モンスターハンター 【紅い双剣】   作:海藤 北

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 三十二話です。更新遅くてすいません……。
 今後もこんなペースです。


第三十二話 依頼

 ユクモ村を出発した翌日、レイラたちはとあるモンスターと遭遇した。

 そのモンスターの名はクルペッコ。彩鳥の異名を持つ鳥竜種の仲間だ。

 その他多くの鳥竜種のと異なり空をとぶことが出来る。こちらの地方での生息は確認されていないが、イャンクックと同じような立ち位置のモンスターと考えてもらっていい。

 しかしこのクルペッコには、イャンクックにはない厄介な生態が確認されている。

 それは他の大型モンスターの鳴き声を真似するというものだ。その鳴き真似は、実際に真似たモンスターを呼び寄せる事ができ、それによって、狩りの最中に予想外に強力なモンスターの乱入があることもあるという。

 そのためハンターは常に気を配り、クルペッコが鳴き真似を始めた際に迅速に妨害をするようにしなければならない。

 ちなみにこの鳴き真似中、クルペッコは踊りとも取れる奇怪な動きをするのだが、クルペッコの自然な死因としては、この踊りの練習中に雛が巣から落下してしまう、というものらしい。

 

 さて、そんなクルペッコにレイラとダフネは遭遇したのだが、正直に言ってレイラ一人でもすぐに倒してしまうことが出来る、つまりは役不足な相手だ。

 

 レイラは早く終わらせようと愛刀のうちの一つである『疾風刀【裏月影】』を抜いた。G級ナルガクルガ亜種の素材から作られる太刀で、高い切れ味と従来シリーズに無かった麻痺属性が付加されていることが特徴だ。

 なぜG級武器を装備しているかは、G級クエストが開放されている地域に向かうからというだけである。ちなみに、防具に関しても、ユクモ村で愛用していた日向・覇シリーズは実家に置いて来ており、現在は『レイアXシリーズ』を身にまとっている。これは、言わずと知れたG級リオレイアの素材から作られる防具であるが、この武器と防具のチョイスには実はわけがある。

 というのも、これからレイラが目指す新天地はモンスターの生態系が著しく異なっている。日向・覇シリーズはジエン・モーランの素材から作られる防具だが、向こうの地方ではその存在が確認されていないという。すなわち、日向・覇シリーズを身に着けているというのは、非常に周りから浮く(・・)ということだ。

 なるべく目立ちたくないレイラとしては、向こうの地方でも見られるモンスターの素材から作られた武具を身につけておきたい、ということだ。

 とは言っても、武具のデザインとはその地方地方の特色が顕著に現れるため、多少の違いが見られるようだが、その点に

関しては致し方無い。

 

 レイラの武具の説明を長々としてしまったが、まとめるならば、今目の前のクルペッコは精々上位レベル。対してレイラの装備はG級のものだということだ。

 レイラの腕前を考えれば、勝負の行方など火を見るよりも明らかだ。

 レイラはダフネが狩りに参加するかどうかには興味がなく、いち早く終わらせようとばかり考えていた。

 

 そんなレイラの手が、狩りの最中に止まった。

 見惚れたしまったのだ、ダフネの手腕に。

 ダフネが手にしているのは『ルナーリコーダー』というG級リオレイア希少種から作られる狩猟笛だ。属性の相性は良くないが、レイラと同じから武器を選んだ場合に、これ以外の選択肢が無かったのであろう。

 レイラの得物は太刀、ダフネの得物は狩猟笛であり、武器の扱いを参考にすることは出来ない。更に言うならば、レイラは武器の扱いに関してはもはや人を手本にする段階にはない。

 ではレイラはダフネのどこに見惚れたのか。それは彼の狩りにおける立ち振舞そのものだ。

 ダフネの狩りは、ひたすらに依頼達成までの時間を早くしようと考えるレイラのそれと異なり、あくまで安全さに重きが置かれている。安全とは、もちろん狩りをしている自分へのものでもあり、また、ともに狩りをしているレイラに対するものである。

 クルペッコには決して鳴かせず、笛の音色による支援を怠らず、モンスターの標的が片一方に絞られないように調節をしながら戦っていた。

 レイラはそのキャリアに対して集団での狩りの経験が少ない。レイラが極めてきた個人での狩りとは似ても似つかないダフネの集団での狩りの立ち振舞は、レイラに大きな衝撃を与えた。

 しかし、今のレイラにとってそれは“自分の狩りとは異質な何か”であって、その意味までを理解することは出来なかった。彼女にとって集団での狩りとは未だに、実力不足を補うための妥協策でしかないのだ。

 

 しかし、レイラが最初にダフネに向けていた不信感のようなものは、これを機会にだいぶ和らいだと言ってもいい。

 

「なんというか……、凄いな。正直に言ってこれ程とは思っていなかった」

「いえ、ただ歳を重ねた分だけ、ほんの少々経験を積んでいるというだけです」

 

 そう言ってダフネは篭手を外してレイラに手を見せた。

 

「え、あ……、もしかして……」

 

 そこには指が四本しかなく、これは竜人族の特徴だとレイラは知っている。

 

「ものすごい、歳上の方ですか……」

 

 歳上に対しても物怖じしないで振る舞う(失礼な態度を取るという意味ではなく)レイラだったが、せいぜい三十歳だと思っていた相手がその三倍近くはゆうに生きているであろうということがわかり、流石に恐縮してしまった。

 しかしダフネは、そんなに改まらないでください、と苦笑いをするのだった。

 あまり敬語を使われても息苦しいということで、結局レイラは今まで通りに話すことになった。

 話を聞く所によると、ダフネは古龍観測所の所員らしく、なるほど監視役にはうってつけ(・・・・・・・・・・)だとレイラは納得した。

 自分をしつこく勧誘してくるギルドの連中は、古龍観測所を大の苦手としているのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そうして日が昇り、日が沈むのを何度か見た頃、ついに二人は孤島地方と呼ばれる地域についた。

 この孤島地方といえばモガの村がある場所で、定期船でタンジアの港と行き来ができるようになっている。

 もちろんレイラたちの荷車はタンジアの港についたのだが、目的の新天地まで行く船の便がしばらくないということがわかり、急遽モガの村行きの船に荷物を積んで移動したのだ。

 ギルドが運営するハンター用の部屋がタンジアの港には沢山あったにも関わらず、レイラがモガの村に移動したのは彼女の個人的な理由のためだ。というのも、まだ駆け出しの頃に拠点にしたことがあり、その時のお礼を言うためだ。

 

 レイラが船を降りてモガの村に降り立つと、村の人々は少しばかりレイラの顔を見回して、それから合点がいった者から大騒ぎをし始めた。

 やあ、あれほど小さかった少女が立派になったものだ、とレイラは大変な歓迎を受けた。

 G級ハンターのレイラ・ヤマブキとしてではなく、久々に再開した家族を出迎えてくれたような、そんなモガの村の人々の姿を見てレイラは、本当に来てよかったと思ったのだった。

 モガの村の人々は、その多くが“海の民”と呼ばれる種族で、人間とも竜人族とも異なっている。爪は鋭く、指の間に水かきのようなものが見られるが、基本的な容姿は人間とほぼ同じだ。水中での狩りを得意とする一族で、

 

 ダフネはというと、なにやらモガの村の村長と話しているらしい。竜人族でさらに古龍観測所の所員ともなれば顔も広いのだろう。この村長はその昔はハンターだっとという話を聞いたことがあるが、詳細まではレイラは知らなかった。

 二人はしばらく話し込んだあと、レイラの方に手招きをした。そのままついていくと、案内されたのは村長の自宅で、そこには自分たち三人以外に背中に太刀を背負った長身の竜人族の男と、大剣を背負った小柄な女性のハンターがすでに席についていた。

 村長はレイラとダフネにも席につくように促し、咳払いをしてから先客の紹介を始めた。

 

「お前さんたたちにこの二人を紹介したい。まず、こっちの背の高いのが交易船の船長だ。各地を船で回っているから、別の場所でも会うことがあるかもしれんな」

「二人ともよろしくゼヨ!」

「よ、よろしくお願いします」

 

 どうやらこの竜人族の船長、語尾に『~ゼヨ』とつけるのが常らしく、その後もゼヨゼヨと自身の交易船について語っていた。

 

「それで、もう一人の、そっちのハンターさんがちょっとワケありでな」

 

 交易船の船長の横に座っている小柄な女性、身につけている装備は見たこともない装備だった。しかし一つだけ心当たりがあった。

 

(もしかして、いやおそらくあれは、幻獣キリンの防具だ……)

 

 キリンとは、ここからは遥か離れた地域に生息するという古龍種だ。古龍、などと言われているが、その容姿は馬に近く、体躯も小型モンスターと変わらない。しかしそんな小さなモンスターが、大型モンスターとして扱われ、古龍とまで呼ばれているのはその強さ故である。故郷であるユクモ村に伝わるアマツマガツチや、彼の地に伝わるクシャルダオラと同様に、時には天候さえも支配すると言われている。キリンは点から自在に雷を落とすことができ、その落雷により村一つが滅ぼされたこともあるという。

 その恐ろしさの一方で、モンスターの中では飛び抜けて賢いとも言われており、人間の赤子を育てたという逸話が残っている。

 幻獣の名の由来の通り、とにかく神出鬼没であり未だに解明されていないことが多いモンスターとしてこの地でも時おり名を耳にする。

 

(あれがキリンの装備であるとすればこの女性(ひと)は一体……)

 

 歳は幾つほどだろうか。容姿としては二十代半ばのように感じるが、必ずしも相手が人であるとは限らない。レイラが女性としては背が高い方であるのに対して、目の前の御仁は女性としても少々背が低い。しかし、クセのある金色の前髪から覗く紅い瞳や、使い込まれた武具から、レイラは本能的にかなわない相手だと悟った。

 その女性は席から立ち上がるとレイラとダフネの方に視線を動かした。

 

「どうもはじめまして。私は少し離れた土地から来たハンターなんだけどね、ちょっとワケありで船長さんを頼ってここまで逃げてきた身なんだ。ええと、そうだ。名前を言わないとね」

 

 そう言って紅い瞳の女性から紡ぎだされた名を聞いて、レイラは思わず席から立ち上がった。

 

「…………メイ・シルヴェール、とおっしゃいましたか…………!?」

「あ、私の事知ってくれてるんだ。嬉しいなあ~」

「知っているも何も、今の世代のハンターでメイ・シルヴェールの名を知らない者なんていませんよ!」

 

 普段落ち着いているレイラがここまで興奮しているのも仕方がない。

 レイラの目の前にいる女性は時代を代表するハンター、メイ・シルヴェールに他ならないのだから。その小柄な体躯からは想像できない大剣さばきで、達成困難と言われた狩猟の数々をこなしてきたという。【赤眼の獅子】という彼女の異名は、「狩場に靡く金色の髪と、紅い(まなこ)は金獅子の如く猛々しい」といういつしか同行したハンターの口から語られた言葉が由来だという。レイラには“金獅子”というものは馴染みが無いが、聞く所によると、時には古龍級に警戒されるモンスターだという。

 

 レイラの興奮した様子を見て、メイは「まいったなあ」と頭を掻いた。

 

「いやあ、ここまで来れば知っている人間もいないかと思ったんだけど……。名前ってのはどんどん独り歩きして行っちゃうもんなんだねえ」

 

 どうやら今の彼女にとって自分の名前が知られていることが問題があるらしい。そういえば、最初に村長がメイを紹介しようとした時に「ちょっとワケあり」と言っていたが、その事と関係があるのだろうか。

 想像を巡らるだけでは何もわからないと、レイラは直接メイ本人に聞いてみることにした。

 

「失礼ですが、貴女の抱えている問題というものを聞かせてもらえないでしょうか」

「もちろん。むしろ君に頼みたいことがあってね」

「え、ええっと。それはどういう……?」

 

 予想外にすんなりと首を縦に振られたこともそうだが、それどころか自分に話さねばならない事情とは一体何なのか。思い当たる節のないレイラは目をパチクリさせるだけだった。

 

「うーん、まずいま私が置かれている状況を説明しないと駄目だよね」

 

 それから、メイは今に至るまでの事の顛末をレイラとダフネに語った。

 故郷のポッケ村付近に出没した轟竜を狩るために幼馴染四人と集まったこと。ハンターズギルドの陰謀で自分たちが消されそうになったこと。その実行役の一人が自分の夫であること。直前で思い留まったもう一人の実行役が、結果として身を挺すことで命を落としてしまったこと。彼女はメイの一番の親友であったこと。現在ギルドの記録上ではメイは行方不明扱いになっていること。身を隠しながら故郷の地を去り、交易船の船長の助けでここまで逃げ延びてきたこと。

 そういった経緯や、現在のギルド内部の腐敗についても事細かに語った。そんな中彼女が一番気に病んでいたことは、故郷に残してきた一人娘の事だった。

 

 メイがレイラに頼みたいこととは、ずばりユクモ村に自分を匿って欲しいということだった。事の解決のために行動するには、一旦は長期的に身を隠してギルドから死亡扱いを受けることが望ましい。捜索の目があってはどうにも行動が制限されてしまうからだ。

 レイラはそれを快諾し、後で村長に向けた手紙を持たせることを約束した。

 しかし、レイラはそれにとどまらなかった。

 レイラは今回の件に関する調査などを受け持つと言い出したのだ。メイは流石にそこまでしてもらう訳にはいかないと焦ったが、すでにレイラの決心はついており、最終的にメイの根負けでレイラに一任する事に決まった。

 当然、レイラの監視役(保護者)であるダフネも反対はしたが、不正や権力闘争を親の敵のように憎むレイラをなだめることは出来なかった。それどころか、レイラは古龍観測所の所員が味方にいるとは心強いと喜んでいる始末だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 レイラたちは船長の交易船が翌朝に出発するという事を知り、タンジアの港に戻る計画を急遽変更しそちらに同行させてもらうことにした。

 レイラはユクモ村の村長に手紙を書く傍ら、憧れのハンターであるメイから様々な冒険譚を語ってもらっていた。

 そんな中、レイラはとある疑問をメイに投げかけた。

 

「メイさんはパーティーでの狩猟が多いようですけれども、それは狩りの効率が良いからなのですか」

 

 狩りとはあくまで己の力を試す場だと思っているレイラにとって、メイほどのハンターがほぼ全ての狩りをパーティーで挑んでいることに疑問を覚えた。

 メイはそんなレイラに、一心不乱に高みを目指していた頃の自分の姿を見た気がした。

 

「まあ、それが理由じゃないことはないよ。依頼の達成までの時間も短く済むし、何より安全性が増す」

 

 「でもそれは本当の理由ではない」とメイは続けた。

 

「狩りに仲間と行きたいんじゃなくて、大好きな仲間たちだから一緒に狩りに行きたいんだと思うよ。もう少し簡潔に言うなら、狩りに仲間を求めているんじゃなくて、仲間のいる狩りを求めているってこと。同じように感じるかもしれないけど、これは大きく違うこと。私にとっては仲間がいることが前提なんだろうね」

 

 そう言ってメイは、今はバラバラになってしまった仲間たちの顔を思い浮かべた。

 仲間がいることが前提、という言葉にレイラはピクリと眉をひそめた。

 

「……では、個人での狩りは必要ないと思っているのですか」

「いやいやまさか。個人の狩りのレベルが低ければ、いくら集まったって烏合の衆さ。むしろ仲間を危険に晒すリスクが高まるだけ。己を高める狩りは誰とっても必要だよ」

「それでは、貴女は己を高める必要はもうないと思っているということですか」

 

 もしそうだとすれば、レイラは大いに失望することになる。レイラの持論として、人は死ぬまで成長すべきだ、というものがある。もしメイが、己が狩人としての限界の到達点に至っていると感じており、自己研鑚の歩みを止めているのだとすれば、それはレイラが最も恥ずべきだと思う態度だ。

 しかしメイは、そんなレイラの心中を知ってかどうかやはり「まさか」と言うのだった。

 

「“道を修める”なんて言うけどね、人が定める到達点があったとしても、その先に道がないわけじゃないんだよ。私は巷では随分と持て囃されているみたいだけど、頂にたったと自惚れてこの場に立ち止まるつもりなんて毛頭ないよ」

 

 「ではなぜ」とレイラが口を挟もうとするが、メイの「でもね」という言葉にそれは遮られた。

 

「でもね、歩みを進めることと孤独な自己研鑚は必ずしも同じことではないよ。仲間との狩りというのは自己鍛錬の中止とは全く違うことだからね」

 

 メイはモガの村の看板娘であるアイシャが淹れてくれたお茶を一口啜ると、レイラが書き終えた手紙を受け取ってこう言った。

 

「いわば今の君は、本の左側の頁だけをひたすらに埋めていて、右側を白紙で放置している状態なんだよ。一人で完結するほど狩人の世界は簡単じゃないからね。そのままじゃ、この素晴らしい世界の序章すらも満足に読むことができないんじゃないかな」

「…………一人じゃ、どうやっても半人前にしかなれないということですか?」

「君の目的は一人前になることなのかな?」

「それは…………」

 

 結局、寝ても目覚めてもレイラにはメイの言葉を飲み込むことはできず、モヤモヤとした気持ちを抱えながら交易船に乗り込んだ。

 目的地は、待ちに待った新天地だ。




 というわけでメイとの出会いです。覚えていますか、リンの母親です。
 第二十五話のメイの語りの中に出てきた場面です。
 こんな風に回想や語りに出てきたシーンを順番に拾っていく章になります。
 次回がいつになるかはわかりませんが少々お持ちください。

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