言い放った。

テッドは小さく何度か頷き、ナタリアを見た。

「よし、じゃあえっと、必殺宅配人、パンダ海運、Deadline Delivers。どれが・・」

「1つしかないじゃない!やらせの3択でももうちょっとマシな物挙げるわよ!?」

「え?じゃあ必殺・・」

「Deadline Deliversに決まってるでしょ!」

「よし、じゃあ用が済んだから帰るぜ」

「あーはいはい、おやすみおやすみ」

戸口で振り向いたテッドはニッと笑った。

「どうやら杞憂だったようだな」

ナタリアは首を傾げた。

「何の事よ」

「・・言っとくが、俺は実力主義だからな」

「えっ?」

「幾ら可愛い涙を見せたオンナだろうが、輸送トチったら指名しねぇからな」

途端に部下3人の目がギラリと輝き、ナタリアは慌てふためいて真っ赤になった。

「はぁ!?アンタ何言ってんの!誤解するような事言わないで!」

「皆をせいぜい盛り上げな。あばよ」

「待ちなさい!ちゃんと説明して行きなさい!こっ!こら!」

 

バタン。

 

ナタリアは閉められたドアを見て歯軋りしていたが、ふと近寄る3人に気がついた。

「・・えっ」

「ボス?」

「オンナの涙って?」

「どういう事ですか?」

デスクに覆い被さるように顔を近づけてくる3人に

「あ、ええと・・パ、パスって言っても・・」

「効くと思います?」

「いいえ」

「物分りの良いボスで助かります」

「潔く吐いてください」

「んもー!テッドおおぉぉお!覚えてなさいよ~!」

表通りでナタリアの可愛い悲鳴を聞いたテッドは頷き、

「・・あの4人なら大丈夫だな」

そう言いながら歩き去った。

 

 

「許可制だと!?」

「あれだけ大騒ぎ起こしてこれで済めば軽いんじゃない?」

「この仲介人って誰だ?」

「ねぇ、アタシ達の財布全部コイツが握るって事じゃない?」

「おっかねーなー」

 

立てられた告知板の前で、町の連中は大騒ぎになっていた。

海運業が今日から許可制になる事。

業者が依頼人と直取引すれば多額の罰金が伴う条例違反になり、認可も取り消される事。

認可の一切も、依頼人の仕事を割り振るのも、ギャラを割り振るのも全て仲介人が行う事。

そして末尾に書かれた

 

 許可が欲しけりゃ今日の午後1時に俺の事務所に来い(意訳)

 

という一文。

ただし仲介人の詳細は一切記されていなかった。

ナタリアは読み終えて頷いた。

相談内容と特に変わった点もなさそうだ。

 

ナタリアは説明会が荒れる事も予想していたが、予想以上に好意的な展開になった。

それはナタリアさえ頷くほどテッドの説明は理論的で、公平で、シンプルな内容だったからだ。

 

「解りやすければ納得出来る。納得すりゃ文句も出ねぇ。だろ?」

 

申し込み手続きも済んだその日の夜、ナタリアに訊ねられたテッドはそう答えた。

「まぁそうだけど。でもアンタ頭良いわね」

「あん?」

「複雑な物事を要点だけシンプルに説明するって賢くなきゃ出来ないわよ?」

「ふん。俺は伝統の大本営式って奴が大嫌いなんだよ」

「あぁ、一層複雑にして読み解けないから文句言えないだろってやつ?」

「それそれ。あんなのは馬鹿が馬脚を現さねぇ為の自衛手段だ。くだらねぇ」

ナタリアはくっくっと笑った。

「アンタ、よく大本営の中で生きてこられたわね。2~3回命狙われたでしょ?」

テッドがきょとんとした。

「あぁ、龍田から聞いたのか?」

「本当なの!?」

「なんかスープに油が浮いてるなーって思って試しに水槽に入れたらグッピーが全部浮いてきたとかさ」

「えっ・・」

「調査に行く途中の山岳路で巨石が落ちてきて前の車ぺったんことかさ」

「ちょっ・・」

「乗る予定だった公用車を他の奴が横取りしていったら正門で大爆発とかな」

「それ、ガチの本気じゃ・・」

「さぁな。お釈迦様が手招きしたら死ぬ。それまでは死なねぇ。俺が決める事じゃねぇよ」

肩をすくめつつ、テッドはシガーカッターで吸い口をサクリと切り落とした。

 

 

 


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