Deadline Delivers   作:銀匙

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1章:「ブラウン・ダイアモンド・リミテッド」編
第1話


5月21日 朝

 

881研究所は大本営敷地内にあるが、他の棟とはやや離れた位置にあり、高い壁に囲まれている。

それは表向き、実験が失敗した時に爆風や毒ガス等による影響を避ける為とされていた。

実際は倫理上問題のある実験を出来るだけ秘匿するためだったのであるが。

 

研究所の中でひときわ高い中央棟の所長室に続く廊下で、2つの足音が連なって響いていた。

とても急ぎ足の様子で、これから始まる事を暗示しているかのようだった。

 

コンコンコンコン

 

「・・入れ」

 

ガチャリとドアが開かれると、部屋の主、輪泉所長は戸口を睨みつけた。

この時間は書類仕事を片付ける為に打ち合わせ等は予定しないようにしていた。

つまり、この来訪者は仕事を邪魔する存在でしかないのである。

 

「失礼致します、所長。緊急事態です」

「何だと?」

研究主任の説明を隣で聴きながら、同行した輸送班長である蛇又は内心溜息をついた。

どうしてこう研究者って奴は詰めが甘く、迷惑ばかり掛けるのだ?

「馬鹿者おおっ!」

ほら見ろ。カンカンだ。

所長は議員に立候補する前に箔をつける為、この仕事をしてるだけだからな。

在任中は出来るだけトラブルを起こさず、今回のようなシーンではきっちり得点をあげておかねばならない。

その逆、華々しい舞台で醜態をさらせば良くても減点、下手すれば左遷だから無理もないか。

 

ひとしきり研究主任を叱り飛ばした輪泉所長が血走った目を自分に向けたので、蛇又班長は肩をすくめた。

「・・正攻法のルートでは間に合いませんよ?」

「やり方は一任する。蛇又、費用は全て機密費から支払え。痕跡を残すな」

「かしこまりました」

失敗の許されない尻拭いか、報われんな。

蛇又班長はそう思いながら無表情に敬礼した。

 

 

5月21日 昼前

 

「なぁファッゾ、エンジンくらいかけてくれよ」

「掛けるのは良いが、エアコンは週末まで故障中だぞ。ミストレル」

「ウゲッ・・そうだった」

「この車の廃熱は暑いが、良いのか?」

「わ、わかったって。切っといてくれ」

運転席にはファッゾと呼ばれた男が、返事をしつつもサングラス越しに外の1点を見続けている。

助手席にはダッシュボードに両足を乗せ、若い女性がけだるそうに座っていた。

車が止まる海沿いの駐車場や周囲には人っ子一人居らず、沖合いから飛んできたウミネコが一声鳴いた。

 

深海棲艦が姿を現してから約百年。

艦娘と深海棲艦の戦いは熾烈を極め、一進一退のシーレーン争奪戦は全く終わりが見えない。

長距離航路で大型船を使えば必ず深海棲艦の餌食となる為、かつて港を賑わせた大規模な輸送業者は港から去っていた。

しかし、この港町はかつてとは異なる活気に包まれていた。

 

そう。

 

幾ら深海棲艦が居ようと、民間船はおろか旅客機さえ撃墜されるような激しい戦闘が海原の日常だろうと。

人類にとって外国との交易は必要不可欠だった。

かつてのように輸送業者が船や飛行機で安価かつ確実に輸送してくれる事はなくなったが、それだけの事。

そもそも、外国との交易が安全だったのは歴史のごく短い期間であり、危険極まりなかった時代の方が長い。

危険要因は変われど元に戻っただけともいえる。

 

今、港に集うのは有象無象の小規模な海運業者達。

依頼者から高額な報酬を受け取る代わりに危険極まりない海へと乗り出していく。

彼らは人々から「Deadline Delivers」と呼ばれており、ファッゾ達もそうだった。

 

 

ファッゾが顎をしゃくった。

「・・・来たようだ」

「25分遅刻だぜ。おかげで汗かいちまった」

「1割増しにしてもらうか」

「おっ、そりゃ良いな!」

途端にミストレルの機嫌が良くなった事にファッゾはくすっと笑いながら、エンジンを掛け、車の窓を閉めた。

相手を確認するまでは、降りない。

エンジンを掛けたのは万一の時速やかに逃げられるように、窓を閉めたのはせめてもの弾除けだ。

駐車場は4箇所出口があり、包囲は容易ではない。

交渉にはそういう場所を選んでいる。

 

やがて、黒のミニバンがファッゾ達の車と対峙するように停車すると、中から男が3人降りてきた。

顔ぶれを、そして手荷物を見たミストレルは小さく舌打ちした。

「あれくらい、急ぎならアエロの連中に回しゃ良いだろうに、テッドの奴」

ファッゾはパッパッとハイビームを照らしつつ答えた。

「・・それが答えって事だろう、ミストレル」

「あん?」

「航空機で運ぶなという条件をテッドに出したんだろうよ」

スーツケースを持った男が手に持ったフラッシュライトを一定の形に振ったのを見て、ファッゾはドアを開けた。

「さて、大事な時間だ」

 

 

「ファッゾなら安心だ。いつも急な話ですまない」

「蛇又さんが遅刻とは珍しいですね」

蛇又は手に持ったスーツケースをもう片方の手でぽんぽんと叩いた。

「これがなかなか揃わなくてな」

「なるほど。では早速ですが、輸送条件から伺いましょう」

蛇又は肩をすくめた。

「いつも通りだ。水濡れ厳禁、開けるべからず。あぁ、見掛けよりは少し重い」

「ほう。気圧の変化は問題ありませんか?」

蛇又の隣に居た研究主任が怯えたような声を上げた。

「なっ、何でそんな事聞くんだ?中身を知ってるのか?」

だが、研究主任は舌打ちした蛇又にひと睨みされると途端に口をつぐんだ。

ファッゾはふふっと笑うと、

「うちにいつも頼まれるのはもう少し大きい・・アエロマイクロが運べないサイズが多いもんでね」

蛇又は肩をすくめた。

「プラスマイナス0.3気圧以内で運んでもらいたい。1時間で40度以上の温度変化もご法度だ」

ミストレルはファッゾに囁いた。

「ビンゴー」

ファッゾはニッと笑った。

「割増成立、だな」

ファッゾは蛇又に向き直るとサングラスをくいとあげた。

「行き先と到着刻限は?」

「シアルガオ島沖、座標はこの海図に書いてある。到着刻限は明後日の0600時までだ」

ミストレルが渋い顔になった。準備や当該海域までの距離を考えると全く余裕がない。

ファッゾは続けた。

「現地での受け取りは?」

「ない」

「経費とギャラは?」

「ギャラの半分を前金、成功時は経費全額とギャラの残りを帰港後に。前払い分はこのバッグの中だ」

「ギャラはいつもの2割増でお願いしますよ。気圧と温度保持の関係上」

ファッゾの言葉に蛇又はもう1度傍らの研究主任を睨みつけると

「・・いいだろう。帰港時の支払額に上積みしておく。では頼む」

そういうとバッグとスーツケースをその場に置き、ミニバンに戻っていった。

 

蛇又達が走り去った後、ミストレルはジト眼でスーツケースを見ながらファッゾに言った。

「なーんか嫌な予感すんだけど」

ファッゾは肩をすくめた。

「奇遇だな。俺もだ」

「蛇又のダンナはしみったれじゃねぇが素人でもねぇ」

「ああまであっさり2割増を飲まれると想定内だったって可能性もある。だが何故だ?」

「・・そういやさ、クーの奴が蛇又のダンナからたっぷり金貰って運んだ荷が妙に温かかったんだと」

「ほう」

「で、運んだ後さ、いつもの業者に貨物室の清掃を頼んだら苦情言われたんだと」

「何て?」

「除染作業なら先に言えってさ。それ聞いて3日寝込んだらしい」

ファッゾとミストレルは顔を見合わせた。

「・・ガイガーカウンターはさすがに持ち合わせてないぞ」

「アタシも持ってねぇよ」

「温かかったって、言ったよな」

「・・あぁ」

その後、恐る恐るスーツケースに触れる二人の姿があったという。

 

 




ただいま、と言ってもどなたか覚えてらっしゃるのかなぁ。
半年近く前のことですものね。
見切り発車的な所が後々致命傷にならないと良いなと願いつつ。

今日は別ですが、基本、月水金に更新する予定です。
また午前6時にお会いしましょう。

一箇所表現を改めました。

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