学年別トーナメントの開催日が、あと数日というところまで近づいていた。
IS学園の生徒として腕を振るう最大の行事に、昂揚にも似た緊張が、学園の中に満ちている。
そんな日の夜、一夏は学園敷地内―――二年女子寮の廊下を歩いていた。
「あんまり、不審者みたいな行動をしないでもらえる? 一夏くん」
『アンタが呼んでおいて、それはないだろう。楯無』
星の見えない暗闇の中で、寮に設置されている明かりだけが、廊下を淡く照らしている。
「冗談よ。来なさい」
楯無はクスクスと笑い、一夏はやれやれと反応を示す。
そして、楯無の後ろに続き、屋上に出る。
「さて、呼んだのは例の件よ」
『黒か?』
「そんなに慌てなくてもいいじゃない。まあ、その通りよ、シャルル・デュノアは黒ね」
一夏は秘密裏に楯無に依頼してシャルル・デュノアの身辺調査を行なっていた。
余りにも不自然すぎるのと、簪の敵になるかを踏まえての調査で、シャルル・デュノアは黒と判定された。
「まず、フランス代表候補生にシャルル・デュノアと言う人物はいなかったわ。だけど、代わりにこの子がいたわ」
楯無は一枚の写真を一夏に渡す。そこに写っていたのは、女性特有の膨らみを持ったシャルルが映っていた。
一夏もやっぱりかと言った顔になる。
「シャルロット・デュノア。デュノア社の社長娘であり、愛人の子らしいわ」
『予想通りの結果だな』
「あら? 一夏くんは知っていたの?」
『いや。この学園に入った時点で、大方フランス政府が一枚噛んでいることは分かっていた。そして、デュノアと名乗ったからには、デュノア社と関わりのある人物。そして、男性操縦者の報告は俺以外、聞いたことがない。よってここから導き出される答えは、デュノア社の社長娘と言うことになるからな。まあ、愛人は予想外だったが』
「確認ついでに調べたのね」
『ああ。それと、男装したのは俺の《リンドヴルム》が目的だろう』
世界を揺るがした男性操縦者である一夏は、そのデータを取ろうと躍起になっている者たちがわんさかいることは知っていた。だが、一夏がIS学園にいるため、その者たちは手が出せない状況下に置かれ、渋々延期を決意した。
そして、IS学園には一夏以外に男子生徒がいない。
IS学園の寮は二人一組のため、一夏の部屋には空きが出来ると予想された。そこにフランスはシャルルを送り込み、俺の身体データと《リンドヴルム》のデータを盗みを試みた。
まあ、その試みは最初から失敗してしまったが。一夏の部屋は一人部屋にはならず、よっぽどのことがない限りISを展開しないため、データらしき物は取れなかったのだ。
『フランスはな……』
フランスが何故こんな手段に出て来た理由があった。
現在の経済はISが主流だ。それにISを一機作るだけでも、莫大な金がかかる。そして、時代の進歩に連れてISも進歩する。そして生まれたのが、第三世代だ。しかし、フランスは第三世代を作るための時間が足りず、経営危機に陥った。フランスが持つISは全て、第二世代だからだ。
「躍起になるのは構わないけど、これはちょっとね」
『それだけ、必死なんだろう』
大方、次のイグニッション・プランで選ばれなければ、生産中止と政府から言われているのだろう。つまり、デュノア社の倒産だ。
「これは、近い内に話をした方がいいわね」
『そうだな』
もし、彼女が簪を人質に取って、《リンドヴルム》のデータを要求して来たのなら……俺は容赦なく、徹底的に、消してしまうだろう。
その前に、この件はかたずけた方いい。
『それは、そっちに任せるがいいか?』
「ええ、いいわ。たまには、生徒会長らしいこともしなくちゃね」
『生徒会長ねぇ……』
一夏は普段の行動を当てはめると、楯無が生徒会長らしいことをしたことを見た事がなかった。
「なによ! この学園の最強である称号、生徒会長である私に何か文句でもあるの?」
『ねぇえよ。そんじゃあ、俺は失礼するよ』
そう言い残して、一夏は立ち去った。
そんな後ろ姿を見つめる楯無。一夏が見えなくなると上を向く。
「いい月ねぇ……」
いつの間にか、雲は晴れ、月が姿を表していた。