二時間前。
一夏は簪と別れて、今日の夕食の買い物をしていた。
買い物袋を片手にスーパーを出ると、一夏の前に複数の黒服の男たちが立ちはだかる。
「なんだ?」
「織斑一夏で合っているかしら?」
ふと、後ろから声が聞こえるが、一夏は振り向かない。
黒服の男たちもそうだが、後ろの声の主も出来る人間だと一夏は感じていた。
「ああ。そうだが? 何か用か?」
「簪ちゃんは何処」
「は?」
一夏は質問の意味が分からなかった。
「あなたが関係していることは、分かっているのよ」
「それは検討違いだな。それに簪と出会ったのは、今回で二度だけだ。それより、貴様らはなんだ?」
声の主はどうやら、女性のようだ。
一夏はすっと、後ろに振り向く。
「更識 楯無よ」
ばさっ、と音を起て、持っていた扇子を広げる水髪の女性。
歳も俺とさほど変わらない。そして、その水髪にも見覚えがあった。
「あいつの姉か」
「そうよ。さあ、痛い目に合う前に白状しなさい」
楯無は扇子を閉じると同時に一夏の首元に当てる。
しかし、一夏には身の覚えのない質問だった。
「残念だが、知らない」
「っ! どうしても話さないつもりなのね」
「はぁ……。だから、知らんって言っているだろう」
全く話を聞かない目の前の女性に一夏はため息を吐き、ポケットから手を出そうとするが。
「楯無様、犯人から」
その言葉に、楯無は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
そして、再び一夏に振り向くと。
「さっきから言っているが、知らんと」
一夏は呆れつつ、そう言うと、楯無は冷静さを取り戻す。
楯無は勘違いで、一般人に手を上げようとしていたことに気付くと、気まずい雰囲気がその場を支配した。
「気にしてはいない。そんで、やるのか?」
「っ! いいえ。あなたは関係していないことが、分かったから」
「そうか」
そう言って、一夏はそのまま何もなかったようにその場を後にする。
「それで、犯人は?」
黒服の男から犯人の要求を聞きながら、その場を立ち去る。
◇
一夏は考えていた。
あの女が言っていたことを。
「あの女の感じからして、誘拐か……」
平和ボケしたこの日本でまだ、そんなことをする奴がいたことに一夏は称賛を贈っていた。だが、同時に一夏は怒りを覚えていた。
「たく、面倒事に巻き込まれやがって」
簪が名門校の生徒であることは一夏は既に分かっており、こう言ったことに巻き込まれることは予想の範囲だったのだ。一夏はめんどくさそうに進路を変え、犯人がいるであろう場所に進路を変える。
「あの慌てぐわいからして、近場を探していないだろう。そして、既に目ぼしを付けているところは探しているだろうな。だが、まだ見つかっていないとあると、あそこだな」
一夏が目星を付けたのは一つの倉庫だった。
そこは数日前に潰れた店主の持っていた倉庫の一つで、数日前に誰かが購入したことを一夏は知っていた。だから、更識楯無はそこに目を付けなかったのだ。
「やっぱりか……」
一夏は目的の場所に着くと、身を隠しそっと覗く。
倉庫の外に二人、不審な人物がいたのだ。
「二人……か」
「ちょっと小便行ってくるわ」
そう言って、見張りの一人が離れると同時に一夏は買い物袋を置き、仕掛ける。
口元を押さえ、首元に手刀を入れる。男はそのまま声を上げる事無く、気を失う。
「一人目と」
一夏は男の持ち物を漁る。
「ちっ。やっぱあったか」
黒い金属の塊。銃があったのだ。
一夏はそれを解体し、完全に使えない物にし、二人目を待ち伏せする。
そして、小便を終えた見張りの一人が戻って来ると。
「ガハァ!?」
一夏は躊躇なく腹に蹴りを入れる。
そして、隙すら与える暇もなく浮かんだ身体を地面に殴りつけた。
「二人目と……」
一人目と同じく銃を無力化し、犯人が使ったと思われる車のエンジンからある物を取り出し何かを制作する。そして一夏は倉庫の入り口へ。
少し開けるとその音に気付いた中にいた見張りの一人がこっちに向かってくる。
ドアノブに手をかけた瞬間、一夏は思いっきり開け、犯人ごとドアに叩き付ける。
そして、先程作った簡易スタングレネードをもう一人に向けて投げ、視界を奪い、首元に蹴りを入れ完全無力化した。
「助けに来たぞ。簪」
「一夏くん……」
天井に吊るされた簪は何故か俺を見て、泣いていた。